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「一緒にお風呂入るの、初めてかもしれないですね」
「あんまり、そんな機会とかなかったからな」
学生時代はお互いの寮に入るわけにもいかなかったし、お泊まりする機会も少なかったし、そのときも緊張するからって別々にしてもらってたから。
躊躇なく服を脱ぐ邑さんを横目で眺めて、真っ白な肌とすらりと伸びる細い手足に見とれそうになる。こんな明るい中で、惜しげもなく晒されたそれは、暗闇で見るときとは全然違う。
「どうした、……何か、見せられないものでもあるのか?」
「そんなんじゃないですよ、ただ、ちょっと恥ずかしいだけです……」
邑さんだから見せたいような、邑さんだから見せられないような。中途半端なもの。何て伝えたらいいんだろう。わからなくて、言葉に出したのは、ありのままの気持ち。
そうしないと、きっと心配させちゃうから。大事に思ってくれてるから、気にかけてくれてるのに。
「それならいいが、……脱がないと、風呂入れないぞ?」
「わ、わかってますよ、それくらい……っ」
意を決して服を一気に脱いで、畳んで脱衣籠に入れる。眼鏡を外すと、何もかもがぼやける。手を伸ばせば届く距離にあるはずの邑さんの顔ですら、よく見えなくなっちゃうくらいに。
「あんまり見えないんだったな、……手、つなぐか?」
「は、はい、……ありがとうございます」
さすがに、旅館のお風呂くらいなら、ぼやけててもわかるけど、言葉の意味も、伝わってきてしまう。
ちょっとでも、私に触れてたいんだ。そんなことがわかっちゃうのは、私も同じ気持ちだから。
そんなのに、言い訳なんていらない、なんて言えるほど、私も勇気があるわけじゃない。だからきっと、私と邑さんは、一緒なんだ。そう思ってしまうのは、私のうぬぼれなんかじゃないって、邑さんから伝わる温もりが教えてくれてるみたいだ。
「今日は、なんか素直だな、智恵は」
邑さんの言葉と、唇の端からかすかに漏れる笑い声。私が初めて会ったときの邑さんは、こんなに簡単に笑う人じゃなかったのに、今じゃ、これが当たり前みたいだ。頭の上から、軽く撫でてくれる手も。
「いいじゃないですか、それくらい……。でも、邑さんも、ちょっと柔らかくなったんじゃないですか?」
「そ、そうか?……私は、そんなには思えないんだけどな」
「変わってますよ、……私が出会ったときの邑さんは、そんな簡単に笑わなかったですから」
皮肉めいた笑みなら見たけれど、こんなに嬉しそうに笑ってるとこなんてなかった、……私と、お付き合いする前までは。でも、今は、私と二人でいるときだけ見せるあの甘い表情に、蕩けちゃいそう。
「そうか、……なら、智恵が変えてくれたんだ、私のこと」
「もう、言ってるじゃないですか……、変わったのは、邑さんの力だって」
邑さんが私を好きになってくれた理由を訊いたときにも出た、この言葉。推し量ることもできない深い傷を心に負ったのに、それでも誰かが傷つくことに心を痛められる優しい心を持ち続けられたんだから。私はただ光を照らしただけで、底なしの闇から抜け出したのは邑さんだっていうのに。
「でも、変わるきっかけをくれたのは智恵だから……、今更だけど、その……ありがとな」
その言葉と一緒に、ほっぺに触れる唇の温もり。それだって、何回も聞いてきて、その度に胸の奥が熱くなる。
キスも一緒なんて、ずるいですよ。……でも、何よりも嬉しいって、思わないわけがない。
「こちらこそ、ありがとうございます、……ずっとここにいるわけにもいかないですし、お風呂入っちゃいましょうか」
「それもそうだな、悪いな、こんなとこで長話させて」
「いいですよ、話始めたのは、私ですから」
繋がった手と、あったかい気持ちのせいで、寒さなんて感じなかったけど、今になって、身震いが起こる。
それなのに、のぼせちゃいそうだなって感じるのは、隣にいるのが邑さんだから。