5 2人暮らし①
山の中で足下の茂みを探していたら小さな黄色い傘が見えて、ミルエンナは形の良い唇の端を持ちあげた。手でまわりの土や落ち葉を払うと、それはミルエンナの予想通り「シナギ」だった。ミルエンナはシナギの根元からゆっくりと一つずつ摘んで、持っていた布袋に入れていく。
シナギは滋養強壮に効くとされる薬用茸の一種で、巷では高値で取引されることが多い。乾燥させて粉状にすり潰して煎じて飲むと、ほのかな苦さがあるものの効果はてきめんだ。
全部摘み終わるとミルエンナはあたりを見渡して、シナギより少しだけオレンジがかった、弱い毒性のある茸である「ハヤナ」を一つだけ摘んで、わざとそれを袋に混ぜ込む。それを持って、ミルエンナはパーティーの仲間と待ち合わせている場所に戻って行った。
待ち合わせ場所に戻るとパーティーの仲間の薬師見習い達は既に集合していて、皆で今日の収穫の確認をしていた。円状に集まる仲間の中央には絞って汁を傷口に塗り込むと化膿止めに効く薬草や、煎じて飲むと眠くなる実などが並んでいた。
ミルエンナは熟練薬師2人の率いる見習い薬師だけのパーティーに属していた。剣士や魔導師を同行させないので危険地域にはちかづかない代わり、薬草や蛇等の比較的危険性の低い生き物以外には収穫が無く、実入りも少ない。そんなこともあり、ミルエンナと仲間達は野心のないほんわかしたパーティーだった。
「あっ、ミーナ。お帰りー。何か収穫あった?」
ミルエンナに話かけてきたのはパーティーの中で唯一のミルエンナ以外の見習いの女の子、クレッセだ。黄色味の強い金髪のくせっ毛に大きな瞳、顔にはそばかすがある愛らしい雰囲気の子で、年の頃が近く同じ女性であるミルエンナとは何かと気があった。
「うん、これ」
ミルエンナは手に持っていたシナギの入った布袋をみんなに差し出した。師匠の1人であるナバナはそれを受け取ると、さっそく袋を開けて中を覗き込んだ。
「おや、これは『シナギ』だ。なかなか見つからないのによく見付けたね。これだけあったら結構な値になるはずだよ」
師匠のナバナはにっこりとしてシナギを一つずつ取り出して並べていったが、その途中で表情が険しくなった。手にした茸をまじまじと見て、はぁっと息を吐いた。
「ミーナ、これは『ハヤナ』だよ。よく見てごらん。傘の色が他と少しだけ違うだろう? 全く、ミーナは薬草を探すのにかけては天才的なのにねぇ。いつまで経っても薬草の見分けがしっかり出来ないようじゃ、まだまだ一人前にはなれないよ?」
ナバナは、自身の困った弟子を優しく諭した。ミルエンナは師匠の顔を見て「すみません。私には難しくって」と一言いうと何とも曖昧な表情を浮かべる。そして全員で手分けして今日の収穫を仕分け終えると、師匠から各自の収穫量に応じた取り分を貰い、皆はその日の仕事を終えた。
「ミーナ。今日のあれ、わざとでしょ?」
「何のこと?」
町に降りてきてパーティーの皆の姿が見えなくなると、とぼけた顔をしたミルエンナをクレッセは訝しげに見つめた。
「もう!とぼけないでよ、ミーナ。『シナギ』に混ぜてわざと毒茸の『ハヤナ』を入れたでしょう? みんなは騙されても私は騙されないからね。ミーナはもう完全に薬の原料の見分けがついているわ。すぐに薬師として独立できるのに、なんでわざわざこんなことするの!?」
クレッセは納得いかないように頬を膨らませた。
「買い被りだよ、クレッセ。私にはまだ見分けが難しいの。独立なんて当分無理だわ」
曖昧な微笑みを浮かべるミルエンナをじっと横から見つめていたクレッセは、はぁと溜息をついた。
「どうせ、またハナルさん絡みが理由なのでしょ? もう! ミーナは高級薬の原料を見つけるのが天才的だから自立すれば今よりだいぶ稼げるようになるのになぁ。勿体ない!」
「自立なんて、私には無理よ」
クレッセはミルエンナの否定の言葉を無視してさらに自分の主張を続けた。
「それに!! ミーナはすごーく綺麗なのだから! ハナルさんと一緒に暮らしているものだから、ミーナ狙いのまわりの男の人達は声をかけていいものかとモヤモヤしているのよ?」
「‥‥‥。声かけられても困るわ。嬉しくない」
「もうっ! ミーナは本当にハナルさんが大好きね」
全く話に乗ってこない友人にクレッセは再び溜息をついた。ミルエンナはそんなクレッセを見て顔を俯かせた。
ミルエンナがハナルジャンと共に暮らし始めて、既に四年が経っていた。それと同時に薬師見習いとして安全な仕事ばかり受ける初心者向けパーティーに所属して早四年、同時期に見習いを始めた仲間達は既に独立してより稼ぎの良いパーティーへと移動していった。
クレッセが疑う通り、ミルエンナには薬の原料の見分けは完全についている。薬草を探すのも誰よりも得意だし、独立すれば今より稼げるようになるのはミルエンナにもわかっていた。でも、ミルエンナはどうしても独立したくない。
だって、ハナルジャンは約束したから。彼はミルエンナに『お前が独り立ちできるまでは責任をもって俺が面倒をみてやる』と言った。だから、ミルエンナは独り立ちできないようにわざと振舞っていた。ハナルジャンは約束を絶対に守ってくれる人だとこの四年の生活を共にして知っていたから。
ハナルジャンと一緒に暮らす部屋に戻ると、ミルエンナは山に行って土で薄汚れた衣類を洗濯籠に入れて身を清めはじめる。体を清めていると自分自身の身体が嫌でも目に入った。初めてここを訪れた時には全くなかった胸のふくらみは標準よりやや大きいくらいに成長し、胸からすとんと凹凸なく下りていた腰のラインは細くくびれていた。
多くの女性から見たら羨望の的でしかないこの体つきが、ミルエンナは大嫌いだ。
ハナルジャンはとてもミルエンナによくしてくれた。世話になってからこの四年、絶対に暴力は振るわなかったし、危険なこと以外には行動の制限もしなかった。時には厳しく、いつもは優しく、そっとミルエンナを見守っていてくれた。
それなのに、だんだんとハナルジャンがミルエンナと距離を置くようになってきたのはミルエンナが初潮を迎えて段々と女性らしく変化し始めた頃から。いまもハナルジャンはミルエンナに優しく接してくれるけれど、前のようにガシガシと頭を撫でてくれなくなったし、町を一緒に歩くときに手を繋いではくれなくなった。
そして、以前は冬の寒い時などにはミルエンナがハナルジャンの布団に潜り込むと『湯たんぽみたいであったけー』と笑ってくれていたハナルジャンは、いつのころからかミルエンナがそれをすると叱るようになった。
きっと、自分が女だからハナルジャンは自分を避けるようになったのだ。女でよかったことなんて、本当に何もない。ミルエンナは深いため息をついた。
知り合う人達はみなミルエンナを綺麗だとか美人だとか言ってもてはやす。でも、ミルエンナはちっともそれが嬉しくない。ミルエンナにとってはハナルジャンと過ごす穏やかな日常が一番大事なのだ。そのためには自分が女であることは今のところ邪魔でしかない。
ミルエンナは用意していた新しい衣装を身に着けると、いつものように二人分の夕食の準備を始めた。もうすぐハナルジャンが帰ってくる。