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32 そのいい男は誰?

 ある日のこと、道端で旅の行商が紹介している商品の中にある一枚の絵画にミルエンナは目を奪われた。その絵は一人の凛々しい男性の全身画が描かれていた。短く切られた茶色い髪に薄茶色の瞳、袖のない軽装の鎧を着ていて……

 ミルエンナの目が釘付けになっているのに気付いた行商人がすぐにミルエンナに話し掛けてきた。


「お嬢さん、そちらの絵が気になるかい?」

「ええ、素敵ね」

「お目が高いね。これは最近出てきた新人画家の作品なんだが、一番の人気がこの男性兵士をモデルにした作品なんだ。凄くいい男だろ? 描いても描いてもご婦人方が買い求めてすぐ品切れさ」


 行商人はその絵を外して手に持つと、ミルエンナの近くに持ってきた。


「新人画家?」

「ああ。トニク領の首都にいる新人画家さんだよ。この画家さんがまたえらい美人なんだ」

「まあ、そうなの……」


 ミルエンナはしばらく行商人と立ち話をしてから帰路についた。夕食の準備をしてハナルジャンを待っていると、カチャリとドアを開ける音がしてミルエンナは扉の前に飛んでいく。


「お帰りなさい、ハナル!」


 いつものようにハナルジャンを笑顔で出迎えて抱きついた。お出迎えのハグとおやすみのキスは夫婦になってから一度も欠かしたことはない。


「……ただいま」

「今、食事を用意するから待っててね」


 ミルエンナはハナルジャンをダイニングの椅子に座らせると早速夕飯の配膳をして自分も席についた。ところがなんだか今日はハナルジャンの様子がおかしい。食事中に何か言いたげな顔をしては、それをかみ殺すように下を向く。ハナルジャンはいつも穏やかな笑みを浮かべてミルエンナの話を聞いてくれるのに、今日は上の空だ。


「ハナル、どうかしたの?」


「いや……、ミーナはさ、凄く綺麗だろ? だから、やっぱり相手もとびきり美形な男がいいのか? 俺じゃ満足いかないか?」


 何度目かの『どうしたの?』の質問でやっと得られた回答にミルエンナは目をぱちぱちとしばたかせた。何を言っているのか意味がわからない。


「へ? ハナルは世界一格好いいわよ。ハナルより素敵な人なんて見たこと無いもの。満足いかない訳ないじゃない?」

「でも、今日ミーナが美男子の姿絵に見惚れて買おうか真剣に悩んでたらしいって聞いたんだ」


 なんだか辛そうな顔をしてハナルジャンがこちらを見つめる。その言葉にミルエンナは昼間の行商人の絵のことを思い出した。


「あっ! あの絵!!」

「やっぱり気になるのか?」


 ハナルジャンは唇を噛んで目を伏せた。


「ええ、気になるわ。だって……」


 ミルエンナの説明を一通り聞いたハナルジャンはすっかり機嫌を直していつものように甘々モードに入り、ミルエンナを抱き寄せるとチュッ、チュッと顔中にキスを落とした。ミルエンナは何故ハナルジャンが不機嫌だったのかよくわからないが、沢山キスしてくれるのが嬉しくてついついへらぁっと締まりのない顔をしてしまう。


「トニク領に旅行がてら行ってみるか?」

「いいの?」

「ああ。金なら沢山あるし、たまには旅行もいいだろ。」

「嬉しい!」


 喜んで抱きついたあと、ミルエンナからキスをするとそのまま深く口づけられてベッドに押し倒された。でも、ミルエンナはそんながっついたハナルジャンのこともやっぱり大好きなのだ。



 ***



 トニク領はミルエンナ達の住む町から馬車で片道三日程度の距離だ。ハナルジャンとミルエンナはナキナ領主から貰ったお金で懐があたたかいので少しいい宿をとって旅行を楽しんだ。トニク領に着くとまっすぐに目的の画廊に向かった。


「アクアさん!」


 ナキナ領で別れたときより幾分かふくよかになって美しさに磨きがかかったアクアストルを見つけてミルエンナは走り寄った。アクアストルはミルエンナ達が訪ねて来るとは露とも思っていなかったようでとても驚いていたが、同時に大変喜んでくれた。


「画家になったんですね」

「ええ。幼いときから領主館から出られなかったから絵を描いて過ごす事が多かったの。趣味が高じて今は仕事になったわ」


 アクアストルは穏やかに微笑んだ。その笑顔は今の生活を心から楽しんでいるようで、ミルエンナはとても嬉しくなった。


「カテナさんは凄い人気みたいですね」

「そうなの。いつも若い女の子達に囲まれているわ」


 アクアストルは黄色い声に戸惑っておろおろするカーテナートの姿を思い出してくすくすと笑った。カーテナートはこの町の警備兵に就職したらしいのだが、元々見目麗しく凛々しい外見に加えて剣と魔法が両方優れていてしかも独身で優しい性格。まわりの独身女性が放って置くはずもなく、大変なモテ男になっているらしい。そして、美人なアクアストルもそれは同じで愛を請う男性は後を絶たないようだ。


「こんな風に自由に生きられることなんか想像すらしたことが無かった。あの狭い空間で自分は一生を終えるしか無いって思い込んでいたの。だから、今は生まれ変わったみたいで幸せだわ」


 そう言いながら微笑むアクアストルの笑顔をみたらミルエンナもとても幸せな気持ちになった。その後に再会したカーテナートはいい男具合に磨きがかかっており、女の子達にキャーキャー言われるのが納得の色男だった。


「次はユング達も誘って会いに来ますね。私達の町にも遊びに来て下さいね」

「ええ。また会えるのを楽しみにしてるわ」


 楽しい思い出と共に帰途についたミルエンナの元に後日嬉しいプレゼントが届いた。ミルエンナとハナルジャンの寄り添う姿絵だ。自宅の居間に飾られたその絵画が嬉しくてミルエンナはついつい見惚れてしまう。


「ミーナ、見惚れてる?」


 ハナルジャンが絵をじっと見つめてにやけるミルエンナに気づいて顔を覗き込んできた。


「うん。だって、すっごく格好よくて素敵な男の人が描かれてるの」


 ハナルジャンは満足げに微笑むとミルエンナの頬を撫で、ゆっくりとその唇を重ねた。


 

 

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