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31 それから

 ナキナ領からミルエンナ達が戻ってきて半年が経過した。


 ミルエンナは怪我をしている人達の治療にあたる自らの手をじっと見守っていた。集中していると、手からふわっと温かな光が洩れたのがわかった。

 ミルエンナは町の医療院にヒーラーの修行をしに来ていた。師匠のクリスティーナの指導の下、今は軽めの傷を治癒させる治癒魔法を特訓中だ。手に魔力を集中させて患部を包み込むように、そして労るように魔力で包んでゆく。しばらくするとさっきまで怪我をして痛いと大泣きしていた子供はキョトンとした顔をした。傷があった膝を確認し、その後笑顔で医療院を後にした。


「ミーナちゃん上手になったね! そろそろ見習い卒業かな」


 クリスティーナの言葉にミルエンナはぱっと顔を上げて目を輝かせた。ハナルジャンは褒めてくれるかな。喜んでくれるかな。報告するときの彼の反応を想像するだけで頬が緩んでしまう。


「えへへ、ありがとう!」

「いえいえ。ミーナちゃんは凄く飲み込みが早いからだよ。ハナルのこともヒーラーでは数年で抜くんじゃ無いかしら? 明日からも頑張ろうね」

「はい!」


 ミルエンナはギルドに戻ると早速マスターにクリスティーナに書いて貰ったレベルアップの証明書を渡し、IDを書き換えてもらった。わくわくしながらその内容を確認する。

 かつて薬師以外は全て『レベル0』だったIDカードの表記は、薬師が『レベル3』、ヒーラーが『レベル2』になった。薬師は薬やポーションの材料を採取したり調合したりするのが専門のため、より能力を活かす為にヒーラーや魔導師の修行を同時並行でする者が多い。ミルエンナもナキナ領から戻ると間もなく、治療の幅を広げる為にヒーラーの修行を始めた。


 というのは建前で……


「『レベル2』と『レベル3』か。まだまだだけど近づいてきたね。愛だねぇ」


 横からクリスティーナがにこにこの笑顔でIDカードを覗き込んできた。


「はい。頑張ります!」


 そう、ミルエンナは何をかくそうハナルジャンのために、と言うよりは自分のために頑張っていた。

 ナキナ領から戻ってきてしばらくの間魔力疲労で寝たきりのユングサーブの世話を甲斐甲斐しく行っていたクリスティーナは結局、そのままユングサーブの家に住み着いて夫婦になった。クリスティーナは二十四歳と初婚にしては歳がいっているため、早めに子供が欲しいと聞いたのはその頃だった。そして、子供が出来たら当分の間はパーティーを抜けるため、新たなヒーラーを雇うという。


「さすがにヒーラーで『レベル7』は無理だから、ヒーラーと薬師で両方『レベル5』を目指そうかと思って」

「そっか、頑張れー!」

「うん!!」


 ヒーラーで『レベル7』以上、またはヒーラーと薬師で両方『レベル5』以上、と言うのはハナルジャンのパーティーに入るための条件だ。まだまだ遠いが確実に近づいている。

 IDが書き換えられてご機嫌なミルエンナにクリスティーナは笑顔で手を振って別れた。


「さてと……」


 クリスティーナはクルリと体の向きを変えて路地裏へと向かった。そのままてくてくと歩いて辿り着いた一軒の居酒屋の扉を開けた。


「ちょっと。ミーナちゃん今日レベルアップしたからご機嫌で帰ったよ。早く帰ってあげなさいよ。ハナルに褒めて貰うの楽しみにしてるんだから」


 まだ明るい時間から飲み屋で盛り上がる二人組のなかに黒い後頭部を見つけてクリスティーナは頭上チョップを食らわせた。突然攻撃されたハナルジャンは涙目で振り返る。


「いてぇ……。クリス、手加減しろ」

「手加減してなかったら今頃あんたの頭が二つに割れてるから」

「うちのギルド最強は実はクリスだったのか!」

「知らなかったのか? 俺のクリスは最高なんたぜ?」


 酔いが回っているハナルジャンとユングサーブは陽気にケラケラと笑っていた。嫁が頑張っている間に飲んだくれている夫二人にクリスティーナは無性にイラッとした。ユングサーブ直伝の軽い電撃魔法、通称『静電気』攻撃を食らわせてやった。いてー!と大袈裟に酔っ払い達が騒ぎ立てる。


「全くもう!」


 クリスティーナは肩をすくめたが、たまの息抜きくらいは許してやろうと思い直す。ユングサーブとハナルジャンは週に三日は割りが良く難易度の高いギルドの仕事を受け、休日を除いた残りはほぼ毎日自らが率いる見習い剣士、魔術師パーティーの指導をしていた。はっきりいって全く金にはならずボランティア活動のようなものなのに、細かい指導や弟子の尻拭いで結構忙しいのだ。弟子が足を引っ張ってユングサーブとハナルジャンの二人なら一瞬で終わる仕事が一日がかりになったりもする。今日は調子よく早く終わったようだ。


「ハナル、帰らないの? 遅くなるとミーナちゃん悲しむよ」

「帰るよ。ちょっと遅れて帰る方が扉を開けた瞬間にミーナが目を輝かせて抱きついてくるからいいんだよ。これがめっちゃ可愛いんだ」


 ハナルジャンはデレッと表情を崩した。


「ハナルって腹黒いよね。ミーナちゃん、騙されてるわ」

「何を言う。俺ほどミーナを愛している男は後にも先にも現れないぞ」

「はいはい。じゃあもう帰りな」


 クリスティーナは酔っ払いの尻を叩いて無理やり飲み屋から追い出した。そもそもクリスティーナの後釜の話だって、パーティー仲間全員が非常にレベルが高くある程度の治癒魔法も使えるので、本当は募集する気など更々ないのだ。それを『俺の為に頑張るミーナが最高に可愛い』という意味不明の理由により後釜募集がされるということになっていて、ミルエンナは腹黒男の思惑通りにそれ目指して薬師パーティーの合間にクリスティーナに教えを請うて頑張っている。

 ミルエンナは今もハナルジャンが大好きで、『次のヒーラーが万が一にも美人な女の人で、その人もハナルのこと好きになったら大変だもの!ハナルはとっても素敵だから、好きになるのは止められないわ。』と真顔で言っていた。自分の方がよっぽど美人なのに、ハナルジャン以外の男には全く興味が無いらしい。まさにハナルジャン至上主義だ。


 そして、ハナルジャンとユングサーブが弟子指導のボランティア活動中、シナグヤーンはクレッセにマンツーマンで弓の指導をしている。クレッセは完全な片思いだと思い込んでいるが、鉄仮面のシナグヤーンの表情がいつもクレッセの前では崩れることにクリスティーナは気付いていた。そもそも弓の指導なら他の二人のパーティー仲間と一緒に弟子をとってやればいいのに敢えてマンツーマン指導にしている。


「ハナルとミーナちゃんといい、ヤーンとクレッセちゃんといい、みんな幸せだねぇ。あ、私もかな」


 まだぺったんこのお腹をそっと撫でる。美形で優秀な魔導師なのに、いつも何処か抜けている残念な夫。そんな愛しい人との間に新しい命が早く芽生えたらいいな、とクリスティーナは微笑んだ。



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