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25 一時休戦

 ハナルジャンは正直驚いた。目の前の憎たらしい男はナキナ領一の剣の使い手と称されていようが所詮は還暦まであと数年の老いぼれ。たかが知れている。ハナルジャンはそう思っていたのだ。


 カキン、カン、キンッ、と剣のぶつかり合う音が広間に響き渡る。


 一瞬で勝負をつけるつもりだったハナルジャンは、ナキナ領主が自分の攻撃についてこれることに少なからず衝撃を受けた。自分は職業剣士であり、ミルエンナの力もあり今やこの国で有数の剣士である自負があった。そして、ナキナ領主がナキナ領一の剣の使い手と称されるのは、多分にお世辞が混じっているのだろうと思い込んでいたのだ。

 百人相手にしても百人共受けることが出来ないであろう勢いで猛攻を仕掛けたのにも関わらず、ナキナ領主はその全てを剣で受け止めてくる。正直、こんなジジイが存在するとは驚愕だ。


 一方、驚いたのはナキナ領主も同じだった。領主に就いてからも剣の腕だけは鍛錬を欠かさず、お陰でナキナ領主は今も領内一の剣の使い手と名高い。生意気な青二才に痛い目を合わせてやろうと思ったのにも関わらず、目の前の若者は想像以上のスピードと重さで猛攻を仕掛けてくる。

 ナキナ領主は毎日の鍛錬のお陰でハナルジャンの攻撃をなんとか受け止めることは出来ても、そこから攻撃に移ることがなかなか出来ずにいた。このままいくと先に体力がつきる方が負ける。すなわち、体力では若さの面で圧倒的に劣るナキナ領主が不利と言える。ナキナ領主はチッと舌打ちをした。


 剣の達人である自負があるナキナ領主としては不本意ではあるが、ここは魔法による攻撃を加えて形勢逆転を図る事にした。剣に魔力を込めると途端に剣自体が青白く輝き、強烈な熱を持つ。一振りすると凄まじい熱風がハナルジャンを襲った。


「あんた、ジジイの癖になかなかやるな。驚いた」


 熱波から身を守るために一瞬で間合いをあけたハナルジャンは滴る汗を服の袖で拭うとニヤッと笑った。


 「お前もなかなかやりおる。ますます配下に欲しいぞ。目上の者に対する口の利き方が全くなっていないがな」


 対するナキナ領主も目を細めて舐めるようにハナルジャンを見る。蛇が獲物を狙うようなその目つきに、気を抜くとやられるとハナルジャンはしっかりと気合いを入れ直した。自らも剣に魔力を込めると剣は白く凍りつき、凄まじい冷気を放った。


「うおーっ!」


 気合いを入れて渾身の一撃を食らわせる。なんとか受け止めたナキナ領主だったがその表情に余裕は全く無かった。重い攻撃を受け止めた腕がビリビリっと痺れる。ナキナ領主は本能的にこのままではまずいと感じ取った。

 今更勝負の撤回を言い出すのは山よりも高いプライドが許さない。どうすべきかと間合いをあけながら思考を巡らせていると、大広間の扉が開いて長らく顔も見ていなかった側妻を抱きかかえた家来の一人の姿が見えた。「しめたぞ」とナキナ領主は心の中でほくそ笑んだ。


「おい、一時休戦だ。ミルエンナの未来の夫のお出ましだぞ」


 剣を降ろしたナキナ領主の言葉にハナルジャンはハッとして視線を扉の方向に移した。そこには体躯の良い凛々しい青年と見るからに体調の悪そうな夫人、そして今朝まで一緒にいたパーティー仲間の二人もいた。


「よく来たな、カーテナート。紹介するぞ、あそこで座り込んでいる娘がお前の妻になるミルエンナだ。歳も若いし、見た目は悪くないだろう?」


 ナキナ領主はニヤニヤしながら部屋の端で呆然としてクレッセに肩を抱かれて座り込んでいるミルエンナをカーテナートに紹介した。カーテナートはその言葉を聞き、ぴくりと表情を強張らせた。ナキナ領主の前に立つ彼女の夫であろう男からは激しい憎悪の眼差しを浴びた。


「領主様。アクアストル様の治癒についてこの者達が有力な方法を仕入れてきたそうです。試させて頂けないでしょうか」


 カーテナートは敢えてたった今紹介されたミルエンナの事には一切触れずに要件のみを伝えた。下手に領主の言葉に反応してミルエンナの事を聞けば、目の前の彼女の夫が逆上して襲いかかってきかねない。そんな雰囲気をハナルジャンは纏っていた。


「なに? アクアストルの治癒の有力な方法だと?それは誠か??」

「はい。この者達が魔力によるアクアストル様の体調回復の方法を調べて参りました」


 ナキナ領主は驚いたように目をみはり、カーテナートの話に食い付いた。ナキナ領主は体調不良が続くアクアストルの後釜のバナール族の娘を探していた。ところが、自らの所業とは言え、純粋なバナール族の娘が何処にも居ない。アクアストルの次に歳が近いのは今はまだ十歳の子供だ。

 こんな子供でも少しは効果があるかも知れないと、アクアストルの亡き後はこの少女が側妻になることを彼女の両親へ伝えると両親はこともあろうか少女を連れて脱走を図った。怒ったナキナ領主は彼らを重罪人として死刑にすることにしたのだ。

 ただ、少女はまだ初潮も迎えておらず身体も完全に子供だ。ナキナ領主としては出来れば確実に力を得られるもっと年の近い娘を探し出したかった。そこで思い出したのがミルエンナの存在だ。死んだと思っていたが、未だに死体は見付かっていない。駄目で元々と探し人依頼を出し、念のため本人が出て来ないと無関係の二人が死ぬと脅しも通達した。そして、結果としてミルエンナが現れた。


 しかし、ナキナ領主の目論見は外れた。ミルエンナが既にその力を使った後だったのだ。腸が煮えくりかえるとはまさにこのことだ。なんのために幼いときから幽閉したと思っているのか。

 となるとナキナ領主がミルエンナにやらせることは純粋なバナール族の娘を産ませる事だ。その相手に目の前の家来の男はうってつけだった。反抗的な態度も見せず、腕も立ち、ミルエンナと歳も近い。ミルエンナの今の夫はこの家来とやり合って体力を消耗した後に留めを刺して家来にすれば良い。

 そして、懸案事項であったバナール族の娘探しも今の側妻の体調が戻れば暫くはする必要が無くなる。その間に今は十歳の少女も幾分かは成長するだろう。


「よし、早速治癒に取り掛かれ。褒美は弾むぞ。成功報酬には金貨三十枚だ」


 ナキナ領主は上機嫌で若きヒーラーと薬師に命令した。天は我に味方した、とナキナ領主は自らの勝ちを確信した。


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