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4 お祭り

 ハナルジャンはミルエンナのことを妹のように可愛がってくれた。孤独だったミルエンナは、この平穏な生活を与えてくれたハナルジャンのことが誰よりも大好きだ。

 もちろん領主様のところに居たときのように衣食住至れり尽くせりではなく、厄介になっている以上はそれなりの労働しなければならない。でも、ミルエンナにとっては今の生活の方が百倍幸せだった。


 ミルエンナはハナルジャンが見繕ってくれた初心者向けの薬師パーティーに入った。

 毎日一緒にギルドに向かい、剣士のハナルジャンはミルエンナとは別のパーティー仲間と難易度が高い依頼をこなしに行く。その間、ミルエンナは薬師パーティーで薬草の探し方や症状に合わせた調合の仕方を学んだ。

 一日の終わりに家に戻ると、ミルエンナが今日はこんな薬草を見つけただとか、こんな症状にはこんな調合をすると教わったと話すのが日課だった。ハナルジャンはいつも優しくミルエンナを見つめて、頷きながら聞いてくれる。ミルエンナはその時間が何よりも大好きだった。


 そんな日々を送っていたある日。その日は休日だった。家事はミルエンナの仕事なので昼食を終えたミルエンナは後片付けをしていた。


「ミーナ。今日は町でお祭りをしているから行ってみるか?」


ハナルジャンは皿洗いをしていたミルエンナを祭りに誘った。ミルエンナはまだ子供なのに、あまり子供のようにふるまわない。勿論、ちょうど子供から大人に変化しはじめる年頃の女の子なのでそういうものなのかも知れないが、ハナルジャンとしてはミルエンナにたまの息抜きをさせてやりたいと思った。


「お祭り? 私、お祭りって行ったこと無いわ」

「一度もか? じゃあ、なおさら行こう。色々と出店が出ているぞ」

「出店? うんっ、行きたい!」


 ミルエンナは急いで皿洗いを終わらせて出かける準備をした。ハナルジャンとお出かけ出来る事なんて、ギルドに行くとき以外はあまりない。しかも、生まれて初めて行くお祭りと聞いて胸が高鳴った。服なんてほとんど持っていないけれど、その中でも一番のお気に入りをミルエンナは身に着けた。


 ハナルジャンに連れられてきた町のメインストリートには色々な出店が出ていた。当然、それ目当ての人手もかなりのものだった


「すごい人なのね」


 ミルエンナは見たことがないような人々の雑踏に圧倒された。


「祭りとはそういうもんだ」

「ふーん」

「はぐれるなよ。ほら」


 ハナルジャンに左手を差し出されて、ミルエンナはキョトンとした。そのまま手を見つめていたらハナルジャンに苦笑される。


「はぐれないように手をつなぐぞ。お前はチビだから、あっという間に見失いそうだ」


 繋いだハナルジャンの手は剣士と言う職業柄、まめだらけでとても硬かった。いつもガシガシと頭を撫でてくるミルエンナが大好きな手。手をつなぐと何故か全然関係の無い胸のあたりがほんわかした。


「ねぇ、あれは何?」


 ミルエンナは見慣れない出店を見つけて、ハナルジャンに聞いてみた。沢山の弓が置いてあり一見弓屋のように見えるが、弓屋にしては弓が簡素だし、練習用の的が普通より近い。


「ああ。あれは矢を的に当てたら商品が貰える遊びだ。やってみるか?」

「いいの?」

「子供は黙って甘えておけ」


 そういうとハナルジャンはミルエンナの手をひいて的屋の主人に声をかけた。ミルエンナでも扱える小さめの弓矢を手渡されて、射手の位置に立つ。ハナルジャンが横から色々とアドバイスをしてくれたので、それを聞きながらミルエンナは弓を構えた。


 一本目は下に反れた。二本目はやや上向きに放つと今度は上に反れた。最後の三本目、ミルエンナは一本目と二本目の間あたりに構えて矢を放った。円形の的の上側ぎりぎりに矢が刺さる。


「やったぁ! 見て、みて! 当たったよ!!」

「凄いじゃないか。よくやった」


 飛び跳ねて喜ぶミルエンナの頭をガシガシと撫でて、ハナルジャンは褒めてくれた。賞品に家で使う小皿のセットを貰った。同じデザインで色だけ青と赤で違っているその皿は、おそらくは安物なのだがミルエンナにはとても素敵なものに思えた。このお皿は自分の宝物にしようとミルエンナは思った。


 しばらく歩いていると、ミルエンナは今度は飴細工のお店を見つけた。屋台の店主が飴をつくるパフォーマンスをしており、ただの丸い飴が様々な形に変化していく様は魔法のようだった。ミルエンナが物欲しげにじっと眺めていると、ハナルジャンはすぐにそれに気づいた。


「ミーナ、欲しいのか?」

「あっ、ううん。見ていただけ」


 慌てて胸の前で両手を振るミルエンナを見下ろして、ハナルジャンは苦笑した。


「子供は黙って甘えておけって言っただろ。どれ?」

「‥‥‥えっと、あれがいいな」


 ミルエンナが指さしたのは蝶の形を模した飴細工だった。白をベースに色々な色が加えられて、今にも飛び立ちそうな繊細な飴細工の蝶が棒に刺さっている。ハナルジャンは屋台の店主に声をかけてその飴を受け取ると、それをミルエンナに手渡した。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 ミルエンナがとても嬉しそうに受け取るのを見て、ハナルジャンも自然と口元を緩めた。


「いつか私の蝶をハナルにあげたいな」

「ミーナの蝶? 幼虫でも飼っているのか?」

「えへへ。秘密。」

「頼むからその幼虫を俺の布団にだけは乗っけないでくれよ」

「そんなことしませんよーだ」


 やっと子どもらしいくるくると変わる表情を見せたミルエンナにハナルジャンは優しく微笑んだ。ハナルジャンの優しい笑顔をみたら、ミルエンナはなんだか胸の奥がむず痒く感じた。


「なんか痒い」

「え? 大丈夫か? 虫に刺されたかな?」

「ううん。違うと思う」


 胸の辺りを自分で掻いてみるけどどうも胸の奥の方が痒い。ハナルジャンはそんなミルエンナを見てそっと頭を撫でてきた。ハナルジャンに撫でられるとなぜか余計に痒くなる。ミルエンナはむぅっと口を尖らせた。

 

 その後も、ハナルジャンは出店でお菓子やちょっとしたおつまみなどを買ってくれて、ミルエンナは初めてのお祭りをとっても楽しむことができた。

 

「ねえ、来年もハナルと来られる?」

「ああ、来られるよ」

「やったぁ! 再来年は?」

「うーん。再来年はどうかな。ミーナがもう一人前になって俺の所から出て行ってるんじゃ無いか?」


 ミルエンナはハナルジャンのその返事を聞いて、何も言わずに俯いた。


「どうした? あ、独り立ち出来るまでは俺が面倒みてやるから安心しろよ。子供は甘えておけばいいんだ」

「‥‥‥うん。ありがとう」


 ミルエンナは無理に作り笑いをして、優しく見下ろすハナルジャンに笑顔を向けた。


 『独り立ち』っていつのこと? 『子供』っていつまで言うの? 成人年齢の上限? 薬師が見習いじゃなくなったら?そしたら、ハナルとは別々に暮らすの? 


独り立ちなんかしたくない。

大人にもなりたくない‥‥‥


 血も繋がらないミルエンナにとてもよくしてくれるハナルジャンを裏切っているような気がして、ミルエンナはその想いを口にすることは出来なかった。


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