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8 そんなばかな

 それはハナルジャンにとってまさに青天の霹靂だった。夜も遅くなったのでもう寝ようかという時間になって、突然ミルエンナが自分を好きなどと、とんでもない事を言い出した。


 ハナルジャンは突然のことに返事が出来ないまま、頭をフル回転させてミルエンナの言葉を反芻していた。

 今の「好き」は一体どういう意味なのか。家族として信頼している、人間として尊敬している、見た目が好み、とても気が合って好感がもてる……


 「好き」にも色々な種類がある。まさか、異性として愛していると言う意味なのか?そんな馬鹿な。

 目の前には真剣な表情でこちらを見上げるミルエンナ。どうやら、どっきりを気取った冗談でもないらしい。

 だがしかし、ミルエンナが自分を好き?

 きっとこの「好き」は「兄のように慕っている」と言う意味に違いない。そうだ、それ以外には考えられない。


 そう結論づけると、ハナルジャンも笑顔で「俺もミーナが好きだよ」と答えた。それを聞いたミルエンナの表情はぱぁっと明るくなった。


「本当?」

「ああ、本当だ」

「じゃあ、私と結婚してくれるわね」

「……。はぁ??!」


 凍りつくハナルジャンに対してミルエンナは嬉しそうにその場でクルクル回ると、ハナルジャンに抱きついてきた。


 ちょっと待て。今なんて言った!?「結婚」と聞こえた気がするが、空耳だろうか。遂に深層心理の願望が幻聴として現れてしまったのか。


「ミーナ。よく聞こえなかったんだが、今なんて?」


「だから、ハナルと私は好き同士だから結婚してくれるでしょ? これでずっと一緒だね。ハナルだーいすき。」


 ミルエンナはとても嬉しそうにハナルジャンに抱きついてその厚い胸板に頬をすり寄せた。一方のハナルジャンはあまりに予想外の出来事に状況が掴めずにいた。


「ちょ、ちょ、ちょっと待て! なんでそうなった!?」


「だって、ハナルは私が薬師として独立したらここを出て行けって言ったでしょ。私はハナルとずっと一緒に居たいの。今日、パーティー仲間のクレッセに相談したら、結婚すればずっと一緒に居られるって教えてくれたの!」


 ハナルジャンは自身のこめかみを拳でぐりぐりと押した。痛い……。夢ではないらしい。ミルエンナは世間知らずなところがあったが、これは世間知らずでは済まされないレベルの天然さだ。ここは保護者である自分が諭さなければ、とハナルジャンは思い立った。


 「ミーナは『家族愛』を男女の恋愛感情と勘違いしているんだ。これから先、きっとお前が好きになる奴が現れるさ」


 「そんなことない。わたしはハナルが世界一好き。大好きだもの。ずっとハナルが一番よ。ハナル以外の男の人と一緒に暮らすなんて絶対嫌!」


 ミルエンナは口を尖らせてハナルジャンの言葉を強く否定した。ハナルジャンとしてはこんな事を言われて内心は嬉しい限りなのだが、あくまでも保護者として眉間に皺を寄せ難しい顔を続ける。


「ミーナ、夫婦は何をするか知っているのか? 今のように一緒に住むだけじゃないんだぞ。」

「知ってるわ。キスしたり、一緒のお布団に寝るんでしょ?今日、クレッセが教えてくれたわ。」


 ミルエンナは少し頬をピンク色に染めてハナルジャンを見上げる。いったい薬師パーティーは仕事中に何を話しているんだ!と心の中で盛大なツッコミを入れつつ、ハナルジャンは至って平静を装った。


「へえ。ミーナは俺とキスしたり一緒に寝てもいいのか?」

「もちろんよ。今日ね、告白してダメだったら寝込みを襲って既成事実を作ると良いってクレッセからアドバイスされてたのよ」

「寝込みを襲う???!!!」

「ええ。薄着でハナルのお布団に潜り込んで絡みついたりキスしたりしたら、あとはハナルに任せればいいって」

「そうか」


 極めて平静を装っていたつもりのハナルジャンだったが、内心は動揺しまくりだった。

 なんか今、途轍もない爆弾発言が聞こえた気が。だから今日はこんなに薄着だったのか!下を向けばあまり厚みの無い夜着の合間から豊かに育った胸の谷間が見えた。

 いいのか?手を出してしまっていいのか??これまで大切に大切に蝶が羽化して大空へ飛び立つ様子を見守ってきたのに、飛び立つ手前で自分が捕まえてしまっていいのか?!

 ハナルジャンは脳内で答えの出ない自問自答を繰り返す。据え膳食わぬは男のなんとやらっていうし……


「もう一度聞くが、ミーナは俺が好き?」

「うん。大好き」

「俺と結婚したいと?」

「ええ。ずっとずっと一緒に居るの」


 屈託のない笑顔でハナルジャンの念押しに答えていくミルエンナの様子にハナルジャンは悶絶した。いったいこのかわいいさはなんなのだ。


 もう一度ハナルジャンは努めて冷静に考えた。

 まず、血縁関係について。ハナルジャンとミルエンナは血はつながっていない。よって結婚するには問題ない。

 年齢について。現在ミルエンナが十六歳、ハナルジャンが二十二歳。これは一般的には結婚適齢期に当てはまる。よって、これも結婚するにはなんら問題ない。

 経済力について。これも元々ハナルジャンがミルエンナを養っているようなものなので問題ない。

 性格の相性について。今まで四年も仲良く一緒に暮らしてきたのだ。今さらだろう。

 最後に本人の意思だが、ミルエンナはハナルジャンと結婚を希望している。ハナルジャンは……これも問題ない。

 ここまで考えてハナルジャンの中でようやく意志が固まってきた。


「じゃあ、ミルエンナは今日から俺の奥さんだな」

「本当? ずっと一緒??」

「ああ。一緒だ」

「嬉しい!!」


 ハナルジャンの服の胸元にしっかりとつかまっていたミルエンナは再びハナルジャンに抱きついた。そんなミルエンナをハナルジャンも抱きしめかえす。ここ二年位のあいだは抱きしめたくても出来なかった。そのミルエンナが自分の胸に居て、しかもずっと一緒にいたいから自分の奥さんになるとか、なんとも健気な事を言っている。ハナルジャンは感動で打ち震えた。


「今日はもう遅いから休もうか」

「ええ。一緒に寝るのよね」

「ああ。おいで」


 ハナルジャンは頬を染めるミルエンナを優しく自身のベッドへと誘導し、そのまま押し倒して口づけた。初めて触れ合う唇にミルエンナはおずおずと返してくるような反応をみせて、ハナルジャンは勢い付いた。そのままミルエンナの夜着を脱がそうと手をかける。すると、そこで初めてミルエンナが手を押しのけるような抵抗の態度を見せた。


「嫌か?」

「嫌というか……。これ以上の薄着はさすがに風邪をひくと思うの」

「……」


 ハナルジャンは難しい顔をしてそう言ったミルエンナの真剣な様子に、とても嫌な予感がした。まさかとは思うが、この様子に確認せずにはいられない。


「ミーナ。お前がよく見つける『シナギ』の効能は?」

「滋養強壮よ?」

「どういう人間に出す?」

「夜、元気になりたい男の人。でも、昼間じゃ無くて夜に元気になりたいなんて、随分と変わった人がいるものよね」


 くすくすと笑いながら答えるミルエンナを見下ろしてハナルジャンは呆然とした。ご馳走を目の前にお預けされた犬の気分だ。

 でも、そんな無知なところもかわいらしく感じる自分は相当いかれているのだろうか。


「ミーナ。お前が一人前の薬師になったら本当の嫁にするからな」

「今は嘘の奥さん?」

「いや、今も本当の奥さんだけど、今よりもっと本当の奥さん」


 不思議そうな目をして見上げてくるミルエンナにハナルジャンは苦笑した。薄着の体に風邪をひかないように優しく布団をかけてやる。ミルエンナは大人しく布団を被り、ハナルジャンを見つめた。


「ねえ、ハナル。私はずっと自分が女であることが嫌だったの。色々と辛いことがあったから。でも、今日初めて女で良かったなって思ったわ。ハナルの奥さんになれたもの」

「ずっとそう思って貰えるように努力するよ」

「ずっと一緒ね。」


 ミルエンナは布団から片手を出すとハナルジャンの夜着の裾を握り締めた。


「ああ、そうだな。さあ、今日はもう寝よう。おやすみ、俺のかわいいミーナ(おくさん)


 ハナルジャンはミルエンナにもう一度軽くキスをすると、魔法でサイドボードの上のランタンを吹き消してその身体を抱き寄せた。

  

 


 


 

 

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