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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
第三章 キイコードナンバー7

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(四)魔法学のテストの謎は深淵よりも底が深い④

「ふっふっふ、どうだ、驚いたか」


 リリィーナ教官は、ニヤ~とした。楽しくて仕方がない、そんな薄暗い微笑みだった。こののち、約3年に及ぶ魔法大の授業の中で、僕らは何度も、リリィーナ教官のこの微笑みを見ることになる。




「お、驚きましたッ!」


 床に尻もちをついた僕は、慌てて、その場で正座した。最近、剣道の師である滝田(たきた)(ジェイ)先生(せんせい)の指導の元、道場でよく正座しているせいかもしれない。

 僕がかしこまったのを見て、アイルズとカイルがわたわたと僕の右横に並んで正座する。


 だいじょうぶかな。慣れない正座は、5分と経たずに(しび)れが切れるぞ。


 リリィーナ教官は、目をパチクリさせた。


「なにをやっているんだ、君達は?」


「あ、いえ、その、課題の、プリントの通りにやってたんですけど」


 僕らは、シャキッと、背筋を伸ばした。


「いや、3人とも、床に座ってるだろ」


 リリィーナ教官が左手で床を指差す。


「ただの条件反射です」


 日本人だからかな、と自分では思っている。でも、アイルズとカイルは日本人じゃないしな。

 リリィーナ教官は僕らを見下ろし、口角を上げた。


「まあ、いいか。君達は手順を守った。魔法陣の描き方も、とても丁寧だ。よし、では、ここにいる全員、合格!」


 リリィーナ教官が左手指を弾き、パチンと、軽快な音を響かせた。と、空中からヒラヒラと、ピンクの花吹雪が降ってきた。


 床に舞い散ってきた花びらを1枚拾う。サクラの花びらだ。


 サクラ咲くってことかな……。日本ではポピュラーな合格の暗号だけど、これこそ、日本人にしかわからないだろ。

 現にアイルズとカイルは、キョトンとしている。


「あとで、じつは不合格でした、これが最後のオチです、おあとがよろしいようで……なんて、言いませんよね?」


 念のために、落語の締めでよく使われる科白を言ってみる。

 落語に馴染みがあるなら、リリィーナ教官に通じるだろうし、ジュゲムも、リリィーナ教官の仕業という確証になる。


「百点万点の質問だ、サー・トール。安心したよ、わたしは、君達がテスト課題を正しく読み解いた、と判定する。わたしの評価は、最高得点を付けておこう」


 リリィーナ教官はさわやかに応えた。


「やっぱり……」


 僕は脱力した。ジュゲムの発案者は、リリィーナ教官だ。日本によく行くらしいから、本物の寄席(よせ)に行ったことがあるかもしれないな。


「ホントですか!?」

「合格なんですね、俺たち?」


 力が抜けた僕とは逆に、アイルズとカイルが腰を浮かす。

 リリィーナ教官は、魔人の決めポーズさながらに腕組みして、右斜めの角度で僕らを見下ろした。魔人というより、魔王ぽいな。


「さて、君達は、正確な解答を出せたから、ご褒美をあげよう。呼び出された魔人の定石(じようせき)にしたがい、君達の願いを3つ、叶えてやる。ただし、3人で呼び出したから、願いは1人につきひとつだ」


 あまりに突拍子もない申し出に、僕らは顔を見合わせた。

 まるで、本物の魔人を呼び出したような展開じゃないか。


「あの、それは、魔法のランプの魔人が願いを叶える、というやつですか?」


 そろそろ僕も、この演出の出典が『アラジンと魔法のランプ』だと気付いていた。いや、べつに文句があるわけじゃない。僕らだってまだ子供だし、これは先生が生徒に仕掛けるテストだから、子供向けのわかりやすい内容でいいんだけど。なぜ、呪文がジュゲムだったんだろう……。


「その通りだ。この場合の3つの願いというのは、境海世界における、魔法の古い法則でもある。それに、魔法といっても、この白く寂しい通りで、わたしの魔力で叶えられる範囲内で、という、限界設定付きだ。願いを叶える有効期間は、明日の午前0時から1年間とする。こら、3人とも、ポカンと口を開けてないで、返事は!?」


 リリィーナ教官は僕らを軽くひと睨みした。


「は、はい!」


 僕らは、間抜けな声を揃えた。


「なお、期間中は、この願いを叶える魔法に関する質問事項も、願いのひとつとみなされる。そこに気を付けて、よく考えてから、願いを告げたまえ」


 僕らは、はい!、と、改めて背筋を伸ばした。


「今夜、嬉しくて眠れなくても、明日は遅刻するんじゃないぞ、では、本日は、これにて解散!」


 リリィーナ教官はマントを翻した。右手に剣をひっさげたまま、リビングフロアのドアの方へ歩いて行く。

 ドアから出て行くその後ろ姿を、僕らは呆然と見送っていた。

 



 リリィーナ教官が去った後も、しばらく僕らは動けなかった。僕はすぐに立てたけど、アイルズとカイルは足のしびれが切れて動けなかったからだ。


「いでででで……。痛いから夢じゃないぞ、俺たち、『魔人の召喚』に成功したんだよな」


 カイルは笑いながら足を投げだし、床に大の字に寝転がった。


「ああ、魔法で願いを叶えてもらえるなんて、すごいな。それも、あのリリィーナ教官にだぞ」


 両膝を押さえながら立ち上がったアイルズも、いつになく興奮気味だ。

 でも、僕は、喜びあう級友の前で、考えていた。


 リリィーナ教官は、おとぎ話に出てくる全能の魔人じゃない。一流の局員とは、どんな魔法を、どんなふうに、どのくらい使えるのだろう。


 1番大きな問題は、そこだ。


 僕らは、一夜で大金持ちになりたいなんて思わない。


 よくあるのは魔法使いになりたいという願いだが、僕らは局員になるべく勉強中だ。いずれは、境海でも有数の強い魔法使いの一員になる。いますぐ、魔法を自由に使えるようになったって、局員として必要な勉強をすっとばしたら、局では働けないだろう。


 唐突に、ローズマリーの顔が思い浮かんだ。おとぎ話の主人公のように、魔法で理想の恋人同士にしてもらうとか?


 どんなすばらしい理想にせよ、僕が勝ち取ったものでなければ、魔法が解けたら(むな)しいだけじゃないか……。


 この日、僕は、僕の望む幸せは魔法では叶えられない現実を、悟るに到った。




 僕ら3人は、3つの願いをどう使うべきか、話し合った。


 アイルズとカイルも、大金持ちや魔法使いになりたいだのは陳腐だ、という意見で、僕らの考えは一致した。


 願い事を叶えてもらえる有効期間は、1年ある。


 先に、リリィーナ教官がどんな魔法を使えるのかを、別の方面からアプローチして調べよう。願い事を考えるのは、そのあとだ。

 男の勝負の問題は、いつの間にか、どこかへいってしまった。


 そして、僕らは予想通り、気の合う親友になっていた。




 ところで、テスト課題名の『キイコード№7』とは、何だったのか。

 魔人の召喚魔術を成功させたことで、僕らは課題をクリアした。だが、キイコード№7が何を意味するのか、わからないうちに、テストは終わっていた。


 僕らは、魔法学のテストを終えた他のグループに訊いてみた。皆のもらった課題名も、キイコード№7で共通していた。魔法陣の図もほぼ同じだった。でも、期限や呪文は違っていた。召喚用の道具として、変わったアイテムを集めたり、数日かけて加工する手間が課題だったグループも、あった。




 テスト期間の2週間が終了した翌日午前のティータイム、僕はひとりで食堂を訪れた。


 食堂の入口に着いたとき、明るい窓際のテーブル席には、リリィーナ教官とリュウ先生が座っていた。

 リリィーナ教官がリュウ先生に、銀のメダルを手渡している。リュウ先生は受け取ると、席を立った。

 リリィーナ教官は、ひとりでお茶を飲んでいる。

 この学校では、生徒はいつでも教官に話しかけてかまわない。


 僕はお茶のマグカップを右手に、リリィーナ教官のテーブルに近付いた。


「やあ、サー・トール。どうぞ」


 にこやかに、さっきまでリュウ先生が座っていた隣席を進められた。


「今のは、何を渡していたのですか」


 僕の簡略化した質問に、


「あれは召喚のメダルだよ」


 リリィーナ教官は即答した。さきほどのリュウ先生とのやりとりに関して、生徒には言えない教師間の秘密などは、無いようだ。


「あのメダルが、リリィーナ教官側の、魔人召喚の魔法だったんですね。では、キイコード№7というのは、どういう意味だったのですか」


 僕は単刀直入に質問をぶつけた。

 テスト課題はクリアしたが、いっとう初めの『キイコード№7を解読せよ』という課題名を、僕らは解き明かしていない。


「はは、見事にひっかかったな。プリントが配られてすぐに、リュウ先生が『これはテストの課題名だ』と言ったはずだよ。それ以上の意味は無いんだ。強いて言えば『7』とは、わたしの名前のアルファベット7文字のことだ。1から7までの数字は、魔法陣をそれらしく見せるための記号に過ぎない。あのメダルは、魔法陣の携帯版だ。あのテストの魔法は、魔法陣とメダルと、二つの波長を同調させて使用する、もっとも簡単な共感魔術だよ」


 リリィーナ教官はスラスラと謎解きしてくれた。

 そういや魔法学の授業で、そんな魔術があると習ったっけ。


 テストは、手順通りにやればいいだけだった。


 アルファベットのリリィは百合の花じゃなくて、最後まで続けて読めばリリィーナで、それが召喚されるキイコード№7の魔人の名前だった。

 やっぱり、という感が否めない。


 それでは簡単すぎると思い込んで、僕らは否定した。


 僕らの頭は固すぎた。迫るタイムリミットに焦り、ろくに考えずに作業を進めたのが、逆に良い結果となっただけ。

 もしも、意味やら暗号を深読みして調べていたら、確実にタイムアウトで不合格になっていたんだ。


「じゃあ、最後にひとつ教えてください。なんで、ジュゲムだったんですか」


 僕の最後の疑問に、リリィーナ教官は軽く首を傾げた。


「難しくはなかっただろう。テスト問題は、生徒それぞれの出身世界を考慮して作っているんだよ。今回は君が日本人だから、わたしたちも授業やテストに、なにか、和風のテイストが欲しかったんだよ。君がジュゲムを暗記しているのを知っていたから、変わってて面白いと思ってね」


 それだけの理由で、ジュゲムだったのかよ……。


 リリィーナ教官が親日家なのは、よ~くわかりました。


 ついでに、魔法学の担当教諭はもちろん、主任のポール教授も、日本贔屓(にほんびいき)なことも、わかりましたとも。


 そして、リリィーナ教官が答えてくれたおかげで、僕は、常づね考えていた自分の推理に、確信を持つことができた。


「多次元管理局は、僕が小学校6年生になった時には、すでに僕の身辺調査を行っていたんですね。というより、スカウトされる特待生は、みんな、そうなんじゃないんですか」


 だから文句を言いたいわけじゃない。

 多次元管理局は、いったい僕の何を見て局員にスカウトしようと考えたのか。

 その理由くらい、卒業までに自分で調べておこうと、思うようになっただけだ。


 クールだったリリィーナ教官が、ニッと笑った。


「だから? わたしが出現して、ビックリ仰天したんだろう?」


 リリィーナ教官の強い視線に、僕はたじろいだ。

 単純な肯定、あるいは否定の二択しか予想していなかったから、とっさに受け答えができない。


「あの銀のメダルには、テスト課題で使われる『魔人召喚』のための特殊コードを組み込んだ魔法が封じ込められている。魔人が呼び出される条件は細かく定めてあるし、魔人役があの銀のメダルを持っている間だけ有効なんだ。それが君たちのプリントに指定されている時間帯だったってわけさ」


 リリィーナ教官の口調が変わった。クールなだけじゃない、あの召喚魔術で魔法陣の中に現れた時、リリィーナ教官が手にしていた銀の剣、その鋭い輝きを思い出させる。


「あの時、僕らは、ものすごく慌てましたよ。でも、僕らの他にも、召喚魔術を実行したグループはいますよね。もしも、まったく同じ時間とタイミングで召喚魔術が行われていたら、魔人役は、どうなるんですか」


 これは用意していた質問だから、すらすら言えた。

 リリィーナ教官もすぐ応えてくれた。


「魔法学のテストでは、わたしが全グループを担当した。一応、どんな事態にも対応できるようにはしているよ。分身をするのは面倒くさいので、呼び出し時間は重ならないようにしてあった。君達は指定された時間までにテストをクリアした。ちなみに、願いを叶える特典は、いちばん最初に、もっとも正確に呼び出せたグループだけに与えられるご褒美(ほうび)だ。それと、喜びたまえ、この1週間で、魔法学のテストはほぼ終了したが、君のグループが総合でトップだよ」


 野外キャンプが楽しみだな、と、リリィーナ教官は僕の肩を軽く叩くと、食堂を出て行った。


 なんだか含みのある言い方に聞こえたな。


 野外キャンプに、何かあるのだろうか。リリィーナ教官も監督官として同行するとは聞いている。

 まさか、野外キャンプ先でも、さりげなく駄洒落みたいな引っ掛け問題や、魔法授業の一環と称する(トラツプ)などが用意されているとか……?


 すっかり疑心暗鬼を生じた僕は、その日、寝る時間まで落ち着かなく過ごした。




 そして、夜。ベッドで眠ろうと目を閉じた瞬間、僕はガバッと跳ね起きた。


――リリィーナ教官は、けっきょく、教えてくれなかったんだ……。


 局は、いつから僕のことを、調査していたのか。


 僕がもっとも訊きたかった質問の解答を、上手にはぐらかされたのに気付いたのは、その時だった。





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