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28 勝負あり

 呆然と立ち尽くすナキナ領主にハナルジャンはゆっくりと近づいた。


「おい。よくわかんねーが、俺らは今血印の決闘の最中の筈だ。俺はお前と違って弱い者虐めの趣味は無いんだが、まだやるのか?」


 今の状況はナキナ領主にとって非常に不利だ。先程ですらやや圧されていたのに、バナール族の側妻の力が無くなった今、勝てるはずが無いことは容易に想像できた。


「くそっ!」


 目を血走らせたナキナ領主はあたりを見回すと一番近くにいたミルエンナの髪を乱暴に掴むと素早く引き寄せ、その喉元に剣を当てた。


「全員剣を捨てろ。さもなくばこの娘の命はない」


 ミルエンナは冷たい剣の感覚を咽に感じた。相手は碌でなしであることはわかっていた筈なのに、近くに座り込んでしまった自分の迂闊さを呪わずにはいられない。ハナルジャン達はギリッと奥歯を噛み締めて剣を手放した。カランカランと剣が床に落ちる音が広い部屋に反響した。シナグヤーンやカーテナートも顔色を変えて剣を捨てた。

 ナキナ領主は自分の家来以外の全員が武器を捨てたことを確認すると、ミルエンナに剣を当てたままユングサーブに視線を向けた。


「よし。ではもう一度先ほどの術をやれ。わしに蝶を戻すのだ」

「もう一度やるには魔力が足りませんし、戻るかどうかもわかりません」

「何とかしろ!こいつが死んでもいいのか!?」


 ナキナ領主の剣に力がこもり、ミルエンナの首元からつうーっと一筋の赤い雫が流れ落ちる。ユングサーブ達は焦ったが無理なものは無理だ。激昂するナキナ領主をなんとか宥めようとしているとき、ヒュンと何かがミルエンナの頬の横を掠めた。


「え!?」


 それと同時にナキナ領主の腕が少しだけ緩んだ。ナキナ領主の肩には薬草類が引っかかっており、薬草が投げられた方向には投げつけるポーズで手を伸ばしたままのクレッセが震えていた。


「この女!!」


 逆上したナキナ領主が再び剣をきつく握りクレッセに襲いかかろうとしたとき、今度はその隙をついてハナルジャンが己の剣を拾って容赦なくナキナ領主の伸ばしかけた腕に斬りかかる。

 あたりに断末魔の叫びが響き渡り、床に血飛沫の模様と血溜まりが出来た。凍り付くような冷たい視線でナキナ領主を見下ろすハナルジャンは血に濡れた剣をナキナ領主に真っ直ぐに向けた。


「これで最後だ。まだやるのか?」


 感情を一切感じさせない冷たい視線で見下ろす様子に、ナキナ領主は目の前の男が本当に自分を殺すつもりだと感じとった。


「ひっ。助けてくれ」

「勝負あり」


 凍りつくような空気にシナグヤーンの声が響く。その声にハッとしたナキナ領主側の審判の警備兵も慌てて頷いた。


「勝負あり。剣士殿の勝ちです」


 ハナルジャンはそれを聞いて持っていた剣をおろした。

 

「よし。じゃあ、勝負もついたことだし……クリス、ちょっとこいつを死なない程度に治してやってくれよ。だが、こいつはこのままにしとくとまた何か悪さしそうなんだよなー」


 ハナルジャンは出血のために息絶え絶えになっているナキナ領主を胡散臭げに眺めた。


「あ、それならいい考えがある。あのさ……」


 ユングサーブは閃いた案をノリノリでハナルジャンに耳打ちした。ハナルジャンは黒い笑みを浮かべながらナキナ領主を見下ろし、ユングサーブの案に食いついた。残った最後の魔力を使ってナキナ領主に術をかけた。


「なにをする気だ……」

「お前が何も悪さをしていないなら、なんら影響はないさ」


 ハナルジャンは冷たい瞳でナキナ領主を見下ろした。



 ***



 ミルエンナを探し出した報酬の金貨三十枚に加えてアクアストルを治癒した報酬の金貨三十枚の合計六十枚を受け取り、重罪人の助命嘆願をするとミルエンナの一行は他に用も無いので領主館を後にすることにした。


「お前達には世話になった。礼を言おう」


 領主館の入口付近まで見送りに来たカーテナートとアクアストルはミルエンナ達に礼を言うと、ハナルジャンに向き直った。


「分かっているとは思うが、俺はお前から彼女を奪うつもりは微塵もない。今回のことでよくわかったと思うが、バナール族の女の力は諸刃の剣だ。彼女を大事にしてやってくれ」

「言われなくとも、この命に誓って」


 胸にさやに入ったままの剣を当てて力強く頷くハナルジャンをみて、カーテナートは口もとを緩める。ミルエンナに視線を移すと優しく微笑んだ。


「お前は良い男に力を授けることが出来て幸せ者だな。アクアもそうあって欲しかったのだが」


 ミルエンナははにかんで黙って頷くと頬を染めてハナルジャンを見上げた。色々と辛いことも多かったが同族の人達の境遇を思うと自分はとても幸運だったのだろう。あの日出会ったのがハナルジャンで良かった。いつも優しくまもってくれるハナルジャンと目が合うと、ミルエンナは何とも言えない幸福感を感じた。


「あら、アクア様もカテナさんに蝶が移ったのだから今は幸せ者なんじゃ無い? だって、カテナさんがアクア様を大切に思っていることは凄く伝わってくるし、二人は本当は愛し合ってるんでしょ?」


 横からクリスティーナがにこにこしながらからかうと、アクアストルとカーテナートは驚いたように目をみはった後にお互い顔を見合わせて苦笑した。


「俺とアクアは双子の兄妹だ。恋仲では無い。だが、アクアは今となっては唯一の肉親だ。大切に守り抜くよ」

「そうです。カテナは私の双子の兄なのです。だから、カテナが護衛で付いてくれていた事が私にとってはとても心強かったの」

「えぇー!!!」


 二人の告白を聞いてその場に居た大多数が絶叫した。それくらい、目の前の二人はどっからどう見ても美男美女のカップルにしか見えなかったのだ。それを聞いて、ユングサーブとクリスティーナは『俺なら間違いがおこることもない』とカーテナートが言った意味がやっとわかった。


「俺達は今夜はこの町に宿を取ってとどまるつもりだ。何かあったら此処に連絡をくれ」


 歩み寄ったシナグヤーンからメモを受け取るとカーテナートはそれを一瞥して頷いた。


「領主はあの(ざま)だし大丈夫だとは思うんだが、念のためだ。なにか力になれる事があれば何でも言ってくれ」

「感謝する。本当に仲間が解放されるかをこの目で見届けたいから、俺達はもう少しここに留まるよ。達者でな」


 お互いに握手を交わすと、ミルエンナ一行は宿屋に、カーテナートとアクアストルは領主館へと戻っていった。


 その夜、さすがに疲れたようで風呂の後にベッドに寝そべったままでウトウトとしているハナルジャンにミルエンナはそっと近づいた。夢でもみているのか閉じられた瞳を縁どる黒く真っ直ぐな睫毛が少し揺れているのを見て頬が緩む。


「ハナルは本当に私のこと守ってくれたね。ありがとう、大好きよ」


 頬にそっとキスをしてベッドの隣に潜り込むと、規則正しく上下する胸板に手を置いて寄り添った。ハナルジャンの体温が温かくてとても落ち着く、ミルエンナだけの特別な居場所。その温かさに包まれていたら、ふと昼間会ったアクアストルの顔が浮かんだ。儚げな佳人は今もナキナ領主の側妻のままだ。

 ナキナ領主は今までもあまりアクアストルを大切にしてこなかった。そして、力を与えられなくなったアクアストルを急に大切にし始めるとも思えない。カーテナートが傍に居るからきっと大丈夫だとは思うが、これまで辛い目に遭ってきた彼女が不幸にだけはならないで欲しいとミルエンナは思った。

 ハナルジャンの胸に置いていた手に思わず力が入り、胸元の服をくしゃっと握り締めた時、ハナルジャンの大きな手がそっとミルエンナの手に重なった。


「ミーナ、どうした?」

「あっ、ハナル。起こしちゃったわね、ごめんなさい。昼間のことを考えてて」

「昼間のこと?」


 ハナルジャンは怪訝な顔をした。


「うん。アクアストル様は今でもナキナ領主の側妻のままでしょ? 大丈夫か心配なの」


 それを聞いたハナルジャンは納得したように「ああ」と短い返事をすると、まだ眠いのか横になったまま気怠そうに黒く短い髪の毛を掻き上げた。


「明日、町を出発する前にもう一度会いに行くか?」

「うん、そうしようかな。ありがとう」


 ミルエンナは微笑むとハナルジャンの身体にすり寄った。


「ハナル、大好き。私、ハナルに蝶をあげられて良かったな。あのね、バナール族の女の人にとって、蝶が羽ばたく相手って本当に特別な存在なの。だから、アクアストル様の事が心配なんだ」


 ハナルジャンは何も答えず、ただミルエンナの髪を優しく手ですいた。その手が優しくて心地よくて、ミルエンナはいつの間にかスヤスヤと穏やかな眠りについた。

 

 

 

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