19 作戦会議
ナキナ領に入ってからもミルエンナ達の一行はしばらくの間は諜報活動を行い、領主について情報を集めた。領主は思った以上にしたたかな人間らしく、これだけの行為をしておきながらなんの罪もないことになっていた。
「これまででわかったことを整理しよう」
宿の一室で六人が集まる中、パーティーのリーダーであるシナグヤーンは皆の顔を見回して言った。
「まず、領主についてだ。現在五十六歳と既に高齢だが未だにかなりの剣術と魔法の使い手らしい。特に剣の方は現在もナキナ領一の使い手だと名高い。意外としか言いようがないが、治世についても問題なく行われていて、ナキナ領は他の周辺領に比べても経済的に潤っている。
そして、ミルエンナのバナール族を大量虐殺した件についてだが、表向きはバナール族が僻地で自給自足しているのをいいことに納税の義務を怠り、それを諭しに行った領主を彼らが先に武力攻撃したため止む無くあのような事態になったとされている。つまり、領主には表立った罪はない」
「そんなの嘘よ!お父さんとお母さんや他のバナール族のみんなは、領主の側妻の申し入れを断ったせいで突然あいつが攻めてきたって言ってたわ。だから私は生まれた時からずっと隠れて暮らしてた」
シナグヤーンにミルエンナは強く抗議した。シナグヤーンはそれを片手をあげて制する。
「落ち着け。今は皆で集めた情報を共有してどうするべきかを考えるのが先決だ」
ミルエンナは悔しさのあまりに強く唇を噛みしめた。ハナルジャンはそんなミルエンナを見てそっとその手を握った。
「話を続けるぞ。バナール族の娘が最初に奴の側妻になったとき、これはつまり最初にバナール族の村を攻めた時と同じだが、この約二十五年の間に七人のバナール族の側妻を娶っている。いずれも若く美しい娘たちだったそうだ。奇妙なのは全員が若く健康であったにも関わらず程なくして病に伏し数年後には亡くなっている。さらに、バナール族の娘を娶り始めた後に生まれた領主の子供も全員が生後間もなく息を引き取っている。これについてはユングとクリスが調べてきてくれたから話してくれるか?」
シナグヤーンがユングとクリスに目配せをすると二人は頷き、ユングサーブが話し始めた。
「領主館で奥方の治療をするためのヒーラーと薬師を募集していると聞いて、身分を偽って潜入してきたんだ。奥方はまだ二十代半ばにも関わらず酷く窶れて顔色が悪かった。そして、ミーナちゃん同様に体に蝶の呪紋が入っていたよ。違うのは、呪紋の周囲ががひどく黒ずんでただれていたんだ。あれは恐らく呪紋の契約の不履行による呪いだよ。クリスの最高難度の治癒魔法も一切効かなかったもんな」
ユングサーブは一気に話すと、のどを潤すために水を一口飲んだ。
「呪紋って言うのは本当に高度な魔術なんだ。通常は術師がとても緻密な魔法陣を描き、その中に契約される側の人間が入る。そしてお互いの血を媒体に契約の呪いをかける。契約を破れば二人のどちらか、もしくは両者に呪いが降りかかる。禁忌とされる黒魔術の一種だから古い書籍には記録があっても、今の時代にやる奴はほぼいないね。俺も昔師匠に借りた本でほんの少し読んだことがあるだけだ。
子供の方は今ちょうど生まれたてがいないから何とも言えないが、それも恐らく呪いなんじゃないかな。術者は体を蝕まれ命を落とし、呪紋を入れられた側は生涯に渡り子を成すことが出来なくなる。これはきっとナキナ領主が後継ぎの子供が欲しいと願っているから子供に呪いが発現したんだ。バナール族の娘を娶る前に生まれた領主の子供は女しかいないからね」
「呪紋って言うのは解けないのか?」
ハナルジャンは尋ねた。
「解けるのは術者だけだ。術者が解くか死なない限り続く」
ユングサーブはハナルジャンの顔を見つめたまま、難しい表情をして首を横に振った。
「私、ハナルにそんな恐ろしいものを入れてしまったの?どうしよう……」
ミルエンナは口に手をあてて狼狽えた。まさか蝶の証がそんな恐ろしいものだとは知らなかったのだ。
「ミーナちゃん、呪紋は双方が契約さえ破らなければそんなに恐ろしいものじゃない。ハナルがミーナちゃんをいつまでも大切にすれば、ミーナちゃんはいつまでも元気だしハナルもレベルアップしたままの筈だよ」
ユングサーブはミルエンナを見つめて元気づけた。
「じゃあ俺達には呪いは関係ないな。俺は一生をかけてミーナを幸せにする。だから何も心配するな」
泣きそうな顔をして肩を震わせるミルエンナにハナルジャンは微笑みかける。握っていた手に力をこめると、ミルエンナも強く握り返した。
難しい顔をして話を聞いていたシナグヤーンは、しばらく沈黙していたがユングサーブに視線を送った。
「ユング、術を解く方法を調べることはできるか?」
「わからない。この町の図書館はかなり大きかったから、もしかしたらなにか記録が残っているかも知れないね」
「よし、全員で手分けして探してみよう。探し人発見の証明書を発行してからもう三週間が経っている。あまり長い時間はかけられない」
シナグヤーンの掛け声で、全員で町の中央図書館に調べに行くことになった。
経済的に潤っているという言葉通り、中央図書館はかなりの広さを誇っていた。魔術コーナーだけでも天井まで届くほど高い本棚が10列以上立ち並んでいた。全員で手分けしてざっと目を通していくが、なかなか目的の記述を見つけることはできなかった。一刻一刻と時間だけが過ぎていく。
「無いわね……」
目を凝らして本棚の背表紙を眺めていたクリスティーナは何かを思いついたように皆に声をかけた。
「ねえ。禁忌の魔法ってことは通常の書架ではなくて、閲覧制限のある書庫にあるんじゃない?」
それを聞いたシナグヤーン達も頷いた。
「確かに。ここには見当たらないし、探してみる価値はあるな。しかし閲覧制限のある書庫にどうやって潜入する? 睡眠魔法を使ってしまうと魔力の放出で周囲の警備員が気づくぞ」
シナグヤーンやクリスティーナ達が難しい顔をして考え込む中、ミルエンナとクレッセは顔を見合わせた。
「あの……、薬でもよければ睡眠薬を持っています。私達一応薬師ですから。煎じて飲むタイプ、粉薬タイプ、嗅がせるタイプがありますけど」
クレッセの申し出にシナグヤーンは顔を輝かせた。
「それだ! それでいこう! しかし、飲ませるのも嗅がせるのも流石に一筋縄にはいかないな。どうやってやる?」
「古今東西こういう時は色仕掛けでしょ。やっぱり一番美人で魅力的なボディーのミーナちゃんじゃない?」
クリスティーナはミルエンナの色仕掛け作戦を提案した。
「駄目だ! ミーナにそんな危険なことはさせられない」
ハナルジャンは即座に反論したが、シナグヤーンはまるでなにも聞こえなかったかのようにミルエンナに向き直った。
「よし、ではミルエンナ。頼むぞ」
「あ、はい。わかりました」
「駄目だって!!」
ハナルジャンはミルエンナが他の男を誘惑するなどとんでもないとクリスティーナの提案に猛反対したが、全員一致でその主張は完全に無視された。