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23 血印の決闘

 ハナルジャンがナキナ領主に申し込んだ『血印の決闘』とは、この国で本気の決闘をするときに用いる言葉だ。


 『血印の決闘』を行う場合は双方が事前に同意書にサインをして最後に血の捺印を行う。そして、この同意書は正式な契約文書とされ、反故にすることは法的にも許されない。

 同意書の中身は対決方法、判定方法、勝ち負けの時のお互いの戦利品、そして万が一にも身体の一部を欠損したり、酷い場合は殺されたとしても相手の責任を一切問わないという誓約文書からなる。すなわち、文字通りに命をかけて勝負をするということになるのだ。


 ハナルジャンは、対決方法に「魔法と剣による対決」、自らの戦利品に「ナキナ領主がミルエンナは当然として、全てのバナール族に不当な手出しをしないこと」を要求した。

 対するナキナ領主も魔法と剣による対決に同意し、戦利品に「ミルエンナとハナルジャンの離縁、及び、かなりの剣の使い手であるハナルジャンに自らの家来に成り下がりその力を彼のために使うこと」を要求した。

 万が一にも負けた場合はハナルジャンにとって、とてつもないほど屈辱的な内容だ。愛する妻を失うだけで無く、自らが殺したいほど憎いと嫌悪する相手の配下になる。

 クレッセは咄嗟に思いとどまるようにハナルジャンを諭したが、ハナルジャンの決意は固かった。シナグヤーンはハナルジャンを止めるどころか決闘の判定員の一人に名乗り出た。


「ヤーン! なんで止めないの!! ハナルさんが殺されるかも知れないんだよ!?」


 食ってかかるクレッセにシナグヤーンは首を振った。


「止めてどうする?ミルエンナを置き去りにして金貨を合計五十枚貰ってのこのこと帰るのか? ハナルがそんなことに納得すると思うのか?」


「それは……。当初の予定通りにミーナも連れて帰ればいいのよ!」


「ナキナ領主の様子を見る限り大人しく連れて帰れるとは思えんな。どのみちいざこざになる。正々堂々勝負するのが一番禍根も残らないし、不正もおこりにくい。勝負しないでミルエンナを失ったらそれこそハナルは自暴自棄になって破滅に向かうぞ」


 無表情に言い放ったシナグヤーンの言葉にクレッセはぐっと唇を噛んだ。強く噛んだ唇から口の中に鉄の味が広がる。


 一方のミルエンナは大きな瞳を見開いたままへたり込んで呆然としていた。目の前の出来事が現実感なく全く別の世界の出来事のように見えた。


 ハナルが『血印の決闘』ですって?

 万が一にも負けたらハナルがあの嫌な男の家来になる??


 あの男はハナルに危険な汚れ仕事ばかり押し付けて、駄目になるまで酷使し続けたあげくに役に立たなくなった時点でまるで物のように捨てるに決まってる。


 孤独だった自分にたった一人だけ手をさしのべてくれた。

 赤の他人なのに本当の妹のように可愛がってくれた。

 何も出来ない自分に薬師として生きる術を学ぶ機会を与えてくれた。

 そして、女であることがなによりも嫌でならなかった自分に女性として愛される幸せを教えてくれた……


 嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!


 誰よりも愛してるハナルにそんな生活をさせるぐらいなら、自分が苦痛を与えられるほうがずっといい。ハナルが無事で居てくれるなら、一生の幽閉生活でも耐えられる。ミルエンナはそう思った。


「ハナル、お願い……やめて。私は大丈夫だから。今までのハナルと幸せだった思い出だけでこの先辛いことも耐えられる」

 

 ミルエンナが泣きながら掠れた声でハナルジャンを呼ぶと、ハナルジャンは小さな声にも関わらず、すぐに気付いた。ミルエンナの元にゆっくりと歩み寄り、赤く腫れた頬に手をかざし、優しく微笑む。


「ミーナ。お前は俺が守るって言っただろ?何も心配いらない」


 ジンジンと熱かった頬の痛みがスーッと引いていくのを感じて、ミルエンナはハナルジャンが治癒魔法を使ったのだとわかった。きれいになった頬に伝う涙をハナルジャンはそっと指先で撫でた。


「幸せだった思い出だけでこの先の辛いことも耐えられるなんて言うなよ。俺はミーナが居ないと耐えられそうにない。俺とずっと一緒に居たいんだろ?」


 穏やかな口調のハナルジャンの瞳に淋しげな色が宿ったのに気づき、また止めどなくミルエンナの頬を涙が伝った。


「…うん。うん。ハナルとずっと一緒に居たい。ハナルが大好きだもの」


「良い子だ。お前は俺が守る。だから、俺を信じて」


 出会った頃のようにミルエンナの頭を乱暴にぐしゃっと撫で回したハナルジャンはすくっと立ち上がり、ナキナ領主をキッと睨み近づいていった。ナキナ領主も上着を脱ぎ捨てて広間に降りる。


「今生の別れの言葉は終わったのか?」

「別れの言葉は必要ないので交わしていません」

「ふん、生意気な青二才だ。恩知らずのミルエンナにうってつけの相手だな」

「そう思うのならば、彼女は俺のものだとご理解頂きたい」


 険しく表情を強張らせたナキナ領主は腰の大剣を抜くと目にもとまらぬ剣裁きでハナルジャンの鼻先にそれを突きつけた。ヒュンと空気を斬る音と同時にナキナ領主の剣先はハナルジャンの鼻先から数ミリの所でぴたりと止まっていた。


「減らず口を慎め、小僧。この剣先が後少しずれていただけでおまえの命は終わっていた」

「減らず口は育ちの悪さで生来です。それに、領主様は最初から絶妙な位置に剣先がくるように調整されていた。噂に違わずお見事な剣裁きです」


 ナキナ領主はハナルジャンが素直に剣の腕を褒めてきたのが意外だったようで、ぴくりと片眉を上げた。


「ふん、引き返すなら今だぞ。お前はわしの見立て通り、なかなか腕が立つとみえる。あの小娘と離縁するだけで金貨二十枚とわしの私兵団の要職の地位をくれてやる」

「謹んでお断り致します」

「そうか。残念だな」


 2人はお互いに背を向けると広間の中央に少し離れて立ち、神経を研ぎ澄ませた。





 

 

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