18 ナキナ領②
シナグヤーンとクレッセの二人は仕事の相棒を装って町のギルドに潜入することにした。ギルドには色々な仕事依頼があると共に、色々な情報も集まってくるものだ。
町中をうろついていると、ギルドの看板がぶら下がる建物を見つけた。古ぼけた扉を開けて中に入ると、シナグヤーンとクレッセが普段行くギルドと同じ様な風景が広がっていた。カウンターに大きな掲示板、集合するための待合……シナグヤーンは勝手知ったる感じでギルドマスターに声をかけた。
「初めてこの町に来た。連れのIDを更新したいんだが」
シナグヤーンはクレッセのIDカードとシナグヤーンの書いたレベルアップの証明書をカウンターで提出した。ギルドマスターはIDに入った全国共通のギルドの証を確認してからカウンター奥の女性に指示を出す。
「ところでマスター。割のいい仕事依頼は無いか?」
シナグヤーンが尋ねると背が高くひょろりとしたギルドマスターはさも残念そうに顔を顰めた。横のカウンターではクレッセが射手を『レベル1』に書き換えられたIDカードを受け取って、内容確認してから上機嫌で近づいてきた。
「タイミングが悪いな。ついこの間とっておきの探し人依頼があったんだがここからだいぶ離れた町で見つけちまったみたいなんだ」
「へえ、それは残念だな」
「なんと金貨三十枚だぜ? パーティーメンバー何人かで分けたって当分遊んで暮らせる額だ。俺がここで勤め始めてからは一番の破格の報酬だよ。是非うちの町のギルドの仲介で捜し出して欲しかったもんだよ」
ギルドマスターはシナグヤーン達に口をへの字に曲げて両手をあげて見せた。
「そんな大金が積まれるなんてよっぽどの重要人物だったのか?」
シナグヤーンはギルドマスターの反応を見ながらさり気なく探りを入れた。ギルドマスターはなんの疑いを持つことも無くペラペラと喋り続ける。
「依頼人はなんと、うちの領主様だ。領主様は何年も奥方やお子様を奇病で失う不幸に悩まされていて、それを聖職者に相談したらしいんだ。そしたら、なんらかの呪術による呪いだって言われたらしいんだよ。
一番に疑いの矛先になったのが昔、領主様によって一族郎党皆殺しにされたバナール族だ。元々人数が居なかったバナール族はもう奥方達と領主館に身を寄せる自由の無い奴らしかいないはずなんだ。だが、奴らに呪術を使っている気配は無いのに呪いが解けない。そこで領主様はずっと昔に逃げ出した娘を思い出したってわけだよ。見つけられちまった娘には可哀想だが、金貨三十枚だもんな」
ひょろりとしたギルドマスターはひひひっと下品な笑い声で笑った。
「可哀想とはどういう事だ? 人探しするからには生きて再会することを望んでいるんじゃ無いのか??」
「そんなのは建前さ。人殺しはギルドでは受け付けないし、身の安全を保障する書きぶりにしないと受け手側も不信に思うだろ? 領主様はもし生きているならばなんとしてもその娘を探し出したかったのさ。呪いをかけた本人なら処刑されるし、違うなら領主様はバナール族の女がお好きだから新しい側妻にでもするんだろ。まあ、これは俺の予想だがな」
ギルドマスターがニヤニヤとしながら話しているとき、シナグヤーンは横でクレッセが肩を震わせているのに気付きその肩を抱き寄せた。ギルドマスターはそんな様子には全く気付かずにペラペラと喋り続ける。
「領主様の代々の側妻は皆バナール族の女なんだ。こんなに執着するなんて、バナール族の女はよっぽどの名器を持っているに違いないぜ。俺も1回でいいからお相手願いたいもんだよ」
表情をへらつかせて下品な物言いをするギルドマスターにさすがのシナグヤーンも眉をひそめた。肩を抱いた時に少し治まったクレッセの震えも止まらない。
「そうか。今日は退散する。またいい仕事が無いか見に来るよ」
「ああ。次は仕事をなにか受けてくれよ」
シナグヤーンがクレッセの肩を抱き寄せたまま帰る素振りを見せると、ひょろりとしたギルドマスターは少し残念そうな顔をして見送ってきた。シナグヤーンはギルドを出て路地裏に入るとクレッセをやっと解放した。
「おい、泣くな。大丈夫か?」
「……けんな」
「え?」
「ふっざけんなっ!あのゲスで屑のもやし男!!」
顔を上げたクレッセは泣くどころか普段は白い顔を真っ赤に染めて怒り狂っていた。てっきりクレッセが泣いていると思っていたシナグヤーンは思わず呆気にとられてしまった。到底年頃の女性が言うとは思えない口汚い罵声をあげながら顔を真っ赤にして怒っている。
「わかったわかった。そのゲスで屑のもやし男の言うとおりにならないように俺達がミルエンナを助けるんだろ?」
「当然よ!」
「あのもやし男は口が軽いから貴重な情報源になる。気持ちはわかるがあいつの前では怒りは抑えてくれ。一旦、皆が集まる宿に戻ろう」
「わかったわ。あー! 頭にくる!!」
宥めるシナグヤーンとなおもぷりぷりと怒るクレッセ。ここに来るときは澄ましていて、IDカードを更新したら満面の笑顔で、今は真っ赤になって怒っている。シナグヤーンはクレッセの感情の移り変わりの早さに半ば呆れた。
「お前はくるくると表情が変わって面白い女だな。見ていて飽きない」
「はぁ!?」
キッと睨みつけたクレッセの視線の先のシナグヤーンは少しだけ口の端が笑っていた。クレッセはその笑顔をみたら、何故か怒りがすーっと消えていくのを感じた。
「落ち着いたのか。ははっ、お前は本当にくるくると表情が変わるな!」
今度ははっきりと笑ったシナグヤーンにどきんと胸が高鳴る。
「……やばい」
「何がだ?」
「何でもないから!」
不思議そうな顔をしたシナグヤーンからクレッセはぷいっと顔を背けた。さっきまでとは違う赤みが顔にさすのを感じた。