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20 色仕掛け

 ミルエンナ達は閲覧制限の書籍がある書庫の入口を探した。その結果、それらしき扉は中央図書館の片隅にひっそりとあることが確認できたが、その前には警備員が立っていた。本を探すふりをして様子を伺った限り、警備員は一人でまだ二十代とおぼしき男性だ。

 ミルエンナはあたりにパーティー仲間以外の人間が居ないことを確認してから警備員男性に近づいていった。演技指導は先ほどクリスティーナとクレッセから念入りにされている。


「あの、私ここでよくあなたを見かけてずっと憧れてました。よかったら、これ受け取って貰えませんか?」


 欠伸を噛み潰していた警備員はミルエンナの一言で一気に目が覚めた。退屈で堪らない仕事に飽き飽きしていたはずが、目の前に頬を赤く染めて潤んだ瞳で自分を見つめる美少女がいる。その手にはクッキーとお茶の入った紙袋があった。


「え!? 俺??」


 警備員は突然のとこに戸惑い、自らの顔を人差し指でさした。


「はい。前からお慕いしています」


 ミルエンナは俯き加減に愛の告白をした。動揺してすぐさまピシッと体勢を整える警備員と、その正面には頬を染めて恥ずかしそうに俯くミルエンナ。

 ミルエンナはギルドのアイドルと呼ばれる程の美人である。しかもクリスティーナの指導により緩められた胸元からは豊かな胸の谷間がほんの少しだけのぞいていた。


「もちろん受け取るよ。そうだ、お互いにもっとよく知り合うために今日の閉館後に一緒に食事に行こうか。いい店があるんだ」

 

 鼻の下を伸ばしてミルエンナからの差し入れを受け取るとミルエンナの肩に手をかける警備員。


「あいつ! 俺のミーナに馴れ馴れしく触りやがって!!」

「落ち着け、ハナル。お前が出ていくと作戦がおじゃんになる」


 裏方では今にも殴りかかりそうな勢いのハナルジャンをパーティー仲間の男が二人がかりで必死に押さえ込んでいた。


「嬉しい!」


 ミルエンナは警備員の腕にさり気なく手をまわすと胸を押し当てた。美少女に言い寄られて警備員は一気に舞い上がった。既に仕事の事などすっかり忘れた警備員もミルエンナの背中に手をまわして中央図書館の片隅でメロドラマのような光景が広がっていた。


 「さっきの、私が焼いたクッキーと、私が入れたお茶なの。お願い、た・べ・て♡」


 先ほど渡した手作り風の市販クッキーとお茶を食べて欲しいと警備員にお強請りするミルエンナ。警備員の喉がゴクリと鳴る。

 既に別のものを食べたくて仕方なくなっており、ミルエンナが普通に言った『食べて』が♡付きに聞こえていた。

 警備員は勤務中にも関わらず渡されたクッキーとお茶を一気に胃におさめた。


「まあ、食べっぷりがよくて本当に素敵……」


 なおも恥ずかしそうに見上げるミルエンナに警備員が我慢しきれず思わず抱きしめようとしたとき、その身体がガクンと崩れ落ちた。


「よし、眠ったね! ミーナちゃん、いい演技だったよ!」


 クリスティーナが物陰からぱっと顔を出した。


「ミーナ!大丈夫だったか? こいつに変な場所触られてないか?」


 ユングサーブとシナグヤーンの拘束を解いてすぐさまミルエンナに駆け寄ったハナルジャンはついでに寝ている警備員に蹴りを入れた。当然シナグヤーンにこっぴどく怒られた。警備員としてはとんだ災難である。

 ミルエンナはウルウルとした瞳でハナルジャンを見上げてその胸に飛び込んだ。


「うぅ、ハナル。ハナル以外の男の人に触られたよぉ。気持ち悪いー!!」

「よしよし。宿に戻ったらすぐに洗い流そう。触れられた場所は全部俺が触って上書きしてやるから安心しろ」

 

 そう言ったハナルジャンは優しくミルエンナを抱きしめた。ミルエンナもハナルジャンの広い背に手を回した。


「おい、そこのバカ夫婦。宿に戻る時間なんてあるわけ無いだろう。さっさと行くぞ」


 シナグヤーンの冷ややかな声で気付けばパーティーメンバー達の冷たい視線が突き刺さる。バカ夫婦扱いされた二人も仕方なくすごすごと書庫へ目的のもの探しに向かったのだった。


「うへぇー、結構書庫にも蔵書があるわねぇ」


 閲覧制限のエリアに入り、クリスティーナは思わずため息をついた。この町の中央図書館の蔵書量は本当に半端ない。この閲覧制限の書庫エリアの広さもなかなかのものだった。更にどの本棚も上から下までぎっしりと本が詰まっている。


「よし、手分けして探そう。あまり時間が無い」


 シナグヤーンの掛け声でパーティーメンバーが動き出す。ミルエンナは薬草を探すときのように本棚の本を流し目でざっと見ていった。その時、一冊の本が目にとまった。赤茶色の革製の表紙は酷くくたびれており、かなり古い書籍であることがわかった。なんとなく気になったミルエンナはその本を手に取ると中身を確認した。


「ねえ、この本のなかに『呪紋』について書いてあるわ!」


 ミルエンナの声に全員がミルエンナの持つ本のまわりに集まった。中を見ると、確かに『呪紋』と書いてあった。魔導師のユングサーブが代表して慎重に本を読み進め、他の五人はじっとそれを見守る。


「あ、ここだ。やっぱり呪紋は契約を交わす呪いの一種だって書いてあるな。魔方陣の描き方も書いてある。うわっ、かなり複雑だぞこの魔方陣。うーん、ここがこうなって……」

「わかりそうか?」


 我慢できずにハナルジャンはユングサーブをせっついた。


「ちょっと黙ってろ。今集中してるから」


 ユングサーブは真剣な表情で古典魔術書を読み進める。いつにもまして真剣なユングサーブの表情に皆固唾を飲んで見守った。


「よし! 大体わかったぞ。やっぱり解呪にもそれ専用の魔法陣と双方の新鮮な血が必要だな。魔力量の高い俺とハナルが術者である奥方を補佐すれば何とかなるかもしれない。成功する保障は無いがな」


 ユングサーブの言葉に皆が目を輝かせた。うまく呪紋を解くことができれば領主の力は弱まるし、呪いに苦しむ奥方は助かる。

 六人は相談して、ミルエンナが見つかったと報告しに領主館へ向かう日に、ユングサーブとクリスティーナは奥方の治療にあたると称して別ルートから潜入することにした。


 ちなみに、後ほど書庫入り口で眠りこけているところを同僚に発見された警備員は『謎の美少女に言い寄られた』と同僚に主張し、この一件は独り身の警備員が恋人欲しさに白昼夢を見たとして片づけられたのだった。


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