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智恵誕記念でちょっとした書き物を。
完結が今日中に済まなそうだから連載で書く物書きの屑
「もう、夕方になっちゃいますね、……ホテル、そろそろ行きますか?」
「そうだな、……そろそろ行くか」
私と邑さんがお付き合いを初めてからだと、もう四年半。私たちの関係を繋ぐものだって、『恋人同士』だってことしかなくなってしまっている。それなのに、頭を撫でてくれるのも、私を愛してくれるのも、変わらない。
「こんな風に外出るの、久々かもしれないです」
「全く、たまには今日みたいに羽伸ばしたっていいんだからな? それも、智恵らしいけどな」
「そうはあんまりできないですけど、嬉しいです、心配してくれて」
「まあな、いっつも、智恵は頑張りすぎるからな、……たまには、甘えてくれたっていいのに」
私が大学に入ってから、私と邑さんの距離は遠くなってしまった。高校にいたときは、あんまり会う機会がないとはいえ、同じところにいたわけだし、用務員室に行けばだいたい会えたのに。
今は、たまに電話でお話することしかできない。医学部に入るって決めた時点で、忙しくなることは私もわかってたけど、寂しくないって言ったら、嘘になる。
「もう、十分甘えさせてもらってますよ、……今だって」
「それは、私がしたかっただけだから」
「それが嬉しいんですよ、私のためにしてくれるのが」
だって、愛してるって、言ってもらってるようなものだから。『好き』って気持ちを実感できる瞬間は、たまらなく胸が高鳴る。好きな人に好きでいてもらえることが、嬉しくないなんてこと、あるわけがない。
「それならいいんだ、……確か、こっちだったな」
「邑さんが選んでくれたとこだし、すっごく楽しみです……っ」
「そうか?……あんまり期待されすぎても、困るんだがな」
ちらりと見た横顔は、ただ単純に困ったような顔。全然表情が変わらないけど、お付き合いしてからはちょっとだけ気持ちが分かってくるようになった。まだ、全部ではないけれど。
一緒にいる時間の中で、教えてもらったり、わかったりした、邑さんのこと。忘れられない大切な思い出も、胸に残り続ける暗い過去も、私を、どれだけ好きでいて、大切にしてもらえてるのかも。
「どうした、智恵」
「あ、……ちょっと、考え事してただけです」
「そうか、それならいいんだが、……私の顔に、何かついてるか?」
「そんなことないですよ、何でもないです」
私って、幸せだな。邑さんに、愛してもらえて。そんなことを思ってたなんて、顔が爆発しちゃいそうでとても言えない。
そんなことを思えるのは、その幸せをを噛みしめられるだけの愛情を、もらい続けられてるから。今日だって、わざわざ電車で二時間もかかるような場所に、私のために来てくれるから。
「そうか、ならいいんだが」
そう言って、手を引っ張ってくれる。優しい力につられて、私も一緒に歩きだす。
それだけで、なんだかくすぐったいな。
「でも……、今日は、いっぱい甘えさせてください」
わざと顔を見ないで、何気ないように言った言葉。もう暗くなってる時間だから、顔が赤くなっても気づかれないよね。
「ふふ、……好きにしろ」
「じゃあ、……好きにさせてもらいますね?」
簡単には会えない距離になってしまったから、その分、一緒にいるときはいっぱい甘えたいし、甘えてほしい。
「その前に、ホテルに着いてからだな」
「それもそうですね、……早く行きましょうか」
体を寄せると、邑さんと肩が触れ合う。それだけで、体の奥があったかくなる。
ふわふわして、ぽかぽかして、幸せ。眠っちゃいそうになるのをこらえて、一緒に歩く。
そうしてから、ホテルに着くまで、あっという間だった気がする。