24 敵か味方か
アクアストルを抱いたカーテナートはナキナ領主のいる大広間にまっすぐに向かった。途中、後ろを少しだけ振り返り黙ってついてくる二人の様子を窺いみた。無言で後ろに続く若いヒーラーと薬師は少なくともカーテナートにはアクアストルを害するような悪意ある人間には見えなかった。
「お前達。アクアストル様の体調回復の方法とはどんな方法なんだ? なぜ領主様にすぐに会う必要がある?」
落ち着いた声で語りかけてきたカーテナートにユングサーブとクリスティーナは表情を強張らせた。目の前の警備兵は敵か見方かがまだわからない。ここで下手なことを言って計画を台無しにするわけにはいかなかった。
黙り込んだ二人に気付き、抱きかかえられていたアクアストルは少しだけ首を捻り視線を向けた。
「お二人とも安心して下さい。カテナは信用に足る人間です。私がここまでやってこられたのもカテナの存在が大きいの」
アクアストルの言葉にユングサーブとクリスティーナは顔を見合わせた。アクアストルが信頼出来ると言うならば、ここは信頼するべきなのだろう。
「アクアストル様の病はお身体の蝶が羽ばたいた事による契約の呪いです。契約を解除して呪紋を消せば、恐らくは呪いも解けるかと。解呪にはアクアストル様自身が魔方陣を描き、ナキナ領主様とアクアストル様双方の新鮮な血が必要です。ナキナ領主様無しでは解呪することが出来ません」
「何故蝶のことを知っている。お前達は何者だ」
足を止めて振り返ったカーテナートは深く眉間に皺を寄せてユングサーブとクリスティーナを鋭く睨み据えていた。その鋭い眼差しは目の前の2人を何者かと見定めようとしているようだった。
「少し前にバナール族の娘の探し人依頼が領主様より出ていました。その娘が私達の共通の友人の妻なのです。友人夫婦にもアクアストル様同様に蝶の呪紋が入っており、その友人夫婦から聞きました」
クリスティーナが答えるとカーテナートは大きく目を瞠って「なんてことだ」と呟いたが、それはまわりの誰にも聞き取れないほどの小さな声だった。
「その娘はどうなった……?」
「今日、領主様のところに会いに行ってます。もしかすると、ちょうど今行けば居るかも知れませんね」
「なぜ連れて来た!!」
素直に質問に答えていただけなのに強く叱責するように怒鳴られて、クリスティーナはむっとした。
「なぜって、あんな大金積まれて人探し依頼が出たせいで昼夜問わず彼女の身が危険に曝されるからです。人探し依頼を取り消して貰わないことには危なくて日常生活もおくれません。それに、彼女はもう結婚してるんです。側妻にする意味も無いですし」
「…っ!あの男が結婚してるくらいでみすみす純粋な若いバナール族の女を手放すわけないだろう!! 自分が決めた相手を宛がうに決まっている!」
「他の男? なんでそんな事をする必要が?」
カーテナートはギリッと奥歯を噛み締めた。言葉に出すのも穢らわしい程の事だ。
「……。人探し依頼と一緒に重罪人通知が出ていたはずだ。あの2人はあの男が未亡人に他の男を宛がって成立させたバナール族同士の夫婦だ。そして十歳の娘がいる。どういう意味かわかるか?」
「十歳の娘? 私達の友人は自分が最後のバナール族の娘だったと言ってましたが?」
「おおかた幽閉でもされていて知らなかったんだろう。あの男があたかも恩を売るかのように捕らえられていたバナール族同士を結婚させて子をつくらせた。そしてやつの思惑通りに純粋なバナール族の娘が生まれた」
クリスティーナとユングサーブは一つの可能性に行き当たって目を見開いた。到底、人の心がある人間がするとは思えないような残忍な仕打ちだ。漠然と感じていたナキナ領主への怒りが激しい憎悪へと変わってゆくのを感じた。同時に、目の前を歩く人物への疑問が浮かぶ。
「あなたはナキナ領主に忠誠を誓っているアクアストル様の監視役では無いのですか?」
「誰があんな男に忠誠など。俺は正確にはアクアの気がふれないようにする緩衝材だな。俺なら男女の間違いがおこることも有り得んしな」
ユングサーブが気になっていたことを尋ねると、カーテナートは吐き捨てるように言った。その瞳には明確な憎悪が感じられた。先ほどまで『アクアストル様』と呼んでいたのに、急にカーテナートはアクアストルを『アクア』と親しげに呼び出したし、自らを『緩衝材』と言った。アクアストルとカーテナートは禁断の恋仲なのだろうかと2人は疑問に思ったが、そうだとするなら『俺なら男女の間違いがおこることもない』とはどういうことなのか。なんと答えるのが正解なのかが掴めずにユングサーブとクリスティーナが黙っていると、カーテナートはフッと自嘲気味に笑った。
「俺の弟は人質で何年も会うことは出来ないでいる。お前達は不思議に思わないか? なぜやつに捕らえられたらバナール族のもの達は皆反抗せずに大人しく従ったのか。つまりは、そういう事だ」
「そんな……」
ユングサーブはもともと滅多に怒らないような温厚な性格だが、これまでに聞いたナキナ領主の行いには流石に激しい怒りを感じた。絶対にただでは済まさないと思った。
「なんとしても解呪を成功させましょう」
「ああ、頼む。ただ、あいつは強いししたたかだぞ。昔はよく抵抗して半殺しにされた。奴の新鮮な血が手には入るだろうか?」
ユングサーブとクリスティーナはカーテナートの言葉を耳にして顔を見合わせた。
「自分達としては寧ろナキナ領主が無事でいるかが心配ですね。私達の友人がもしそのような企みを知れば間違いなくナキナ領主に斬り掛かるかと思います」
「馬鹿な!? 返り討ちにあうぞ。急ごう」
かくしてユングサーブとクリスティーナはナキナ領主が殺されて解呪が出来なくなることを、カーテナートは後に続く二人の友人がナキナ領主に殺されることをと、全く正反対の事を心配してその足を急がせたのだった。