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ドキドキが最高潮になってる中で、邑さんが左の手を取る。指先から、鼓動の高鳴りが届いてしまいそう。まるで宝物でも扱ってるみたいに丁寧に触れる手の温もりに、ぽうっと頬が熱くなる。
薬指を、何かが伝う。触れたものが何なのかわかった瞬間、頭の中が爆発しそうなくらい熱くなっていく。邑さんの温もりでちょこっとあったかいけど、金属の冷たさを残す細い輪っかなんて、一つしか知らない。
「智恵、もういいからな」
「は、はい……っ」
目を開けて、左手をじっくり見る。薬指にはめられた、シルバーの指輪。何のデザインもない、華奢なものに、一つだけ嵌められたキラリと光る宝石。その名前が何なのかはわからないけど、澄んだ透明は、邑さんの心みたいにも思える。
「邑さん、これって……っ!」
「智恵ももう大人になったからな、……二人の証、欲しいかなと思って」
珍しく、歯切れが悪い言葉。ほんのりと赤く染まった頬も、照れてるんだって分かる。それだけ、本気なのも。
「いきなりで悪い、その……、よかったか?」
「嫌なわけ、ないじゃないですか、……嬉しいです、こんな素敵なものもらえて」
「そうか、それならよかった」
ほっとしたように、邑さんの顔が緩む。満足気な表情に、嬉しくないわけなんて、あるわけない。……でも、一つだけ、気になるところを見つけてしまう。
「この指輪、『二人の』証……、なんですよね」
「ああ、そうだ。……私のも、ここにある」
落ち着いた黒の、手で隠れるくらい小さなリングケースの中には、私の指にはまっているものと同じもの。この世にたった一組だけの指輪は、世界でたった一人だけの、愛する人だという証。
「それ、邑さんにつけてもいいですか?」
「……ああ、最初から、そうしてもらうつもりだったから」
軽く頭を撫でてから、左手を差し出す。髪を漉かれるのも、甘えてもらえるのも、胸の奥がぽかぽかするように幸せになれる。
指輪を持ったとたんに、目の前の顔がうつむいて、目を閉じる。邑さんも、緊張するのかな、こういうこと。なんだか、らしくないや。でも、それだけ、……本気なんだなってわかる。
左手を手に取った瞬間、ピクリ、と微かに体が震えたのがわかる。そのまま、早まった鼓動も、伝わってきそう。
薬指に、ゆっくりと指輪を通す。私と邑さんが繋がる瞬間を、じっくりと味わいたくて。『恋人同士』から、結婚して、私も邑さんも女だから『夫婦』にはならないし、どう呼べばいいのかわからないけれど、とにかく、その先の、もっと深いつながりに進んでいく時間。まだ、手放したくない。
それでも、指輪は指の根本まで通ってしまう。私まで、ドキドキしてきちゃった。今更、邑さんの手から伝わってきたように。
「もう、いいか?」
「……はい」
目を閉じてないのに、わざわざ訊いてくるなんて、かわいい。不意に思ってしまう不埒なこと。これからも、知っていけたらいいな、誰も知らない、邑さんのこと。