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22  アクアストル

 ミルエンナ達がナキナ領主と対面している頃、ユングサーブとクリスティーナは病に伏しているナキナ領主の側妻であるアクアストルのところに治療と称して伺っていた。

 アクアストルはミルエンナと同じバナール族だからか、どことなく雰囲気が似ている。大きな瞳に長い睫毛、バランスよく配置された顔のパーツはどれも美しく、本来は大変な美人であることをうかがわせた。しかし、今は呪いに冒されて酷く窶れ、頬は瘦けて顔は青白い。元々大きな瞳は深く窪んた上に更に強調されてぎょろりとして見えた。


 ユングサーブとクリスティーナはその日も駄目で元々だと最高難度の治癒魔法をかけ、ミルエンナとクレッセから貰った薬草をアクアストルに与えた。しかし、回復の兆しは全く見られなかった。

 アクアストルはもう体調回復を諦めたのか、治癒魔法が効かなくても顔色一つ変えない。ユングサーブとクリスティーナは顔を見合わせて頷き合うと、アクアストルの寝台のそばに跪き、彼女と目線をあわせた。


「アクアストル様、貴女様の病は呪いの一種だと思われます。解呪に挑戦させては頂けないでしょうか?」


 アクアストルはぎょろりとした目だけをこちらに向けて儚げに微笑んだ。


「無理よ。もうずっと前の側妻の時代から『バナール族の呪い』とまことしやかに言われているのは知っています。でも、私の知るバナール族の人間はそんなことをしたりしないわ。これまでにあの方も魔導師や聖職者を雇ったりしたけれども、何も変わらなかった」

「この呪いはかれらには解けません」


 ユングサーブは首を左右に振って見せた。


「呪いのもとがそもそもバナール族ではないから見当違いということかしら?」

「いいえ、これは呪いです。そして、術者はバナール族の貴女です。アクアストル様」


 ユングサーブの言葉にアクアストルは元々大きな瞳を更に大きくして目を見開いた。目の前の男が何を言っているのか理解できないと表情が語っており、口がパクパクと動くが言葉は出てこない。


「バナール族の女性は初めて他人と身体をつなげた時に双方の身体に蝶の紋を入れますね? あれは古典黒魔術の呪いの一種で『呪紋』と呼ばれるものです。バナール族の女は男に『力』を、男は女を『生涯をかけて大切に守り抜く』と言われているのは、そういう契約の呪いを無意識に女性側から男性側にかけているからです。ナキナ領主が貴女をそのように扱わないから呪いに侵されたのです」

「でも、そうだとしても解呪の仕方がわからないわ。それに、契約を反故にしたのがあの方ならば、なぜ私にだけ呪いが?」


 アクアストルはベッドの上で枕を支えに上半身だけを起こし、俯いたままか細い声を発した。


「呪いは双方にかかっています。貴女は身体を蝕まれ、ナキナ領主は子を成せなくなった。金と力と権力を手に入れたのにも関わらず、待望の跡継ぎは全員すぐに命を落とす」


 なおも迷った様子で俯いたまま顔をあげないアクアストルの手をクリスティーナはしっかりと両手で包み込んだ。ハッとして顔を少しだけ上げたアクアストルの目をクリスティーナは真っ直ぐに見た。


「アクアストル様、解呪の方法はこちらにいるユングが調べました。やらないで死を待つくらいならやらせてもらえませんか? アクアストル様はこの結婚生活が幸せでしたか? 今も領主様を唯一無二の相手だと信じている?」


 クリスティーナの言葉を聞いたアクアストルは大きく目をみはり、やがてその瞳からはらはらと涙がこぼれ落ちた。

 アクアストルもミルエンナ同様、人生の殆どが逃亡生活と幽閉生活だった。記憶に残る両親や同族の夫婦達は皆仲むつまじく、お互いに一緒に居るだけで幸せそうに見えた。だから、自分もいつか蝶が羽ばたいた時にはその相手と仲むつまじくいつまでも幸せに暮らすのだと信じてきたのだ。

 信じ続けて待ち続けたアクアストルに待っていたのは非情な現実だった。最初のうちこそ若く美しいアクアストルの寝所に夜な夜な通い詰めたナキナ領主だったが、彼女が少しずつ体調不良を訴えるようになってからは彼女に厄介者を見るような目を向けてぱったりと顔を見せなくなった。

 薬師やヒーラーは一応手配をしてくれたが、それだけだった。体調はどんどんと悪くなり、唯一の存在であるはずのナキナ領主が見舞いに来ることはただの一度も無かった。脳裏に残る両親達の仲むつまじい姿とは余りに違いすぎる結婚生活。そして身体はどんどんおかされてゆく。このまま孤独に死を待つだけの毎日。


「……。私には魔力もあまりないし、その解呪とやらのやり方すらわからないわ。本当に出来るのかしら?」

「わかりません。でも、私達が全力でサポートします」


 クリスティーナはアクアストルの手を力強く握りしめた。アクアストルは尚も迷うような様子を見せたが、暫くして覚悟を決めたのか顔を上げてクリスティーナとユングサーブを交互に見た。


「出来るかわかりませんがやってみます。お二人とも私に力を貸してくれますか?」

「もちろんです」


 クリスティーナは笑顔でこくりと頷いた。


「喜んでお力になります。さっそく領主様の元に向かいましょう」


 ユングサーブも片手を胸に当てて頷いた。

 アクアストルの返事を聞いたクリスティーナとユングサーブは早速アクアストルをナキナ領主のもとに運ぼうとした。ユングサーブはその細く衰えたアクアストルの身体に手を伸ばすと、アクアストルはそれを細い腕で制止した。


「待って。私にはカーテナートという専属の護衛の者がいるの。彼に運んで貰います。カテナ!」


 アクアストルがその衰えた身体では精一杯であろう呼び声で護衛を呼ぶと、部屋の入り口から長身で体躯の良い護衛兵が近づいてきてアクアストルの前に跪ついた。焦げ茶色の短く切られた髪は彼の精悍さを引き立てていた。高い鼻梁と薄い唇、切れ長の瞳の凛々しい青年だ。

 クリスティーナとユングサーブが部屋に入るときもいつも入口に立っているその男は、おそらくは護衛と言う名の監視役だろうと二人は思った。


「お呼びでしょうか?アクアストル様」

「旦那様にお会いしたいの。今すぐよ。連れて行って頂戴」

「旦那様に?しかし……」

「この者達が私の病を治す方法を見つけたと。旦那様に会わなければならないのよ。お願い、カテナ」


 警備兵の男はアクアストルの懇願に少し迷うような表情を見せた。そしてクリスティーナとユングサーブに視線を向けた。


「治す方法を見つけたと言うのは本当か?」

「ああ、今までで一番可能性がある方法だと思うよ。このままほっといたらアクアストル様は衰弱が進みあと数ヶ月で命を落とすだろう」


 警備兵の男はユングサーブの言葉を聞くと大きく目を見開いた。口元に手をあて、呆然としたようにアクアストルを見つめる。アクアストルは警備兵を見上げて懇願した。


「お願い、カテナ。連れて行って」

「……承知致しました」


 そう言った警備兵はアクアストルの膝裏に腕を入れると横抱きに大切そうに抱き抱えて、ユングサーブとクリスティーナに「ついてこい」と顎で扉を指して見せた。

 ユングサーブとクリスティーナはいわれるがままに二人の後を追って歩き始める。


「ねぇ、あの2人って……」

「あの2人がどうかしたか?」

「うーん。何でも無いわ」


 アクアストルを大切そうに抱きかかえる警備兵の背中を見てクリスティーナは何かを言いかけたが、ただの気のせいかも知れないと思い直し、言いかけた言葉にそっと蓋をした。



 

 

 

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