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7 結婚して下さい

 その日も近所の山に薬草を採りに行っていたミルエンナのパーティーは、胃薬につかうイカサの群生地を見つけて皆で摘み取っていた。イカサの葉はお茶の葉のようにして飲むと荒れた胃の調子が良くなると言われていて、比較的消費量の多い薬草の一つだ。


「今日はイカサの葉だけで用意した袋がいっぱいになりそうだね。大漁だー」


 ミルエンナのとなりでクレッセがほくほく笑顔で葉を摘み取っていく。ミルエンナのいるパーティーは全部で六人。師匠二人に男二人、女二人だった。ミルエンナとクレッセが一緒に行動することが多いように、パーティーの男性薬師見習いは男二人で一緒にいることが多い。

 今日も男性薬師見習いの二人は少し離れたところで歓談しながら、イカサの葉を摘んでいた。


「私、男に生まれたかったな」


 ミルエンナは二人の様子を眺めながらぼそりと呟いた。


「え?」


 彼らの方をぼんやりと見つめておかしな事を言い出したミルエンナを、クレッセは怪訝な表情で見つめた。クレッセが知る限り、ミルエンナが変なことを言ったりしたりするときは大抵がハナルジャンが原因だ。


「なんで男に? もしかして、ハナルさんって男色家なの?」

「男色家ってなに? ハナルは剣士よ。私が男ならハナルとずっとずっと一緒に居られるのかなって思って」


 クレッセの質問にミルエンナは不思議そうな顔をして首をかしげた。そんなピュアな反応を返す友人を見て、クレッセはこめかみに手をあてる。


「ごめん、変なことを言ったりして。さっきの単語は忘れて。それより、ミルエンナ。男になったとしてもやっぱりミルエンナはとても苦しむと思うよ。ハナルさんが誰かと結婚したりしたらどうしても奥さん優先になるし、ミルエンナは嫉妬に苦しむと思うの」

「男になっても駄目なの……。じゃあ、どうすればいいのかしら」


 しょんぼりするミルエンナの様子にクレッセは苦笑する。まわりから見ればミルエンナがハナルジャンに単なる同居人以上の好意を寄せているのは明らかなのに、当の本人はそれに気付かずに『男ならよかった』などと見当違いも甚だしいことを言い出している。そもそも、男に生まれたミルエンナがハナルジャンと出会えるかすらわからないのに。


「ミーナはハナルさんが異性として好きなのよ。彼を独り占めしてずっと一緒に居たいんでしょ? なら、結婚するしか無いわね」

「結婚? どうすればハナルに結婚して貰えるかしら?」

「そうねぇ。まずは想いを素直に伝えてみることね。もう一緒に住んでいるのだから、恋人も夫婦も変わりないし。駄目だったら、ハナルさんは責任感が強いから、寝込みを襲って既成事実にして迫ってみるとか?」

「どういう風に襲うの? 棒とかで殴るの? 既成事実って何の?」


 クレッセは友人の男女関係の知識の無さに驚いた。しかも、寝込みを襲えなどと冗談で言ったことを本気にしている。


「えっと……、殴るのはまずいわ。そうね、いつもより薄着でハナルさんの布団に潜り込んで彼に絡みついてみるとか、キスをしてみるのはどうかしら。脈があれば、続きはハナルさんに任せれば大丈夫の筈よ。これでも駄目ならミーナ、辛いだろうけどハナルさんとずっと一緒にいるのは諦めて家を出た方がいいわ」

「布団に潜り込む……。でも、ハナルの布団に私が潜り込むと叱られるのよ」

「恋人同士や夫婦は同じ布団に寝るものだわ。」

「そうなの? わかったわ。私、やってみる! ハナルとずっと一緒に居たいもの。」


 クレッセは意気込むミルエンナの様子を見て、自分はもしかしてとんでもない事を教唆してしまったのかもしれないと不安になった。まさかミルエンナが本気にするなんて!

 この日の報酬を受け取って笑顔で手を振り帰路につくミルエンナの様子を見て、クレッセは心の中で彼女の健闘を祈った。



 ***



 翌日、ミルエンナのことが心配で夜もおちおち寝ていられなかったクレッセは、ギルドに行くとすぐにミルエンナの元に駆け寄った。


「ミーナ、昨日はどうだった?」

「言われた通りに頑張ったわ。」

「で??」

「こんなことはもうしちゃいけないってハナルに叱られたわ。」


 クレッセは腑に落ちない気分でミルエンナを見つめた。作戦失敗にも関わらず、ミルエンナはとても機嫌が良さそうに見えた。一世一代の大告白で全てが吹っ切れたのだろうか。


「じゃあ、ミーナはもうハナルさんとずっと一緒にいるのは諦めたって事?」


 それを聞いたミルエンナはとんでもないといった調子で目を見開いた。


「まさか! 私はハナルとずっと一緒に居たいの。諦めるわけ無いわ。ハナルが私が一人前の薬師になれたら本当の奥さんにしてくれるって言ったの。私、頑張るわ。」

「一人前の薬師になったら本当の奥さんに?」

「そうよ。前は一人前になったら出て行けって言ってたのに、本当の奥さんにしてくれるって。あ、今はただの奥さんなの。でも、一人前になったらもっと本当の奥さん。これでハナルとずっと一緒に居られるわね。ありがとう、クレッセ!」


 満面の笑顔のミルエンナを見て、クレッセは肩の力がどっと抜けた。そもそも、ミルエンナが一人前になりたがらなくて色々と小細工をしていたのは全てハナルジャンと離れ離れにならないようにするためだ。その枷が取れた今、ミルエンナがすぐに薬師として独立するのは目に見えている。


 ところで、「本当の奥さん」とか「ただの奥さん」っていうのは一体何の事なのだろう?

 クレッセにはいまいち状況がよくわからないが、ミルエンナの嬉しそうな様子を見る限り、2人は落ち着く所に落ち着いたということのようだ。


「じゃあ、三カ月以内に独立目指して一緒に頑張ろう!」

「ええ。クレッセも一緒に独立してくれたら、また二人一緒にパーティーを組めるから楽しみだわ。」


 嬉しそうに微笑むミルエンナを見て、クレッセもなんだか嬉しくなって微笑み返した。

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