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3 ここに居させて

 翌朝、仕事に行くから他の場所を探せと男に部屋を追い出されたミルエンナは、辺りをとぼとぼと当てもなく歩いてみた。

 かなりの距離を歩いたはずなのに、やはり知っている場所も知っている人も何一つ見付けることはできなかった。他の場所を探せと言われてもその候補すら見つけることが出来ず、ミルエンナは広い世界にたった独りぼっちになったような孤独感を感じた。捜し物は得意な筈なのに‥‥‥


「おい、小僧。俺は朝、どこか別の場所を探せと言った筈だぞ。何故まだここにいる?」


 階段の入り口で昨日と同じように座り込んで小さくなっていたミルエンナを見て、男はやっぱり昨日と同じように眉間に皺を寄せた。胸の前で程よく筋肉のついた両腕を組んで、不快そうにミルエンナを見下ろしていた。


「他の場所を探したのですが、見つからなくて‥‥‥。ここに置いてください。行く当てがないのです」


 懇願するように見上げて訴えるミルエンナの姿を見て、男の瞳に一瞬迷いの様なものが浮かんだのをミルエンナは見逃さなかった。


「掃除でも、洗濯でも、料理でも、何でもしますから! お願いです!!」


 ミルエンナはさらに畳みかけるように懇願した。

 路上生活をするにしても子供のミルエンナでは限界がある。元々痩せているミルエンナは数日食べないだけで危険な状態になるだろう。元の領主の元に帰るのは論外だし、両親は度重なる一族への迫害により既にこの世にいない可能性が高い。目の前の男を何とか説得しないとまさに命に関わるのだ。


 必死な様子のミルエンナを無言で見下ろしていた男は、「はぁー。なんで俺が‥‥‥」と大きなため息をついた。


「小僧。俺の家に居座るなら俺の言うことには従ってもらうぞ」

「はい」

「ベッドは俺が使うからおまえは毎日ソファーだからな」

「はい」

「飯と洗濯と掃除はお前の仕事にするぞ」

「はい」

「ギルドに一緒に行って簡単なものを探して、お前にも出来そうなものがあれば外で働いてもらう。居候費として報酬の半分は俺がもらうからな」

「はい」

「独り立ちできるまでは責任をもって面倒を見てやる。自立できるようになったらすぐに出て行け。いいな?」

「‥‥‥はい」

「よし! ではお前は今日から俺の弟分だ。俺はハナルジャンだ。剣士をしている。よろしくな」


 最後まで言い終わると男はミルエンナを見てニヤッと笑い、右手を差し出した。


「ミルエンナです。よろしくお願いします」


 ミルエンナもおずおずと挨拶を返して彼の手を握って握手を交わした。とても大きくて力強い手だった。剣を握るせいか手の皮は厚くごつごつしている。


 かくして、ミルエンナとハナルジャンの新生活は始まった。ハナルジャンは十八歳、ミルエンナはまだ十二歳の時のことだった。

ハナルジャンは十五歳の時から自立して剣士としてギルドで仕事を探しては小銭を稼いで細々と生活をしているとミルエンナに言った。ギルドに登録すると、ギルドにきた仕事の依頼を受けることが出来るのでミルエンナのような人間にも食い扶持が出来るそうだ。


 翌日、ミルエンナは早速ハナルジャンに連れられて町の冒険者ギルドに向かった。初めて訪れたギルドにはカウンターの脇に大きな掲示板があり、ミルエンナが見てみると沢山の仕事依頼が書かれたメモがひしめき合うように並んでいた。

 用心棒、薬草採り、魔獣のハンティング、在るかもわからない伝説の秘宝探し、山を2つ超えた向こうまで届け物‥‥‥、依頼内容は多岐に渡っていた。冒険者ギルドと言えば聞こえは良いが、ようは何でも屋ギルドのようだった。


 ギルドのカウンターでハナルジャンはマスターと何かを話していたが、話し終えたマスターはカウンターの中の女性に指示を出して、その女性がミルエンナを手招きした。


「冒険者ギルドへようこそ。まずはここで個人登録してね。名前、年齢、性別、メインとなる職種、現時点での特技を埋めていって。わからないことがあったら聞いてね。あぁ、ハナルに聞いてもいいし」


 女性は顎でハナルジャンをさした。渡された用紙を見ると、言われたような内容を記載する欄が設けられていた。順番に記載を埋めていたミルエンナは途中で手を止める。


「あの、職種って何を書けばいいのでしょうか?」


 ミルエンナが振り返ってハナルジャンに聞くと、ハナルジャンは「そりゃ、『剣士見習い』だろ。」と当然のように言ったので、ミルエンナは言われたとおりに「剣士見習い」と記入した。全て記入し終えてカウンターの女性に手渡すと、マスターと記入内容を見て何か相談し、再度ミルエンナとハナルジャンが呼ばれた。


 「あのね、職種に『剣士見習い』ってあるけど、本当にそれでいいの? 女の子だし、特技が『探しものを探すこと』って書いてあるから、薬草を探す『薬師見習い』とかの方がいい気がするけど?」


 カウンターの女性に言われた言葉を聞いて、ハナルジャンは目を見開いてミルエンナを見た。


「え!? お前女なのか? まじか。髪も男みたいだし、てっきりガキだと思っていた‥‥‥」

「‥‥‥すみません。」


 『ミルエンナ』という名前から普通は気付きそうなものだが、呆然とするハナルジャンを見て、ミルエンナはとりあえず謝った方がいいのかと思って謝罪した。彼の様子を見る限り、女だとどうやら都合が悪いようだ。もしかすると、そのせいでまた家を追い出されるかもしれないとミルエンナは不安になった。


「あの、私のことは男の子だと思ってくれて構いません。ちゃんと剣術覚えます。だから家においてください!」


 必死にハナルジャンに訴えるミルエンナの様子に、カウンターの女性は目をぱちくりとさせ、ハナルジャンは「あー」とか「うー」とか、よくわからない声をあげていた。そんな中、横から様子を見ていたカウンターの女性が沈黙を破る。


「なんだか取り込み中に悪いけど、結局職種は何にするの? 剣士見習いと薬師見習いどっちよ。」


 「‥‥‥。『薬師見習い』で。」


 ハナルジャンがボソッと呟く。


「はいよ。登録してIDカード出すからちょっと待ってねー」


 明るく対応する女性の横で、ハナルジャンはがっくりと項垂れた。


「あー、まじか。お前、男じゃないならちゃんと言えよ。ソファーで寝かせるつもりだったのに、女なんて‥‥‥」

「ソファーで大丈夫です。だから追い出さないで!」


 なおも懇願するミルエンナを見てハナルジャンは首を振った。


「俺は昨日、お前が独り立ちできるまで面倒を見ると約束した。約束は守る。ただ、お前が使う部屋がないんだよ。女の子が俺とルームシェアじゃ世間体があんまりよくないだろ? おまえ、いま何歳だ?」

「十二歳です。部屋はリビングでいいです。女の子だと思っていただかなくてもいいです。女でよかったことなんて、何もない」


 ハナルジャンはミルエンナの返事を聞いて、訝し気に眉をひそめた。十代前半の子供が『女でよかったことなど何もない』などと言うのは普通ではない。なにかあったのかもしれないとは思ったものの、触れられたくないことかもしれないと聞くのはやめた。


 ハナルジャンは深いため息をつくと、ミルエンナの頭にポンと手を置いてガシガシと頭を撫でた。乱暴に撫でられてちょっと痛かったのに、ミルエンナにとってその手はとても優しかった。

 

 


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