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16 野営にて

 ミルエンナ達の一行は基本的には夜は宿を使用した。しかし、旅の途中で山越えをする必要があり、登り道の途中で一泊だけ野営をすることにした。

 野営を決めるとすぐにそれぞれが散らばって、枯れ木を集めたり、それを火にくべたり、簡易の寝床を用意したりとハナルジャン達の手慣れた作業をミルエンナはただただ眺めていた。クレッセと二人でなんとか手伝おうとしたが、怪我をされたら困ると他メンバーに止められてしまった。つまり、足手纏いだから手を出すなと言うことらしい。


 魔法でおこされた火はあっという間に大きくなり、パチパチっと音を立ててあたりを煌々と照らす。皆の顔が橙色に染まり、ミルエンナにはなんだかいつもと違うように見えた。

 慣れない登山に疲れてウトウトしていると、ハナルジャンが横に腰掛けてそっとミルエンナの頭を自分に寄りかからせた。焚き火の暖かさと旅の疲れとハナルジャンに寄り添っている安心感で、いつの間にかミルエンナはスヤスヤと寝息をたて始めた。


「なあ。俺はわからないんだが、なぜナキナ領主は今になってミーナちゃんを探し始めたのかな?探し出すチャンスは5年近くもあったのに」


 一緒に暖をとっていたユングサーブは火に手をかざしながら不思議そうにハナルジャンをみつめてきた。その疑問はハナルジャンも気になっていたことだ。ハナルジャンなりにミルエンナから色々と聞き出していた。


「ナキナ領主のことを俺なりに少し調べてみたんだが、奴は類い(たぐい)稀なる武術と魔法の使い手らしい。性格は激情型で、圧倒的な力で思い通りにならない相手には容赦なく手を下す。それで物申す者がいなくなり、今のような絶対的な立場まで登り詰めたようだ。

 だが、調べていくと若いときはそこまで恐ろしい相手では無かったようなんだ。ミーナの話ではバナール族を利用して力を強めているらしいから、その頃に何かがあったのかもしれない。ただ、奴に手篭めにされた娘は例外なく病にかかり短命だとか」

「病?土地柄の流行病でもあるのかしら?」


 焚き火を囲んでいたクリスティーナは病と聞いてすぐに顔を上げて反応した。さすがは腕の良いヒーラーといったところだ。クリスティーナは「ナキナ領でなにか流行病なんてあったかなぁ」とぶつぶつと呟きながら、難しい顔をしている。


「ミーナは逃げ出した時点では自分は最後の純粋なバナール族の娘だったと言っていた。もしかしたら、今の妻がまた病にでもかかったのかもな」

「でも、ミーナちゃんはもうハナルと契約を結んでるからナキナ領主に力を与えるのは無理よね?一生で一度きりなのでしょう?」

 

 クリスティーナは首をかしげた。


「そうだよ! ミーナちゃんの呪紋すげーよな。剣士と魔導士でレベル10、射手でレベル9って聞いたことがないぞ。お前、今この国で最強なんじゃ無いか?」


ユングサーブはふて腐れたように口を尖らせた。どうも、魔導師の項目が自分と同じレベル10になったのが気に食わないらしい。ハナルジャンはそんな友人の様子に苦笑した。


「レベル10と言っても魔力ばかり強くなって肝心の呪文をちゃんと覚えていない。ユングには敵わないよ。そもそも、レベルが10で頭打ちなのがおかしいよな。俺が10ならユングは15ぐらいだろ。これからも色々と教えてくれ」

「そ、そうか?そんなに頼まれたら仕方ねーな。俺についてこい!」


 ユングサーブの機嫌は持ち上げられて急上昇していく。満更でも無さそうにはにかんで胸の辺りを拳を作って叩いていた。


「相変わらずチョロい男よね」

「え?クリス、何か言ったか?」

「『相変わらず、超いい男よね』って言ったの」


 焚火にあたりながら無表情に火を眺めていたクリスティーナはユングサーブに問いかけられて顔を上げるとにこっと笑った。普段人前で決してデレない恋人からの誉め言葉にユングサーブは目の端を赤くしてクリスティーナに覆いかぶさった。


「クリス……。愛してるぞ!」

「ちょっと、人前で何すんのよ!」


 パチーンと乾いた音が夜の山に響く。今日も相変わらずの痴話げんかだ。話の途中なのに会話が終わってしまった。ハナルジャンはそんな友人カップルを横目にスヤスヤと眠るミルエンナの頬をそっと撫でた。



 ***



 クレッセは何となくパーティーのメンバー達の輪に馴染むことができず、野営の時も少しだけ離れた所に一人でいた。他のメンバー達は何年も一緒にやってきたパーティー仲間でお互いに気の置けない仲だ。ミルエンナはハナルジャンの妻であるから大抵はハナルジャンと一緒にいる。

 ミルエンナを探し人として捜索依頼が出ていると聞いたときに友人が心配で思わず自分も行くと名乗り出たクレッセだったが、若干付いて来たことを後悔し始めていた。他のメンバーに比べて明らかにレベルが低い自分はほぼ何の役にもたっていない。クレッセは小さくため息をつくと、皆が焚き火を囲むのを遠目に見ながら大きな木の下に腰を下ろした。

 あたりを暗闇と静寂が包み、虫の声と時々遠くで歓談する声が聞こえる。そんな中で1人でぼーっとしていたら、草を踏みしめるような音が近づいてきてクレッセの前で音が止んだ。クレッセが顔をあげるとシナグヤーンがクレッセを見下ろしていた。


「あまり遠くに行くな。危ないぞ」

「シナグヤーンさん……」


 シナグヤーンは無言でクレッセの隣にドシリと腰を下ろす。薄暗いなかで見るとシナグヤーンの一つに結んだ長い銀髪が浮き上がって綺麗だな、とクレッセは思った。


「シナグヤーンさんはみんなの所にいかないのですか?」

「ヤーンでいい。パーティー仲間は平等だから敬語もいらない。お前こそあっちに行かないのか?冷えるぞ」


 ぶっきらぼうに言い放つ隣の男をクレッセはまじまじと見つめた。クレッセを心配してこっちに来たのだろうか。長い銀髪に切れ長の瞳、薄い唇で一見冷たそうで話しかけにくい雰囲気を纏っているが、実は優しい人なのかもしれない。


「何となく居づらくて」


 クレッセはぽつりと呟いた。


「あぁ、バカップル二組だからな。確かに居づらいな」


 クレッセは再びシナグヤーンを見た。クレッセが居づらいと言ったのはそう言う意味では無かったのだが、気心の知れた仲のシナグヤーンもあの輪に入りにくいと感じていたのだろうか。なんだかクレッセは可笑しくなってふふっと笑った。


「なんで笑った?」

「いえ、なんでも。パーティー仲間なら私のことも『お前』じゃなくて『クレッセ』って呼んでね、ヤーン」


 クレッセに呼び方のことを指摘されたシナグヤーンは何とも微妙な表情を浮かべた。いつもクールなこの人もこんな顔をするんだな、とクレッセには意外に思えた。


「じゃあ、バカップルはほっといて二人でお喋りでもしましょう」

「もう喋ってるぞ?」

「そう言う屁理屈言わないの」


 クレッセのさっきまでの沈んでた気分が段々と上向いてきているのを感じた。この人とはいい仲間になれそうな気がする。


「ありがとう、ヤーン」


 クレッセの呟きを、シナグヤーンは聞こえないふりをしていた。やっぱりクレッセに気を遣ってこっちに来たようだ。クレッセはそんな不器用なパーティー仲間を見つめて微笑んだ。


 翌朝、クレッセが目覚めると朝っぱらからハナルジャンとミルエンナは2人でキャッキャと楽しそうにじゃれ合っていた。


「すごい!すごいわ、ハナル!もう一回やって!!」


 キラキラと目を輝かせるミルエンナにハナルジャンは笑顔で応えていた。


「お安いご用だ」


 そう言ったハナルジャンは木の上になった果実を魔法で引き寄せると、それをミルエンナに手渡していた。高いところにある木の実が吸い寄せられるように手にのるのに興奮したミルエンナは子どものように無邪気に喜ぶ。


 ミルエンナがいたく感動しているこの魔法は魔法の中でもかなり初歩で人によっては子供でも出来るのだが、ミルエンナは今まで見る機会があまりなかったのだ。


「あんなに瑞々しい果物ばかりだと、朝から胃がちゃぽんちゃぽんになりそうだな」


 いつの間にかシナグヤーンがクレッセの隣でハナルジャンとミルエンナを見ながら肩をすくめていた。


「じゃあ私達は魚か兎でも捕りに行く? 弓の使い方を教えてくれない??」


 クレッセが弓をやりたいと言ったことがシナグヤーンは意外だったようで、少し驚いたような顔をした。昨日からこの人の色んな表情を見つけるのが楽しくてたまらない。


「もちろん」


 いつもクールな口元の端が少しだけ上がったのをクレッセは見逃さなかった。


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