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17 ナキナ領①

 出発してから十三日後、ミルエンナの一行は予定通りに道を進みナキナ領に入った。

 歩き回った範囲ではナキナ領はそれなりに栄えているように見えた。町中は多くの店舗が立ち並び、人々が行き交っている。道は綺麗に整備、舗装されており、公共施設はみな立派だった。中央図書館に至ってはミルエンナ達の住む町の三倍くらいの蔵書があり、元々読書が好きなハナルジャンは当初の目的を忘れて本選びを始めようとしたほどである。


「昔からこんなに栄えていたのか?」


 シナグヤーンの質問にミルエンナは首を横に振った。


「わからないわ。幽閉されて外に出たことが無かったもの。逃げ出した日が初めて外に出た日なの。それも逃げるのに夢中でよく見てなかったわ」


 ミルエンナの返事は最もだった。ミルエンナは物心ついた頃には逃亡生活を強いられてきた。そして七歳から十二歳になった直後までは幽閉生活だ。ミルエンナにとって勝手知ったる町というのはハナルジャンと過ごした町以外には無い。


「町を見る限りでは為政者としては特に問題を感じないが、それがミルエンナ達バナール族の犠牲の上に成り立っているとすれば赦すことは出来ないな」


 シナグヤーンは一旦言葉を止めて皆を見渡した。


「領主館に向かう前に、敵の情報収集をしよう。相手を知ることは交渉を進める上でかかせない」


 シナグヤーンの言葉に皆が頷く。で一行はすぐには領主館に向かわず、少しナキナ領主とナキナ領について調べてみることにした。


 情報収集は相手側が油断して気が緩んでいる場所から行うのが鉄則だ。全員で相談した結果、二人一組の合計三組の若夫婦や恋人同士を装って手分けして情報収集をすることになった。ミルエンナとハナルジャンは本物の夫婦なので、ここで一組。ユングサーブとクリスティーナも本物の恋人同士なのでここも一組。残ったシナグヤーンとクレッセが話の流れでペアを組んで行動する事になった。

 

 ハナルジャンとミルエンナの二人は町の不動産を扱う店に行くことにした。多くの不動産を扱う仕事をしていると色々な情報も自然と集まってくるものだ。二人は新婚夫婦が新居を探しに来たの体を装って店の主人から話を聞き出すことにした。

 町中をぷらぷらと歩きまわり、わりと門構えの良い不動産店を見つけたのでハナルジャンとミルエンナは中に入ってみた。カウンターには髭を生やした中年男性が座っている。


「いらっしゃい! どんな物件をお探しで?」

「妻と2人で住むのにいい家は無いか? 子供が出来たときも考えて少し大きめの部屋がいいな」


 店主の明るい問いかけに、ハナルジャンはあたかも本当に部屋を探しに来たかのように淀みなく答えた。店の主人はハナルジャンとミルエンナを見て和やかに笑顔を見せた。


「いいのが沢山あるよ。どの地域がいいって希望はあるかい?」

「今日この町に着いたばかりなんだ。綺麗な町で妻が気に入ってな。お勧めの地域はあるか?」


 ハナルジャンはそう言いながらミルエンナを抱き寄せてこめかみにキスをする。ミルエンナがバラ色に色づき恥ずかしがってハナルジャンの首もとに顔を埋めた。そんな新妻にハナルジャンが甘く微笑む様を見て、店主はニヤニヤと笑った。


「こりゃあお熱いこった。この界隈はどこも治安はいいが、あんたらみたいなお熱い夫婦は領主館の近くはやめておきな」

「領主館の近くは何かあるのか?」


 ハナルジャンは「領主館」と聞いてすぐさま聞き返した。そんなハナルジャンに向かって店主は内緒話をするように手招きしてその顔を近づけた。

 

「ここ何十年かの間に生まれた領主様のお子様はみんな病にかかって亡くなっているんだ。それに奥方もだ。みなまだ若く健康な娘ばかりだったのに。当初は正妻が嫉妬して毒でも盛ってるんじゃ無いかって疑ってる奴も多かったんだ。だが、正妻のお子様も生まれて間もなく相次いで亡くなった。だから、最近では呪いだって言われてる」

「呪い?」

「ああ。領主様は普段は為政者としてしっかり仕事をされているが、一方でえらい激情家なんだ。一端キレると手に負えないらしい。これは噂なんだが、昔、領主様の機嫌を損ねた一族がいて、領主様は怒って村に攻め込んで一族郎党を皆殺しにしたらしいんだよ。さらに若い男女は捉えて奴隷にした」


 横でハナルジャンの首もとに顔を埋めながら話を聞いていたミルエンナの体が震えだしたのに気づき、ハナルジャンはしっかりとミルエンナを抱きしめ直した。少し迷ったが、眠りの魔法を使ってしばらくの間寝かせる事にした。


「奥さん大丈夫かい?」

「ああ、旅の疲れで寝てしまったようだ。それで?」


 ハナルジャンは店主に話の先を促した。


「領主様のお子様達が生まれても亡くなってしまう様になったのと、その事件がおきた時期がだいたい一致しているんだ。だから、その一族の怨念が呪いになってこんなことがおきてるって言う話しだぜ。そんなこんなで、今じゃ領主館の近くは若い夫婦は避けることが多い。あんた達も子供が欲しいならやめた方がいいよ」


 ハナルジャンは店主の話しを聞いて考えこんだ。店主の話の一部はミルエンナの話と一致する。だが、バナール族の呪いだと?そんな話は一度も聞いていない。


「俺としては郊外のここなんかがお勧めだな。まわりものどかな田園だし、町までも馬車ですぐだ」


 店主は大きな地図をテーブルに広げると、お勧めの物件情報をハナルジャンに説明し始めた。ハナルジャンはこれ以上ここにいても物件説明されるだけで収穫はないと判断した。


「妻が寝てしまったので明日以降に出直すことにする」

「そうか?残念だな。また来てくれよ」

「ああ、悪かった」


 店を出るとハナルジャンは眠っていたミルエンナに覚醒の魔法をかけた。ミルエンナはいつの間に眠ったのか記憶がないようで、目をぱちくりとさせていた。


「ミーナ。今そこの店で聞き出した事なのだが、バナール族の呪いというものを聞いたことはあるか?」

「バナール族の呪い? 聞いたことがないわ」

 

 ミルエンナは形の良い眉を寄せた。


「やはりそうか。一体どういう事だ?」


 ハナルジャンは考え混むように、顎に手を当てた。その後、別の不動産屋にも足を運んだが、やはり店主の話は似たようなものだった。



 一方、ユングサーブとクリスティーナの二人は領主について情報収集するために、大衆向け酒場に潜入した。酒が入ると人は口が軽くなるものだ。

 恋人同士を装って──と言っても事実として恋人同士なのだが──陽気に語らい合う人々に紛れ込む。


「おっ、兄ちゃんと姉ちゃん見かけない顔だな。新入りか?」


 目論見通り、席に着くのと同時に酔っぱらいが絡んできた。ユングサーブはとりあえず話しを合わせる作戦に出た。


「ああ、彼女とこの町に来たばかりなんだ。これから仕事を探さないといけないんだが、その前に景気付けだ」


 ユングサーブがジョッキに並々と注がれた地酒を目線まで上げると、酔っぱらいは機嫌良さそうにけらけらと笑った。


「そうかそうか。ここはいい町だぞ。兄ちゃんよく見るとえらい男前だな。そっちのかわいこちゃんは嫁さんか? 何の仕事を探しているんだ? ──おっと、俺が当てるからちょっと待て。まだ言うなよ」


 酔っぱらいは饒舌に喋り出すと頭に両手を当てて考えるポーズをしてから、うーんうーんと唸る。そして、「判ったぞ。男前の兄ちゃんがヒーラーで、嫁さんが薬師だ」と言った。


「凄いな、大当たりだ」


 実際にはちょっと違うが、ユングサーブは大袈裟に驚いたふりをした。酔っぱらいはそれに気をよくして得意気にまわりの客に自慢しガヤガヤと大騒ぎを始めた。それを横で聞いていたまだほろ酔いの男性がユングサーブに近づき話しかけてきた。


「兄ちゃん、ヒーラーなら求人は山とあるから食いっぱぐれはないと思うが、領主館の求人広告へ応募するのはやめておきな。報酬は破格だが命が無い」

「命が無い? どういう事だ??」


 ユングサーブは物騒な話に思わず聞き返した。酔っ払いはずいっとユングサーブに顔を寄せる。


「領主様の側妻とお子さんが謎の病に悩んでるらしいんだ。もうずっと昔からヒーラーや祈祷師、聖職者、薬師、色々なことを試してるのに全然駄目らしい。数ヶ月経っても体調に回復の兆しが無いと文字通りに頸を斬られる」


 赤ら顔で真面目な顔をした男性は自分の頸を斬るような仕草をして見せた。ユングサーブとクリスティーナは顔を見合わせて、男性に礼をしてから店を出た。


「クリス。ひとつ提案があるんだ」

「奇遇ね。私もなの。きっとユングと同じ事考えてるわ」


 二人は顔を見合わせて微笑み合うと、そのまま手を取り合って領主館へと向かった。

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