15
グラスの中で揺れる液体を通して、邑さんの微笑んだ顔が揺れる。私はもう子供じゃないと強がりたいけれど、大人の証を口に含むのは、まだためらってしまう。
「どうした、飲まないのか?」
「邑さんこそ、やっぱり、ケーキ食べないんですか?」
「智恵のこと待ってるんだよ、私も初めてだから」
呆れたような言葉とは裏腹の、少し虚を衝かれたような声。邑さんも、もしかしたら緊張してるのかな。だとしたら、……すっごく、かわいい。甘ったるい幻想が、本当のことだと思えるほど、夢見る女の子ではいられないけれど。
「じゃあ、一緒に、……頂きます」
「ああ、……いただきます」
目を閉じて、グラスを口元に当ててから、そっと傾ける。薄く開いた口に入り込んだのは、思ったより柔らかい口当たりと、後から広がるほろ苦さ。飲み下すと、体の中をぼうっと熱さが下っていく。耳の奥のほう、少しぼうっとする。いつの間にか、ほっぺたが緩む。
「どうだ?」
「なんていうか、大人の味、ですね……、さっぱりしてるって、聞いたんですけど」
「そうか?……私は普通だけど、智恵の分も飲むか?」
「いえ、大丈夫ですよ、これくらい」
強がっても、やっぱり大人にはなれない。早く、なりたいのにな。八年半の差が埋まるなんて思ってないけれど、遠くに見える背中に追いつきたいって思ってしまうのは、仕方ない、……よね。
二口だけ飲み下して、ケーキに手をつける。フォークで切ったところを見ると、中のスポンジにもしっかりと苺が入っていた。これで喜んでしまうのも、なんだか子供みたいに思えて。お酒のせいに、全部できるかな。
「無理しなくていいのに、全く……」
そう言いながらも、邑さんもケーキを前に手が止まってる。ほんのちょっぴりの背伸びを、見て見ぬふりをしてみる。小さく一口掬ったと思ったらまた固まって、動かなくなる。
「邑さんも、ケーキ苦手なら、無理しないでもいいですよ?」
「大丈夫だ、これくらい」
その言葉が終わる途端に、目を閉じて勢いよく口に入れていた。味わう前に飲み込もうとするのまで見えたのに、入ってからは、すんなり受け入れているみたいで。
「そうですか?……なら、いいですけど」
「意外と、いけるもんだな、……智恵のほうが、甘い」
その言葉が、ケーキよりもずっと甘い。いちごみたいに赤くなりそうなくらい、頬が、熱い。今は、苦いほうがちょうどいい。ワインを煽るように飲んで、もう、グラスの中は空っぽになってしまった。
「ずるいですよ、邑さん」
返せる言葉は、たったこれだけ。一気にお酒を入れたせいか、頭の中も、くらくらしてくる。邑さんに、いっぱい甘やかされてるよきみたいに。