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 お風呂場に入って、湯煙で何も見えなくなりそうなのに、邑さんの手の温もりにに大丈夫って言われてるみたいだ。


「すっごく、大きいですね……っ」

「あんまり人いなくてよかったな、さっきまででもものすごく恥ずかしそうだったし」

「そ、そうですね……」


 邑さんに見られのが一番恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうだけど、他に人が少ないのはまだ気が楽になる。昔から周りより体が太いし、胸もそこそこあったからからかわれたこともあったから、修学旅行のときとかもあんまり長く入る気にはなれなかったから。

 

「行くか、智恵」

「は、はいっ」


 隣り同士に座って、シャワーを出す音が聞こえる。ふと、隣りを見ると、石鹸を頭にあてがって……?大分前に、石鹸じゃ髪が痛むって言ったのに。


「ゆ、邑さん!?」

「どうした、智恵」

「もう、シャンプー使ってって言ったじゃないですか……」

「悪い、つい癖でな」


 昔に石鹸で髪を洗ってたのは聞いてたし、その時に髪の手入れの仕方は教えたのにな。でも、それがなんか、邑さんらしいや。


「もう、邑さんってば……」

「悪かったよ、そういうの、あんまりする意味とかわかんなかったし」


 興味さえ持てば何だって私が追い付けないくらいできるのに、ほんのりとブラウンがかかった髪もきれいなのに、なんだかもったいないような気持ち。

 見てみたいな、もっときれいになったところ。そう思っちゃうくらいに、私は邑さんでいっぱいになっちゃってる。


「もっときれいなとこ見たいなって、……ただの、私のわがままです」

「じゃあ、教えてくれるか?どうすればいいか」


 着飾ったりとかメイクしたりとか、周りからどう見られてるのかなんて気にしないような人なのに、……こういうので頼ってくれるって、なんだか新鮮だ。

 なんだか照れちゃうな。恋人の髪を洗うってだけでもなんだかくすぐったいし、人目があるとこだし、……

でも、頼ってもらえるのなんて、滅多にないから嬉しい、その気持ちのほうが、ずっとずっと胸の中では大きかった。


「はいっ、じゃあ、目閉じててくださいね?」

「ああ、わかった」


 シャンプーをつけてよく泡立てて、邑さんの頭に触れる。撫でたりとか抱いたりとかでちょっとは分かってたけど、やっぱり痛んでるとこも多い。ちゃんとすれば、私なんて及ばないくらいきれいになるのに。

 指先で、爪を立てないように、マッサージするように頭を洗う。


「そういえば、どこで髪切ってるんですか?」

「自分でやってる、そのほうが安く上がるしな」

「そうなんですか!?髪型きれいだから、お店でやってると思ってたんですよ」

「そんなに綺麗か?ならいいんだがな」


 邑さんは、自分で思ってるよりもずっと綺麗ですよ。なんて言う勇気があったらな。そうしたら、気づいてくれるかな。このままでも好き、だけど、もっときれいな姿、見たくなっちゃうのはおかしいかな。


「それじゃあ、流しますね?」

「分かった、もういいのか?」

「ダメですよ、あとコンディショナーがあるんですから」

「そうなのか?……だからか、智恵がいつも風呂長いのは」


 あまり力を入れないように、でも丁寧に泡を洗い落とす。その間にも、髪のお手入れの話は続く。きっと、邑さんにも新鮮な話だからか、話題に食いついてきてくれてる気がする。


「そうですね、髪も長いし、その分大変なんですよ?というか、いっつも邑さんが早すぎるんですよ」

「そんなに早いか?」

「早いですって、お泊まりしたとき、いっつもびっくりしちゃいますよ」

「こんなの毎日やってるのか、大変だな」


 話は続けたまま、手は止めない。すすぎ終わって、ようやくコンディショナーをつける。邑さんは髪が短いから、ほんのちょっとで済むから楽なのに。


「慣れればそんなに苦にならないですよ、邑さんのほうが楽なのに、髪も短いんですし」

「そうなのか、……そういえば、前にも訊いてたな、智恵が何使ってたのか」

 

 一通り髪になじませて、しばらく手を休める間は、考えるのに頭を思いっきり使える。まだ、私が高校生だったときのこと、まだ覚えてくれてるんだ。どうして生かしてくれなかったのかを考えるともやもやするけど、それでも胸の奥の高鳴りのほうが、ずっとずっと勝ってしまうのが、なんか悔しいような。

 

「もう、覚えてるなら、やってくださいよ、……もっときれいな邑さんのこと、見たいですから」

「悪いな、……そういうことなら、やるから」


 いざそう言ってくれると、何か罪悪感が湧く。それに、言ってしまった言葉は、思い返すだけで恥ずかしくて、湯舟に入ってないのにのぼせそうになる。


「そ、その、無理にしなくたっていいんですよ?」

「そうじゃない、……私だって、智恵にきれいなとこ見せたいし……っ」


 邑さんの動揺したような声が、お風呂場に響く。シャワーを止めてあるし、いつの間にか他の人はいなくなってて、私たち二人しかいないから。

 

「嬉しいです、そんな風に言ってくれて」

「別に礼なんていい、……智恵のこと、愛してるんだから」


 湯けむりでだいぶ白くなってるけど、きっと赤くなってる顔は見られてない。素直な気持ちは、そのまま言葉に出てくれる。

 でも、そのまっすぐな言葉は、私の心臓を射抜いてくる。その言葉の意味も、きっと、私が思ったよりずっと大きい物だから。

 

「……私も」

「ん、どうした?」

「な、なんでもないですよ、流すから、目閉じててくださいね?」

「ああ、わかった」


 私には、それほど重い言葉を言う勇気は、まだ持てない。邑さんのことを愛してないわけじゃない、むしろ、誰よりも愛してる。でも、私の肺から出ようとした言葉は、重すぎて喉につっかえてしまう。

 邑さんの髪はさっぱりとしたはずなのに、心にできてしまったもやもやは、まだ晴れない。

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