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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
第二章 新米魔法使い達の賛歌

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(五)恋と友情の狭間には魔法も効かない溝がある

 ローズマリーと恋したい権利(?)を賭けた勝負宣言からわずか三分以内、カップラーメンが出来上がるより短い時間で、アイルズは負けた。完膚なきまでの彼の玉砕だった。


「納得いかないッ!!!」


 その日の寮での夕食後、アイルズが()えた。


 僕らはリビングフロアの一角を占領して、男子寮生八十三人が見守る中、真っ向から対峙した。

 アイルズが僕とローズマリーの出逢いを詳しく訊きたがった。


 僕は初日の中庭での出逢いを包み隠さず披露した。


 アイルズは、僕とローズマリーの運命の出会い的なシチュエーションに言葉を無くし、他の寮生はヤンヤと拍手喝采した。


「いや、トールはまだ恋人認定されたわけじゃない。それでどうして、ローズマリーちゃんがトールに好意的になるのかよくわからないから、ちゃんと説明してくれ。出会ったあとで、何があって、彼女は君に好意的になったのか?」


 アイルズはしつこく食い下がってくる。


「さあ?」


 そらっとぼけてみせたが、僕自身は、ローズマリーの態度について思うところがあった。


 ローズマリーは、人見知りの気があるのかも。


 同じ日の編入生という共通点のある僕になら、気を置かずに喋れるのではないだろうか。

 僕がアイルズやカイルを紹介すれば、ローズマリーの友達の輪が広がるだろう。


 でも、やなこった。僕より顔が良くてカッコ良いこいつらを個別に紹介するなんて、絶対にするもんか!

 

「あっちから親しくしてもらっているだけだから、僕にはどうすることもできないよ?」


 当たり障りのない、どこぞの企業トップの謝罪会見みたいな答弁をすると、そんな嘘が通用するかとアイルズに吐き捨てられ、外野からは予想通りのブーイングが沸き起こった。


「ひとりだけ抜け駆けして女子と付き会っているなんて、ずるいだろ!」


 ここだけ皆の意見は一致した。


 でも、ローズマリーの本当の気持ちなんてのは誰にもわからないから、僕らの議論は、敵対した男の勝負を何で付けるかに集中した。


 そこは魔法大へそれぞれスカウトなり内申なりで入ってきた生徒のこと。


 安直な暴力よりも知性重視だ。

 次の魔法学の実践授業で、出された課題をより完璧にこなして良い点を取った方が勝ち、という、取り決めとなった。




 翌日、僕とアイルズは絶交はしなかったが、勝負が付くまで別行動をとることにした。


 そして、また一週間が経った。


 その日、僕は朝から一人だった。カイルは局勤めの叔父さんに仕事の話を聞かせてもらうため、今週の昼休みはずっと白く寂しい通りにある喫茶エクメーネに出かけていた。 


 僕は一人で食堂に入ろうとして、廊下でローズマリーに呼び止められた。


 彼女は一人前にしては大きめのランチボックスを抱えていた。


「よかった、間に合ったわ。今日は、家政学の調理実習で作ったお弁当を持って来たの。中庭の噴水の傍で一緒に食べてもらえないかしら」


 ぼくは二つ返事で承諾した。

 家政学の調理実習では、自分で作った分は自分で食べる義務があるという。

 中庭の噴水の近くには、休憩用のベンチがある。

 噴水を一番良い角度で眺められるそこに、僕らは並んで座った。


「先週末はお昼も放課後にも会えなかったけど、悟くんは忙しかったの?」


 ローズマリーの差し出したランチボックスの中身は、ゆで卵と卵焼きを具材にした二種類のサンドイッチが入っていた。


 やけに量が多いな。


 パンも分厚いし、五人分くらいのボリュームがある。

 実習で作るのは一人分じゃないのかな。

 僕は卵焼きのサンドイッチを選んで一つ摘まんだ。卵はしっかり焼いてあるから固めだけど、塩加減はいいし、マヨネーズはオリーブオイルの香りがしてとても美味しい。


「うん、いや、べつに……課題が難しくてね、いろいろ、調べることがあって……」


 僕はサンドイッチを頬張りながら、ゴニョゴニョと言葉を濁した。親友になれそうな級友と君をめぐって男の勝負をしているんだよー、なんて、とても言えない。


 もっとも、この勝負は、結果が見えている。


 勝負の最終判定の鍵を握るのは、ローズマリーだ。家政学部にいる男子生徒はどうだかしらないが、こちらの校舎に来た時、ローズマリーが声を掛ける男子は僕だけだ。

 アイルズもそれを目撃してわかっているから、暗黙のうちに負けを認めている。アイルズと会うたびに、僕は彼の雰囲気からそれを察していた。


「一般教養科は難しいのね。わたしの方は調理実習がたいへんだけど。あのね、じつは今日は、悟くんに頼みたいことがあるの」


「うん?」


 珍しくこちらの様子を窺うようなローズマリーの上目遣いと声音に、僕は頬張ったサンドイッチを呑み込み、顔を上げた。


「僕に出来ることなら何でも引き受けるよ」


 僕は気の良い返事をした。


 話の流れから、食べ物関連のお願いだと思ったのだ。


 ちなみに、このサンドイッチが作られた方の事情は、調理実習室の卵のパックが置いてあったコンテナケースに衝撃が与えられたせいらしい。今日の調理実習には必要ではなかった個数の卵に致命的なひび割れが入ってしまった。そこで急遽、大量の卵料理を作ることになったとか。


 さいわい僕はまだまだ育ち盛り、これと同じランチボックスならもう一つくらい片付けられる余裕はある。

 だが、ローズマリーの口から出た「頼みたいこと」とは、僕の想像の範疇をはるか百万光年越えていた。


「悟くんがいつも一緒にいる男の子を、紹介して欲しいの。ほら、この前、休憩時間に食堂で会った時、悟くんといっしょにお茶を飲んでいた、金髪で青い目の男の子よ」


 ローズマリーの口から出た信じられない単語の数々に、僕は幻聴を聞いたと思った。


「あの、悟くん?」


 なぜ、彼女がアイルズに興味を持つ?


「ねえ、ちょっと、悟くん、わたしの声、聞こえてる? どこを見てるの?」


 僕は何かヘマをしでかしたのか。

 いったい、いつ、なにをやらかしたんだろう。


「あのー、ほら、わたしがマドレーヌを持っていった日、悟くんと一緒に紅茶とクッキーを食べていた人。紹介して欲しいのは、あの人よ」


 なんということだ!

 あの時、ローズマリーはすでに、アイルズに目を向けてしまっていたのか!?


「え………………。でも、どうして?」


 僕が絞り出した声は小さく、耳障りにしゃがれていた。

 ローズマリーがギョッとしたように目を瞠った。

 僕の顔面は蒼白だったに違いない。ひどく気分が悪かった。


「あ、あの、悟くん、だいじょうぶ?」


「うん? 僕は平気だけど?」


 だめだ、顔面がひきつって、微笑むことができない。顔筋がコンクリートで固められたみたいに動かない。


「顔色がすごく悪いわ。保健室に行く?」


 僕は立ち上がろうとしたローズマリーの左手を両手で掴んだ。


「なんともないから、気にしないでくれ! それより、なんで君がアイルズに会いたいのか、それを教えてくれないか?」


 僕は自分でも思いがけず大きな声を出していた。

 ローズマリーが肩をビクッと震わせた。

 僕は大声を出したことを、ものすごく後悔した。


「あの人は、アイルズくんていうのね」


 ひどく冷ややかなローズマリーの声に、一瞬にして僕の頭が冷える。


 しまった、ローズマリーにアイルズの名前を教えてしまった!!!


「じゃあ、この前、一緒に食堂に来てお茶を飲んでいたのは、たまたまあの日だけで、普段は親しいお友達ではないの?」


「いや、そういうわけでは……アイルズとは、トモダチだけど……」


「どうしてわたしには紹介できないの? ケンカでもしたの?」


「そ、それは……」


 僕はローズマリーの一言一言に、情けないほど動揺していた。


 こんな小心者の僕が、将来、冷静さが必要とされる万課員になれるんだろうか。


「じつは、魔法学の課題を解いている最中なんだ。それがものすごく難しくて!」


 本当は、アイルズと勝負する魔法学の課題が出されるのは、明日の授業だ。


「それで忙しいのね?」


 ローズマリーはベンチに座り直してくれた。

 僕は恐る恐るローズマリーの手を離した。


「そうなんだ。一人では無理だから、僕とアイルズとカイルの三人で、協力していろいろと文献を調べたりしているんだ」


「魔法学でそんな課題が出るなんて、やっぱり、わたしの方とは授業内容が違うのね。それが終わったら、みんなで会えるかしら。お茶会をセッティングしてもいいかしら?」


「うん、もちろん、それが終わったら紹介でも何でもできるよ!」


 きっと男の勝負は決着しているだろう。

 僕とアイルズは僕らが初めに予想したような親友になれていると思う。

 そうしたら、紹介でもお茶会でも、なんでもできるから。

 ローズマリーは頬を少し紅潮させ、僕をまっすぐに見つめてきた。


「わかったわ。魔法学の課題が終わったら、アイルズくんをちゃんと紹介してね。それまでは、わたしも悟くんと会うのを我慢して、待つことにするわ」


 僕は悲鳴をあげたくなった。


 なんで、そうなる!?


 はっ、待てよ。

 もしや、このままだと、男の勝負も僕の負けになるんじゃないか!?


 だが、いまさら難しい課題の話が、とっさについた嘘とは言い出せない。


 うわあああ、どうして僕は魔法を使えないんだ。

 こんな時こそ、魔法を使ってなんとかしたいのに!!!




 僕は心の中で泣きながら、魔法学のテスト期間が終わる二週間後の再会を約束し、ローズマリーとは別々に帰寮したのだった。







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