表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

15

 グラスの中で揺れる液体を通して、邑さんの微笑んだ顔が揺れる。私はもう子供じゃないと強がりたいけれど、大人の証を口に含むのは、まだためらってしまう。


「どうした、飲まないのか?」

「邑さんこそ、やっぱり、ケーキ食べないんですか?」

「智恵のこと待ってるんだよ、私も初めてだから」


 呆れたような言葉とは裏腹の、少し虚を衝かれたような声。邑さんも、もしかしたら緊張してるのかな。だとしたら、……すっごく、かわいい。甘ったるい幻想が、本当のことだと思えるほど、夢見る女の子ではいられないけれど。


「じゃあ、一緒に、……頂きます」

「ああ、……いただきます」

 

 目を閉じて、グラスを口元に当ててから、そっと傾ける。薄く開いた口に入り込んだのは、思ったより柔らかい口当たりと、後から広がるほろ苦さ。飲み下すと、体の中をぼうっと熱さが下っていく。耳の奥のほう、少しぼうっとする。いつの間にか、ほっぺたが緩む。


「どうだ?」

「なんていうか、大人の味、ですね……、さっぱりしてるって、聞いたんですけど」

「そうか?……私は普通だけど、智恵の分も飲むか?」

「いえ、大丈夫ですよ、これくらい」


 強がっても、やっぱり大人にはなれない。早く、なりたいのにな。八年半の差が埋まるなんて思ってないけれど、遠くに見える背中に追いつきたいって思ってしまうのは、仕方ない、……よね。

 二口だけ飲み下して、ケーキに手をつける。フォークで切ったところを見ると、中のスポンジにもしっかりと苺が入っていた。これで喜んでしまうのも、なんだか子供みたいに思えて。お酒のせいに、全部できるかな。

 

「無理しなくていいのに、全く……」


 そう言いながらも、邑さんもケーキを前に手が止まってる。ほんのちょっぴりの背伸びを、見て見ぬふりをしてみる。小さく一口掬ったと思ったらまた固まって、動かなくなる。


「邑さんも、ケーキ苦手なら、無理しないでもいいですよ?」

「大丈夫だ、これくらい」


 その言葉が終わる途端に、目を閉じて勢いよく口に入れていた。味わう前に飲み込もうとするのまで見えたのに、入ってからは、すんなり受け入れているみたいで。

 

「そうですか?……なら、いいですけど」

「意外と、いけるもんだな、……智恵のほうが、甘い」


 その言葉が、ケーキよりもずっと甘い。いちごみたいに赤くなりそうなくらい、頬が、熱い。今は、苦いほうがちょうどいい。ワインを煽るように飲んで、もう、グラスの中は空っぽになってしまった。


「ずるいですよ、邑さん」

 

 返せる言葉は、たったこれだけ。一気にお酒を入れたせいか、頭の中も、くらくらしてくる。邑さんに、いっぱい甘やかされてるよきみたいに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ