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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
番外編 ローズマリーの裏事情~彼女がお茶会を主催したわけ~

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(二)炎に沈むサラマンダーの影

 わたしはテーブルを眺めた。


 何度見ても、惚れ惚れする。


 銀のトレイにはサンドイッチが、まるでカラフルなドミノのごとく整然と並ぶ。ケーキやクッキーは菓子店のディスプレイさながら、「さあ、ひとつ摘まんでごらん」と誘惑するようにきれいで美味しそう。


 お茶は、アールグレイとダージリンの二種類を用意した。これは食堂のシェフが、わたしたちが特別なお茶会をするというのを聞いて、特別に先生用の上等な茶葉を譲ってくださったのだ。


「すごいわ、まるで魔法で作ったみたい。メインディッシュが無いのを除けば、天国のご馳走よね」


 わたしは心から褒めたたえた。


 なのにエリカは、


「違うわ、ぜんぶ私の手作りだし。天国は関係ないし」


 ぼそっと暗いツッコミ。


「もう、エリカは夢が無いのね。わたしはただ、ローストビーフとローストチキンとハムの丸焼きがないのが残念だな、と思っただけなのよ。うちの修道院ではね、その三つのメインディッシュのどれかが用意されるのが、最高のおもてなしメニューだったの。カマドのサラマンダーに丸焦げにされなくて、運良くたくさん残れば、わたしもご相伴に預かれることもあったのよ」




 わたしが修道院に居た頃は、作れども作れども自分の口にはほとんど入らなかった、あこがれのご馳走の数々。それがこうして目の前に並び、制限なしでわたしに食べられるのを待っているのだ。これを幸せと言わずして何と言うのか。


 もっとも、わたし達はまだ学生の身。


 今回のお茶会だって、ポピィ教授に相談した時は、焼き菓子だけのお茶会なら良いでしょう、と言われたのだ。


 いや、それではあまりに質素だと、横で堂々と聞き耳を立てていたヒルダおばさんとリリィーナ教官がいたく同情し、お二人が課外活動として認められるように口添えしてくださったおかげで、特別予算を組んでもらえた。


 その代わりに、ポピィ教授をはじめとする家政学課の先生方、お茶会に参加する悟くん達の一般教養課の先生方全員へ焼き菓子三種ずつを提出するように、という課題付きにされてしまった。


 わたしとエリカは月曜日から、放課後になると日持ちするクッキーやビスケットを、せっせと大量に作っていたのである。


「午前10時の子どもの茶会に、正式な晩餐会並みのローストビーフやローストチキンを出すのは贅沢すぎるわ。ハムの丸焼きはないけど、ハムサンドは二種類あるじゃないの。『ハの字ハムサンド』は、けっこう贅沢なご馳走の部類だと思うわ」


 エリカはとことん正論しかいわない。ハの字ハムサンドとは、ハムの切れ端を潰したハムペーストを挟んだサンドイッチだ。


 これはリリィーナ教官のリクエストでメニューに加えた。なんでも白く寂しい通りにある局員御用達の喫茶エクメーネで、上等なハムの切れ端がある時しか供されない、特別裏メニューだそうな。

「でもね、エリカ。わたしはハの字ハムサンドを、どうしてもハムサンドとは認められないのよ」


 わたしは厳かに言い切った。


 今回は食堂でもらってきたハムの切れ端で作ったけど、せっかくのハムをペーストにするなんて、もったいなさすぎるもの。


「なんなのよ、あなたのその食べ物への妙なこだわりは」


 エリカは大きな溜め息をついて、右手で額を押さえた。


「でも、エリカだって、もしも魔法が使えて好きな食べ物を出せるなら、いろんなご馳走を出してみたいと思うでしょう?」


 家政学には、家事一切を完璧に行う魔法がある。


 お掃除はもちろん、どんな難しいお料理でも一瞬で完璧にできるという、素晴らしい魔法だ。それを身に付けることこそ、この魔法大学家政学課で学ぶ者の、究極の目標なのだ。

 自分の手で調理しなくてもいいなんて、これぞまさに神の奇跡。わたしが理想とする魔法使いのあるべき姿ではないか。


「ローズマリーはその話をするのが好きよね。魔法で料理を出すのはあくまでも緊急時の対処方法だって、ポピィ教授はおっしゃっていたじゃない。魔法の料理は、お料理の腕前とは別の次元の問題だわ。まず、自分の腕を磨かないと」


 エリカは魔法を使わない方法での、家政学の優等生だ。お裁縫と編み物は、わたしの方が得意だけど。


「そういうエリカは、どうして魔法大学へ来たのよ。わたしみたいにカマドのサラマンダーと相性が悪くて、お家にいられなくなったわけじゃないでしょうに」


 わたしが魔法大学に留学してきた事情を、エリカは知っている。


 今年の特待生の女子はわたしだけで珍しかったから、知り合った早々、どんな経緯で特待生になったのかを訊かれたからだ。


 エリカは、わたしが花の精霊の申し子だというのにも驚かず、友達になろうと言ってくれた。


 その時からわたしは、性格が良くてお料理上手で、家政学で重要な課題の調理実習を大いに助けてくれる親友を手に入れたのである。


『学びの庭でお茶会を』


 開始まで、あと33分。


 エリカは運んで来たレモンメレンゲパイのお皿の角度を微妙に直してから、エプロンを外した。


「ローズマリーって、ここにはサラマンダーが出なくて助かるって言うのが口癖よね。でも、火の精霊と相性が悪いなんて、魔法を使うときに困るんじゃないの」


「ここは安全よ。まだ一度もサラマンダーを見たことなんてないわ」


 魔法大学を含めた多次元管理局の敷地内には強力な魔法結界が張られている。なぜなら、局員を狙う境海世界の犯罪者の侵入を防ぐためだ。

 校内で生徒は、先生の許可した魔法しか行使できない。

 でないと、何か失敗しても魔法で取り繕ってばかりいては本当の学びにならないからだ。


「ねえちょっと、ローズマリー」


 エリカが、レモンメレンゲパイのメレンゲの焦げ具合にうっとりしていたわたしの右腕をつついた。


「なーに?」


 お菓子はナベに入ったお料理と違って味見ができないなー、と哀しく思いながら振り向くと。


「サラマンダーって、あんなの?」


 エリカは強張った表情で、キッチンの方を指差していた。

 オーブンの辺りで、オレンジ色と黒の入り混じった明るく光る何かが走った。

 小さな生き物の影。爬虫類の、小さな蜥蜴(とかげ)にそっくりな。


「そうそう、ちょうどあんなふうなのよ。ヤモリとかイモリみたいな……ええッ、あれは!?」


 わたしはキッチンに駆け込んだ。


 見間違えようのない火蜥蜴の黒い影。

 ガスレンジの壁にはりついている。

 四つの足でスルスルと壁を這い回っている。


「うそ、サラマンダー!?」


 あれこそまさしく火の精霊の顕現、火蜥蜴サラマンダー!


 まさか、修道院にいたサラマンダーと同一人物、いや、同じ精霊ではないだろうが、わたしは戦慄した。

 こんなところでオーブンが爆発したら、大惨事だ。キッチンはもちろん、隣室のご馳走まで吹き飛んじゃう!


「やっぱり、そうなの、あれが火の精霊なのねッ!?」


 エリカが慌ててキッチンへ走ってきた。彼女は魔法使いになりたい女子だけど、精霊の顕現した姿は見たことがなかったという。エリカは眉をしかめ、動き回る影をじっと睨んだ。


「でも変ね、この学園内は、局の魔法で守られているから、精霊や妖精や、目に見えないものは出現しないはずじゃなかったかしら」


 そう、ここは局の魔法結界で守られた、境海世界で最も安全な場所だ。先生方の話では、たとえ境海世界の悪魔である『冷たき灰色の神』の軍団が攻めてこようとも、多次元管理局だけは、世界の終わりまで安全だという話だった。


 サラマンダーの黒い影は、ユラリと動いて床に降りた。火蜥蜴が這った床は高熱に焼かれ、太い墨線を引いたような焦げ跡となっていく。


 エリカが悲鳴をあげた。


「あいつ、オーブンの方へいくわ!」


「もう、火は消したでしょ?」


「まだ最後のスコーンを焼いているのよ。プレーンのスコーンは焼き立てこそが絶品だもの」


「そんなッ!? 焼き立てスコーンを狙うなんて、許さないわ、サラマンダーッ」


 わたしは、キッチンカウンターに置いてあっためん棒をひっ掴んだ。


「エリカ、ポピィ教授を呼んできて!」


「なにいってるの、一緒に逃げなくちゃ!」


「ダメよ、目を離した隙に、サラマンダーが変な場所へ隠れちゃったら、もっと困ったことになるかもしれないわ。わたしは慣れているからだいじょうぶよ、あのサラマンダーが隣のパーティルームには行かないように、ここでがんばるから」


「でも、でも、もしひとりで何かあったら…………」


「だから、一刻も早く、誰でもいいから先生を連れてきて!」


「わ、わかったわ!」


 エリカは調理実習室を飛び出していった。

 パタパタと足音が廊下を遠ざかっていく。


 今日は土曜日で学校は休み。校内にいるのは、わたし達の監督者で来てくださったポピィ教授と、見回り当番の教諭だけだ。先生方の部屋は、調理実習室から遠い別館にある。走って3分くらいかしら。


 サラマンダーが動いた。


 わたしはめん棒を投げつけた。めん棒はオーブンの下に当たって大きな音を立て、床に落ちて転がった。


 サラマンダーはピクリと頭を動かし、止まった。

 ゆらり、ゆらりと頭を左右に振っている。

 頭は相変わらずオーブンの方へ向いたまま。


 火のある所に引かれているのか。


 サラマンダーの頭が、くるっと方向転換した。

 スルスルと動き出した。

 隣のパーティルームへ!?


「イヤーッ、そっちはダメだってばッ!」


 わたしはガラスの水差しを抱え、隣室との境目に移動した。

 なんとしてでもここでサラマンダーを食い止めなければ。


 わたしは足下の床に、水差しの水をぶちまけた。お冷や用に用意した水だ。砕いた氷とレモンの薄切りも、ぜんぶが床に撒き散らされた。


 うう、平常なら、これだけでも大惨事だわよ。


「ダメ、こっちはダメよ、しっしっ!」


 わたしはレモン水の水溜まりで足を踏み鳴らした。

 サラマンダーはサッと後退した。


 方向を変えた!


 ゆるゆるとキッチンの方へ戻り始める。

 やった、これで隣のパーティルームには行かな……。


 と、思った瞬間、サラマンダーは、動きを止めた。

 わたしの方へ、目の無い黒い頭をもたげたようだった。


 次の瞬間、サラマンダーは、飛んだ。


 それは、オレンジ色の光に包まれた一筋の黒い糸となって、オーブンに吸い込まれた。

 オーブンの扉が開いて、派手な火花が弾け飛んだ。

 わたしの視界は、輝く紅に染まり、わたしは顔の前で両腕を交差させた。


爆音が鼓膜をつんざいた。



 オーブンから炎が溢れ出た。

 それは、巨大なドラゴンの息吹のごとく、炎の嵐となって調理実習室に満ち、パーティルームにまで渦巻いた。







***参考文献***

*アリスの国の不思議な料理 ジョン・フィッシャー作 文化出版局 昭和53年……ハの字ハムサンド

*おうちでつくるイギリスお菓子 著者:安田真理子 株式会社ソーテック社……

オーツビスケット(オートミールのビスケット)、マカルーン、パウンドケーキ、マーマレードティーブレッド、レモンメレンゲパイ


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