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食堂に入ると、もう大体の席が埋まっている。邑さんが持ってきたチケットを受け付けにいた女性に渡すと、奥のほうにある席まで案内してくれる。もう置かれているお膳をちらりと見て、それから邑さんのほうを見ると、ちょっと驚いたような笑顔。
向かいあって座るのは、まだ慣れないや。ただ見られてるだけなのに、全部見透かされそうで。うつむいて、置いてあるメニューを手に取って眺める。飲み物がいろいろ書かれてる中にはお酒も入ってて、……そういえば、私も飲めるようになったんだっけ。
「そういや、もう酒も飲めるんだったな……、智恵は飲むのか?」
「あ、はい、せっかくですし」
「そうか、……なら、私も試してみようかな」
その言葉に、何かが引っかかる。その正体に気づいて、そこから出せるものに、驚きと困惑が混ざる。まさか、そんなことは。思わず口から言葉が飛び出る。
「邑さん、お酒飲んだことなかったんですか?」
「まあな、……飲み会も全部断ってたし、興味もなかったからな」
「そ、そうなんですね」
もどかしい空気には、全然慣れてない。普段はなかなか会えないっていうのもあるし、よく電話するけれど、その時には、甘い甘い時間が漂って、重い空気になんてなったことがないから。それが幸せなことなのはわかってるけれど、……一度陥ってしまうと、どう戻せばいいのかもわからない。
「それで、何頼むんだ?私もこういうのは詳しくなくてな」
「それは私もですよ、……邑さんはなんか気になるのありますか?」
「うーん、私は特に……、智恵はどうなんだ?」
「そんなの言われたって……、私だって初めてなんですから」
真面目すぎるせいなのか、こういう時にだって真剣に悩んでしまう。こんな時くらい、肩の力を抜けたらいいのにな。
ぐるぐると頭の中を巡らせて、結局堂々巡りで、元に戻ってきてしまう。
「あの……、赤ワインとか飲んでるのって、大人っぽいかなって」
「そうか、ならそれにするか」
「えぇっ……、そ、そんなんでいいんですかっ!?」
「何言ってるんだ、今日は智恵の誕生日なんだから、好きにしたっていいんだぞ?」
ああ、もう、簡単にそういうこと言って。恋することに慣れてないはずなのに、簡単に私の恋心をくすぐってくる。もう、お付き合いを始めてから四年。邑さんも、少しは慣れてきたのかな。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね?」
「ああ、好きに甘えてもいいからな」
軽く体を浮かせて、机越しに頭を軽く撫でてくれる。癖になっちゃってるみたいに、私が甘えるとすぐにこの感触が私をときめかせる。
邑さんも、大好きなんだな、私のこと。感情をあまりオープンにはしてくれないから、こういう些細なことが、幸せになって溜まっていく。
いつの間にか店員さんを呼んでいて、少したどたどしく注文を済ませている。何でも完璧にこなしてしまうのに、ギャップが何だかおかしい。
「ふふ、……まあいい、ご飯食べるか」
「そ、そうですね、それじゃあ、いただきます」
「ああ、……いただきます」
これからも、知っていくのかな、誰も知らない、邑さんのこと。このまま、ゆっくり時間が流れてくれればいいな、二人きりでいられる甘い時間が。




