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21 対面

 ミルエンナにとって約五年振りに訪れるナキナ領主館は懐かしさの欠片もない場所だった。

 当時は殆ど部屋の周辺しか自由に動きまわれなかったため、煉瓦造りの外壁にも美しく飾られた庭にも何も感じなかった。領主館の警備兵に連れられて黙々と歩くと一つの大広間へと案内された。ミルエンナの横にハナルジャン、クレッセ、シナグヤーンが立ち、ナキナ領主に対面する。ユングサーブとクリスティーナは当初の予定通り、ヒーラーと薬師として奥方の元に潜入していた。


 広い領主館の謁見用の大広間には一段高い部分があった。そこにいるナキナ領主はミルエンナを見ても顔色一つ変えることなく、冷ややかな視線を向けるだけだった。

 白髪の混じる薄茶色の髪を後ろに撫でつけたナキナ領主のその姿は、実年齢よりも十歳近く若く見える。腰には見事な剣を帯剣し、溢れる魔力により体は実際よりも大きく見え威圧感を感じさせた。


「探し人の『ミルエンナ』を無事発見し、届けに参りました」


 シナグヤーンは片膝を折ってナキナ領主に礼をした。ナキナ領主は一段高い位置で無言で頷き、ミルエンナに目を向けた。


「顔の造作に少し面影があるな。髪や瞳の色も同じだ。胸の痣を見せろ」


 ミルエンナは身体を強張らせたが、直ぐさま控えていた二人の警備兵により取り抑えられて、その胸元を曝される。左胸上部には羽ばたこうとする蝶の呪紋が入っていた。それを目にしたナキナ領主は表情を強張らせた。

 シナグヤーンはハナルジャンの拳が怒りで震えるのに気付き、視線を送って今は耐えるように諭した。


「確かに探し人のミルエンナのようだな。用意したものをここへ」


 領主の言葉に横に控えていた側近と覚しき男性は金貨のぎっしりと詰まった布袋を跪くシナグヤーンへ手渡した。シナグヤーンはその場で中身を確認し、「確かに金貨30枚を受け取りました」と告げた。

 ナキナ領主は全くそれが聞こえないかのように、ミルエンナに近づき、怒りに満ちた視線を向けて睨みつけた。


「ミルエンナ。わしは身寄りのない其方を此処に住まわせ衣食住を保障してやった。それにも関わらず逃亡を謀り、更にその身をどこの馬の骨とも知れぬ男に売ったな。恩を仇で返すとはこの事だ。この売女が!」


 激しい口調で叱責されたミルエンナはそれに怯まずにキッとナキナ領主を睨み返した。


「あんたなんかに恩なんて何もないわ。お父さんやお母さんもあんたが殺したくせに!! あの重罪人通知の二人も早く解放してよ、嘘つき!」


 次の瞬間、鋭い音と共にミルエンナの体は石の床に弾き飛ばされた。ミルエンナが咄嗟に頬に手をあてると、その手には血が付いていた。頬がじんじんと痛み、口の端が切れて血が滲む。


「ミーナ!」


 後ろで控えていたクレッセは倒れ込んだミルエンナに駆け寄りその身体を抱き起こした。悔しさの余り、ミルエンナの視界は涙で滲んだ。


「おい、てめえ。人の嫁を売女だとか恩知らずだとか随分な言いようじゃねえか。挙げ句の果てに手をあげるとはどういうつもりだ。ぶち殺されたいのか」


 ハナルジャンは怒りに震えていた。低い声で静かに語りかけるハナルジャンからは怒りの余り激しく魔力が噴出し、取り押さえようと近づいた魔力耐性の弱い兵士は気を失う程だった。ナキナ領主を睨み据える瞳には明確に憎悪を宿していた。

 ナキナ領主はそんなハナルジャンを一瞥するとフンっと鼻で笑った。


「お前がミルエンナの夫か。ちょうど良い。ミルエンナは別の男に宛がう故にここで離縁して貰おう。手切れ金に更に金貨二十枚をやろう」


「てめぇ、ふざけんな!!」


 ナキナ領主の吐き捨てた言葉にハナルジャンの堪忍袋の緒が切れた。躊躇なく剣を抜くと真っ直ぐにナキナ領主に斬りかかる。

 咄嗟にシナグヤーンが気絶した兵士の剣を使ってハナルジャンの一振りを受け止めた。シナグヤーンの剣士レベルは7で通常であればかなりの使い手とされる域だ。だが、それでもハナルジャンの剣はかなり重く、手がビリビリと痺れた。この一撃でシナグヤーンは己とハナルジャンの剣のレベルの差を感じ、次は受け止められないと悟った。


「ヤーン! 邪魔するな!!」


 剣をあわせたまま二人は睨み合う。


「やめろ、ハナル。お前が剣を向けた相手は領主で対外的には罪も無く治世も問題なくこなしている。ここで傷つければお前が全面的に非がある重罪人になり最悪の場合は処刑される。ミルエンナを悲しませたいのか」


 シナグヤーンを射殺しそうな目で睨みつけたハナルジャンは、逆に彼から諭されて奥歯をギリッと噛み締めた。ナキナ領主は許し難いがシナグヤーンの言うとおりだ。必死に怒りを押し殺して剣を下ろした。


「申し訳ありません。非礼を詫びます」

 

 ハナルジャンの謝罪にナキナ領主は勝ち誇ったような顔でニヤリと笑った。


「では、ここで離縁……「しかし、ミルエンナは俺の妻です。離縁は承服しかねます。彼女は金には代えられません」


 ナキナ領主の言葉を遮ってハナルジャンの続けた言葉にナキナ領主の眉がピクリと動いた。


「金の他に何を望む。地位と権力か?」


「どちらも望みません。貴方様との手合わせを。血印の決闘を申し込みます」


 ハナルジャンの言葉にナキナ領主は目をみはった後に、愉快そうに声を上げて笑った。


「わしはこの歳になっても尚ナキナ領で随一の剣の使い手と名高い。ミルエンナがお前に力を与えた所で勝てるとでも思ったのか? そのような女に現を抜かし大金を得る機会を棒に振り、命を投げ出す危険をおかすとはお前は救いようのない愚か者だな」

 

「救いようがない愚か者かどうかは勝負してから判断願います」


 ハナルジャンは、目の前の男に殺してやりたいほどの怒りを感じたが、怒りで震える拳を抑えつけて真っ直ぐに見据えた。ナキナ領主はさも可笑しそうにニヤニヤと笑い続ける。


「良かろう。後で己の愚かさを呪うが良い。お前は最悪の場合は命を失い、ミルエンナは新しい男の妻となる」


「絶対に負けません」


 ハナルジャンは、ナキナ領主の豪華なそれよりも明らかに質の劣る自らの剣に触れた。ミルエンナは自分が守る。そのためには絶対に負けられないのだ。

 

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