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30 嵐の後

 ミルエンナ一行がアクアストル達に最後のお別れをしようと昼過ぎに領主館に向かったとき、領主館はいつになく人で溢れかえっていた。知っている人が居るわけではないが、もしかしたらバナール族の人達もこの中にいるかもしれない。思わずミルエンナが立ち止まってあたりを見回した。横を歩くハナルジャンはすぐにミルエンナの異変に気づいて顔を覗き込んできた。


「ミーナ、どうした?」

「えっと、もしかしたらバナール族の人達がいるのかなと思って」

「もとの場所に戻りたい?」


 ハナルジャンは少し寂しげな顔をしてミルエンナの頬を撫でた。たったそれだけのことなのに頬からハナルジャンの体温に触れると、まわりの空気がふっと緩んで安心感が広がる。ミルエンナは少し微笑んで首を横にふった。


「ううん。私はハナルの傍がいい」

「ほんとか?」

「うん。ずっとハナルと一緒にいたいもの」


 なおも心配そうにこちらを見るハナルジャンに明るく笑いかけると、ミルエンナはハナルジャンの手をぎゅっと握った。自分には大好きなこの人がいる。そして、心配してくれる仲間もいる。そう思ったら、とても心強くなった気がした。


 ぱっと見は昨日と同じような装いの領主館の入口の守衛室で、ミルエンナ一行はアクアストルとカーテナートへの面会申請をした。暫く待っていると、アクアストルとカーテナートが柔やかな笑顔で入口から現れた。ユングサーブは手を振って二人にこっちだと手招きした。


「不自由はないか?」

「ああ、お陰様で大丈夫だ。お前達には本当に感謝している」


 カーテナートは口元を綻ばせて微笑んだ。


「バナール族の人達は?」

「小間使いをしていた者達は解放された。罪人扱いされている連中ももう一度裁判をすることになっているから、大部分は解放されるはずだ」


 カーテナートの言葉にミルエンナ達はホッとした。それと同時に、目の前の二人の将来が気になった。


「これからどうするんだ? よかったら俺たちの町に来いよ。お前は腕が立つからいいパーティー仲間になれそうだ。アクアさんも美人さんだから大歓迎されること間違いないよ」


 ユングサーブが気安く誘うと、アクアストルは「まぁ」と驚いた顔をしてからクスクスと楽しげに笑った。昨日出会った時は骨と皮だけで顔面蒼白の今にも倒れそうな人だったが、一夜明けた今はずいぶんと血色がよくなり、表情も明るくなっていた。


「俺たちは幼いころからずっとこの屋敷から出られなかった。色々見たいから、しばらくは旅をして見聞を広げることにするよ」

「そうか。元気でな」


 ユングサーブは残念そうな顔をしたが、すぐに口の端を持ち上げた。アクアストルとカーテナートがとても穏やかな笑みを浮かべて頷くのを見て、ミルエンナは何とも言えない温かな気持ちになった。バナール族の人達にとって羽ばたく蝶は特別なもので、その相手も特別な人。でも、それが絶対では無い。もし自分が誰かに暴行されて蝶を羽ばたかせたとしても、やっぱり自分はハナルジャンを好きになっていたとミルエンナは思う。目の前の二人が近い未来にお互いの唯一の存在に出会い、それぞれが幸せになることを心から祈った。


 二人に別れを告げた後、ミルエンナ達は清々しい気分で領主館を後にした。


「よし、帰るか」


 ハナルジャンが青い空を見上げて伸びをする。


「そうだな。ギルドマスターも仲介手数料を楽しみにしてるだろう。戻るか」


 シナグヤーンももう一度領主館を振り返ってから頷いた。住み慣れた町を出て既に一ヶ月以上が経った。


「あー。また二週間の長旅かぁ。だりぃ」


 ユングサーブが両手を頭の後ろで組んでふてくされた顔をすると、それを聞いたシナグヤーンは顎に手を当てて考えるような様子を見せた。

 

「確かに遠いな。ショートカットするか」

「? どうやってだよ??」

「ユング、全員連れて転移出来るか?」


 シナグヤーンの言葉を聞いたユングサーブはその端正な顔を引き攣らせた。転移魔法は一度行ったことのある場所なら行けるので、技術的には行けなくも無い。ただ、片道二週間もかかる距離を六人纏めてとなると話は別だ。


「ヤーン、お前は連日にわたる魔力の大量行使で俺を過労死させる気か?」

「俺とハナルの魔力を先に渡すよ。多分足りるだろ。倒れたらクリスが手厚く看病するから大丈夫だ。そうだよな、クリス? こんな大技はお前にしか出来ないから頼りにしている」


 シナグヤーンはユングサーブの肩にポンと手を置いた。


「そうそう。ご飯も『あーん』で食べさせてあげるわ」


 横にいるクリスティーナもニコニコして同意した。


 ご飯を恋人に『あーん』で食べさせて貰う。実はユングサーブが一度は体験したいとちょっとだけ憧れていたシチュエーションだ。恋人なのにいつも冷めた態度のクリスが自分にご飯を『あーん』をして食べさせてくれるだと? 少しだけ、いや、かなりやって欲しい……そうと決まればユングサーブの決断は早かった。


「よし、俺に任せろ。行き先はギルドでいいかな?」

「さすがユング。格好いい!」


 俄然やる気を出したユングサーブをクリスティーナが更に煽てて持ち上げる。相変わらずちょろい、、、ごっほん、超いい男だと全員が感動した。


 見事に全員揃っての転移をみごとに成功させたユングサーブは、魔力の大量行使でその後の数日間にわたってベッドから抜け出せない生活になり、念願のクリスの『あーん』を存分に堪能することが出来たとか。

 


 





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