僕は次の魔王
何時ものぐう鱈作品ではありません。
のんびりを期待するなら他所へ行きな!(的な)
ヴァンリアンスは王子である。
心優しく大人しい彼は、この力が重要視される王国で『王家の恥さらし』と呼ばれていた。
見た目は性格が出るのであろう、容姿端麗ぞろいの王家の中でも特別柔和な印象を受ける。短く切りそろえた金髪とタレ目、すらっとした体には筋肉は望めず、ヴァンリアンス剣を持っている姿は城から外出する時に腰に差すのを見かける位である。
ヴァンリアンスが住む世の中には『レベル』という概念があり、力の源である『魔力』が世の中に漂っている。なので、努力する者・しない者。才能がある者・ない者の力の差は歴然と現れる。
「おやおや、これは味噌っかす王子ではありませんか」
ヴァンリアンスを嘲笑うこの男はラムバルド。この国の次期英雄候補である。
この国はとかく『神の試練』と呼ばれるダンジョンが良い影響も悪い影響も与えていた。
悪い影響だが、放っておくと『神の試練』から強力になったモンスターがあふれてくるのだ。この国は一度それで滅びかかっている。その際に王家から出た英雄によって収められた。
次にいい影響だが、力の評価が正しくされやすいのだ。『XX階層踏破』というのが社会的ステータスになり、貴族の貢献度ともいう。
ヴァンリアンスの目の前にいる彼はこの国最高の踏破階層を誇る男だ。切れ長の目と勇猛果敢に見える赤髪。そしてなにより膨らんだ筋肉が強者であることを誇示していた。
「ラムバルド君。王宮ではもっと声を抑えてね………みんなが迷惑しちゃうから………」
ヴァンリアンスはラムバルドの目を視ずに言うとラムバルドはおろか、隣にいた【ヴァンリアンスの婚約者】リリアンヌからも嘆息が漏れる。
「時間の無駄ね」
「時間の無駄だったな……」
2人はもうそれ以上何も言わず去っていった。
ヴァンリアンスはそんな2人を見送りながら、ほっと安心。そして次の瞬間ラムバルドがリリアンヌの肩を抱き寄せるしぐさにほの暗い気持ちを覚える。
ふぅ、とヴァンリアンスは息を吐き出すと意識を切り替えた。
「僕にやれる事、やらなきゃならない事。それだけ見つめよう…………」
後ろ髪引かれる思いだ。
婚約者のリリアンヌは美しい女性である。
ラムバルドとお揃いの紅く長い髪とダンジョンに潜っている割には柔らかく美しい白い肌。最近ヴァンリアンスには鎧姿しか見せないが、昔はドレス姿を見せてくれていた。そして手を繋いでよく庭園を駆けていた。
もはや懐かしい過去である。今はヴァンリアンスの事をとことん見下した目しか見せない。婚約者が居るのにダンジョンという密閉空間に【種馬】の愛称を頂くラムバルドと2人で潜っている。
これが普通の国であれば問題である。
だが、ここは力が何より優先される力の王国。
とかく『神の試練』の踏破階層が全ての国で、『味噌っかす王子』と『次期英雄候補』だ。優先されるのはどちらかわかり切ったことである。
ヴァンリアンスは『味噌っかす王子』と呼ばれることに抵抗はない。そもそも目立つことが嫌だし、人と交流することなど勇気がいる。
だが、ヴァンリアンスはリリアンヌが自分から離れていくことは許せなかった。何も言えないヴァンリアンスだったが、リリアンヌがダンジョンに潜ることを最後まで反対した。
リリアンヌは本当に優しい子だった。『ヴァンリアンスは優しくて臆病だけど守るときは守ってくれる。だから普通の時は私が王の妃として役割を果たすの!』そう言って護衛とダンジョンに潜っていった。
ヴァンリアンスはやるせない思いに駆られていた。親である王に直談判したがヴァンリアンスがダンジョンに潜ることは認められなかった。
やがてリリアンヌは変わっていく。一人でもダンジョンに潜るし、仲間も増えていった。そして王宮に。いや、ヴァンリアンスに会いに来ることが激減した。
連絡をくれた侍従に理由を聞くと『戦いで汚れた自分をヴァンリアンスに見せたくない』という。
13歳になったヴァンリアンスでもその程度の嘘はわかる。
見ない事にしたかった。
でもヴァンリアンスは知っている。リリアンヌが心から笑顔を送る相手はもはや自分ではないと。
それから4年が経った。
勉学に励み、マナーを学び、外交を学び、内政を学び、そして空いた時間でヴァンリアンスはこっそりダンジョンに潜っていた。
王に禁じられているのにどこから潜るのか。それは王家の秘密。もはやヴァンリアンスしか知らない王家の専用の入り口。そこから潜っている。無論護身用の剣以外何も持ち込めない。鎧を纏っていればすぐに察知される。同様の理由で回復道具も持ち込めない。
だから、その入り口のある部屋に彼は着替えと応急処置セットを置いている。
ヴァンリアンスは今日もダンジョンに潜り、その部屋に帰る。
ボロボロの服はその場で脱ぎ捨て次回着る為に浴室で洗い、干す。
この部屋に入るときに着ていた服を身にまとうと一瞬の安心感でソファーに身を預ける。そこで何故だか扉が開いた。そこに居たのはあの2人だ。
「リリ、この部屋は空き部屋だって言ったじゃないか、何故味噌っかすがいる」
「知らないわよ。ここは代々入室不可能と呼ばれてた部屋なのよ。私みたいな優秀な魔法使いじゃないと開けられない結界の部屋なの。なんでこの男がいるかなんて知らないわよ」
ヴァンリアンスはリリアンヌを愛称で呼ぶラムバルドに醜い嫉妬を、それを許可し自分の事を『この男』としか呼ばなかったリリアンヌに怒りを覚えた。だから身に宿る殺気を叩き付けながらこう言った。
「控えろ下郎」
その場で震える2人。ラムバルドは漏らしている。リリアンヌは驚きの表情だ。
「ここは王家の間。僕が封印を解除して出ようとしたところに割り込んできたくせにその態度はなんだ」
ヴァンリアンスは逃げ出そうとした2人に再度殺気を叩き付ける。
ラムバルドは虫の様にひっくり返って腹を見せて痙攣している。リリアンヌはへたりこんではいるが意識はある様だ。
「………」
リリアンヌはヴァンリアンスをじっと見つめている。
ヴァンリアンスは目をそらし術を発動させる。
ラムバルドは痙攣すると体から力をなくす。
リリアンヌは術に抵抗し、涙を流しながら一粒の言葉も漏らした。
「………嫌。忘れたくない」
その言葉がヴァンリアンスの心を抉った。だが、手を緩めはしない。
ヴァンリアンスは知らないが、彼らとの間にできた実力差は虫けらと天空を舞う龍ほどの違いができている。なので、ヴァンリアンスが本気で押し切ろうと指を鳴らすとリリアンヌは術に抵抗できず糸の切れた人形の様に倒れ伏した。
その後2人をこの区画外に転送させ、ヴァンリアンスは部屋を出た。
翌日、王宮から王都に至るまで一つの噂が駆けまわる。
『ついに、リリアンヌ様とラムバルド様がご結婚なさる』
ヴァンリアンスは2人を中庭に転移させたが、すっかり2人の意識がなくなっている事をヴァンリアンスは失念していた。
メイドが2人を発見した時、2人は木陰で意識をなくしていた。
そこから、2人の公式密会。しかも王宮内で。と形を変えながら王都内に伝播していった。
ダンジョン踏破階層も高く将来を嘱望されている2人の公式スキャンダルは大きな話題となる。
自分たちの盾となり矛となる英雄たちの縁談である。勿論祝福ムードである。その中に誰も『王子への不義』を語る者はいない。味噌っかす王子はひっそりと生きひっそりと死ぬのだ。気にするほどの事ではない。民も皆一様にそう考えていたようだ。
「さて、………」
王宮。謁見の間で王は王座に背を預けながら『どうしたものか』と目も前の若者3名を見る。
周囲には人だかりである。
王宮に仕える者達、最低限の人員を残してこの場に居ることを許可している。
その場にいた者すべてがその3人の表情を確認している。
ラムバルドは威風堂々。英雄たる泰然とした表情で立っている。
その横で真っ青になり、王と父である将軍を交互に見て顔を伏せるリリアンヌがいる。
そしてその横で他人事のように飄々としているヴァンリアンスがいた。
ヴァンリアンスを知る者は皆いつもの彼との違いに愕然としている。
だが、そんなことが分かるのは極一部だけである。その他大勢は味噌っかす王子が場の空気を理解して居ない。やっぱり味噌っかすだ。と思っている。
「リリアンヌよ…………。よくも公然と王家に泥を塗ってくれたな。カシアス将軍、貴様の娘の失態。いかに責任を取るつもりだ」
「我が首をもって………」
「貴様の首などで片が付くとでも思っているのか? 貴様の一族並びに領民まで殺しつくさねば王家への泥は落ちぬわ!」
王の一喝にその場にいた全ての者が震える。
ヴァンリアンスとリリアンヌの弟ヌスリ以外は。
「………僭越ながら陛下。発言をご許可いただきたく思います」
「良いだろう。申せ」
15歳の子供ではあるが聡明と名高いヌスリは姉とその横の俗物に目をやり、嘲笑う。
「この俗物どもが何を成したのかは知りませんが、我ら『真の目』を持つ貴族には到底『英雄』と言う物には見えません。ですが」
ヌスリはそこで言葉を切って冷え切った目で姉を見る。
「民衆の間では『英雄』なのだそうです。ですので、もしこの場で我らが断罪してしまえば。王は民を全て殺さねば、その泥は落とせませぬ」
王は『わかり切ったことをなんと語る。この小童め』と苛立っていた。
「ですので、どちらが真の英雄か民の前で証明してしまえばよいのです。私はそこの下賤な2人とヴァンリアンス様の決闘を王へ奏上申し上げます」
「ヌスリ! 貴方は頭がおかしくなったの? この男がラムバルドに勝てるわけがない!」
平民出身者や、未熟な貴族は『そうだそうだ』と頷く。王との腹心たちはその様子をジッと眺めている。ヌスリはそこに政府重鎮たちの恐ろしさを感じる。
「そうだな。そのようなことをして僕が勝ってもやれ『毒を仕込んでた』だ何だと結局は反乱の種にしかならんよ。であれば取るとしたら一つだね」
自由にしゃべりだしたヴァンリアンスを止められるものは居なかった。唯一できたものは王だったが、忙しさにかまけて2人を見逃していたので何も言えなかった。
「僭越ながら、ヴァンリアンス様それは無理です」
「どうしてだい? 先に僕を捨てたのはこの国じゃないか。僕が国を捨てるぐらい笑って許しておくれよ」
ヴァンリアンスの笑顔の発言に会場が騒然となる。リリアンヌも目が点になっている。
「というわけで、王様。僕は退場するね。あ、探しに来たら全滅させるから覚えておくように」
「まて、ヴァンリアンス。貴様どこにどうやって行くというのだ?」
会場は人であふれており、王の一命で誰一人退出できるなくなる。どうするのだ?
そして『父』と呼ばなくなったヴァンリアンスに王は寂しさを感じていた。
「転移にきまっているではないですか? あと行き先は魔王国ですね。先日陛下直々に義息子にならないか?とお声がけいただきまして……」
「お主まさか……」
「あ、はい。快諾いたしました。渡りに船ってやつですね」
生まれてから見たことのないヴァンリアンスの晴れやかな笑顔に王は押し黙る。
さらりと言い放ったが転移魔法ができる術師はこの力の王国にはいない。もっと大きな国に行かなければ存在しない程の高等魔術である。そして魔王国とはその転移魔法を使える術師を4桁そろえる、大陸有数の大国である。
「さて、そろそろ僕の封印も解除しましょう。しっかし、そこの2人も大したこと無かったんですね。ダンジョンに潜っても一向に会えないからもっと下層に居ると思ったのに。昨日ダンジョンマスターにあって話しましたが、3年前も前に抜いていたんですね。がっかりです。それなら2年前に魔王陛下にお誘い頂いた際に了承しておればよかったですよ……」
ヴァンリアンスの言葉と同時にその封印が解き放たれる。
ヴァンリアンスは目立ちたくない一心で幼い頃より封印魔術や力を押さえる呪術に傾倒していた。
そのせいでヌスリ以外の者はヴァンリアンスのレベルを知らない。
ラムバルド、レベル42。
ヴァンリアンス、レベル589。
力の王国の国王でレベル100である。
呆然とする者、これまでの自らの行いに恐怖する者。色々である。
「ではこれにて、……あ、忘れてた! えい!」
ヴァンリアンスがつまらない事を思い出したように軽く手を振るとラムバルドが震える。
「あ、1時間ごとにあそこが腐り堕ちて不能な物として再生。再び腐り落ちる呪いかけておいたから。頑張ってねリリアンヌの旦那さん」
「旦那なんかじゃない! 私はラムバルドに触られるのすら嫌だったの!」
リリアンヌの叫び声を聞いてヴァンリアンスは昔のように優しい笑顔で言葉を返す。
「リリアンヌ、昨日までは好きだったよ。でもさようなら」
返事は聞かなかった。
昨日までは隠れて生きてきた。王座を奪われようが関係なかった。その過程でリリアンヌを奪われるのは死ぬほどつらかった。でも彼女の気持ちが既に無いのは知っていた。
踏ん切りが付かず、不安定な自分のままだった。それでも昨日のアレをみて、ダンジョンマスターに会って、全てヴァンリアンスの中で結論が出たのだ。
ヴァンリアンスが力の王国から消えて半年。ラムバルドとリリアンヌの噂は屋敷に閉じこもりになったリリアンヌの姿を見て立ち消えとなっていった。
ダンジョン攻略もこの4年何故だかモンスターの量が激減し階層を進めていたのだが、王子が居なくなった翌日からモンスターが大量に発生するようになった。英雄候補ラムバルドですら10階層で引き返すほどの物量と、なにより4年間見かけなかったボスモンスターの登場が攻略者たちを苛んだ。
民衆は無責任に『王子の呪い』と噂した。だが民衆は知らない、過去4年ヴァンリアンスが1階層から【強くなるために】片っ端からモンスターを狩っていたことに。
年老いた王とその側近は昔の様にダンジョン制圧に向えない。日ごろの政務で手一杯であり、昔の様に無責任ではない為、職場を開けられない。その為、若き貴族・王族に頼った。
王は若いものが耐えてくれている間に精鋭を再招集しようとした。だが、それはあっさりと瓦解する。
半年。
王子が居なくなり半年、半年しか保たなかった。ある日、突然ダンジョンからモンスターがあふれだしたのだ。
ラムバルドがダンジョンから全力疾走で逃げ出したのを民衆が見た直後にそれは起こった。
王都は蹂躙され、王国軍に守られ生き残ったのはわずか3割の民だけだった。
モンスターがあふれてから半月後。
ヴァンリアンスが魔王国軍の軍勢を転移させ現れた。
ヴァンリアンスが指揮した軍勢は強く。そして優しかった。
瞬く間に排除されるモンスター。
傷を癒し、食糧を提供する魔王国軍。
その中心にヴァンリアンスは居た。
そして力の王国の民は………
ヴァンリアンスに石を投げた。
貴族、王族たちは忘れない。石を投げられながらも、憤る部下たちを宥め『何時もの事』と帰っていくヴァンリアンスの背中を。
もう、取り戻せない恥ずかしがりやで引っ込み思案だった、自分たちの英雄の背中を。
力の王国がその後どうなったのかヴァンリアンスは知らない。
『平和になってるといいですね』と惚けるヴァンリアンスに魔王陛下が『あの子が気になるなら、力の王国に侵略しちゃう?』などとお茶目に振舞う。
ヴァンリアンスは苦笑いを浮かべながら『えーやだ。ばっちい』と嘲る。
ヴァンリアンスは2年後20歳を迎えたところで、魔王が崇める勇気の神に魔族として転生させてもらい正式に魔王を目指すこととなる。
そしてプライベートではやっとできた恋人に寝ぼけて『リリアンヌ』と呼び掛けて半殺しに会うのであった。
(終わり)
結局落ちはいつもの感じでした。
最後に。
主人公「ちがうから、浮気違うから!」
※魔王候補の彼女から折檻中です。合掌
尚、真のエンディングは「私は王子を守る剣」でご確認ください。
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