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15 3人寄れば文殊の知恵

 ミルエンナは住み慣れた家の片付けを終え、すっきりとした部屋を見渡した。

 リビングダイニングルームとベッドルームだけの小さな城は初めてミルエンナがここに来た冷たい雨の日からするとだいぶ変わった。ハナルジャンの一人暮らしで無機質で殺風景だった部屋はミルエンナの手によって花や小物類が飾られて明るい雰囲気になった。長らくシングルベッドと小さな簡易ベッドが部屋の端と端に置かれていたベッドルームには、今はダブルサイズのベッドが一台置いてある。


「ミーナ、片付け終わったか?」

「うん。こんなに家を空けるのは初めてだから気合い入れて掃除したわ」


 テーブルの上や床はしっかりと拭き掃除され、洋服やリネンなどもきちんと畳んでしまわれていた。ハナルジャンは目を細めてミルエンナを見つめると、顔にかかっていた髪をそっとその耳にかけてやった。


「一ヶ月くらいでまた戻って来られるよ。俺たちの家だろ?」

「うん」

「じゃあ行くか。俺から絶対に離れるなよ」

「わかったわ」


 ミルエンナはハナルジャンの左手をとるとしっかりと握り締めた。自宅からギルドまでのこの通い慣れた通勤路を歩くのもしばらくの間はお預けだ。見慣れた四角い建物の街並みは、今日はなぜだかブロックが並んでいるみたいに見えた。


「お、来たな」


 ユングサーブはハナルジャンとミルエンナの姿を見つけると、手招きするように腕を振った。ハナルジャンとミルエンナがギルドに到着したときに既にハナルジャンのパーティー仲間三人とクレッセは到着していて、ハナルジャンとミルエンナを待っているところだった。

 全員が揃ったところで、ギルドマスターにパーティーのリーダーである射手のシナグヤーンが声をかける。


「全員揃った。これから探し人ミルエンナをナキナ領に送り届けに行く。探し人発見の証明書を出してくれ」

「わかった。でも本当に行くのか?」


 ギルドマスターは心配そうにシナグヤーンとハナルジャン、そしてミルエンナの顔を見比べた。


「ああ。皆で知恵を絞ってこれが一番良策だと判断した」

「そうか。幸運を祈る。絶対に全員揃って戻って来いよ」


 ギルドマスターは何とも言えないような表情を浮かべながらも、ギルドメンバーが探し人を発見、保護したとの証明書を発行した。シナグヤーンはその内容を確認して頷く。


「では、またな。次に会うときは仲介手数料である賞金の二割、金貨6枚が手土産だな」


 シナグヤーンがギルドマスターに挨拶をすると、続くメンバー達もギルドマスターに一礼して次々とギルドを後にする。

 ミルエンナはハナルジャンに手をひかれ、前に二人、後ろに二人のパーティー仲間に挟まれて守られるように歩く。ナキナ領までは片道二週間の長旅だ。


 ハナルジャンはミルエンナの探し人通達文が出てユングサーブが慌ててやって来たあの日に、彼に促されてギルドのパーティー仲間にこのことを相談した。

 パーティー仲間四人で知恵を絞った結果、一番良策だと判断されたのは「ミルエンナをナキナ領に送り届け、金貨30枚を受け取ること」だった。

 探し人を見つけて登録ギルドに証明書を交付されると、その探し人は一時的に「そのパーティーの所有物扱い」となる。他のギルドのパーティーが成果を横取りする事は御法度とされており、これだけでもミルエンナの身の危険が一気に減る。ただ、証明書を発行されたからには依頼人に送り届け無ければならない。ハナルジャンはそれでこの案に猛反対した。しかし、パーティー仲間から粘り強く説得されてとうとう納得した。


「ふざけるなっ! ミーナは俺の妻だぞ。なぜナキナ領主に渡す必要がある!」


 逆上したハナルジャンを他のパーティー仲間が何とか落ち着けようと宥めるのを見て、ユングサーブは意味深な笑みを浮かべた。


「落ち着け、ハナル。確かに送り届けるが、引き渡すとは言っていない」

「何?」

「通達文をよく見ろ。『生きて見つけ出して、無事に届けた者には金貨三十枚の褒美をとらす』と書いてある。『引き渡せ』とはどこにも書いていない」


 ユングサーブの言葉にハナルジャンは目を見開いた。そんなのは完全に言い掛かりだ。普通、この通達文を見たら生きて無事に引き渡すことを求めていると行間を読んで判断するはずだ。


「本気でそんな屁理屈が通用すると思っているのか?」

「なるほどな。通用するも何も、通達文に書いてないことをする義務は我々にはない。ただ、送り届けたからには金貨30枚を受け取る権利はある。そうだな?」


 ユングサーブの案に感心したようにシナグヤーンが呟き、ニヤリと笑う。シナグヤーンは更に話を続けた。


「送り届けた時点でミルエンナは探し人ではなくなる。金貨三十枚は我々のもの。ハナルはミルエンナがお世話になった相手にご挨拶が出来る。なかなかの名案だな。まさか、幼少期にミルエンナがそんなにお世話になった相手なのに、ハナルは挨拶もしないつもりか?」

「まさか。愛妻がとても世話になったようだから、ちょうどお礼参りに行かねばならんと思っていたところだ」


 シナグヤーンに挑発されたように言われ、ハナルジャンはムッとしたように口を尖らせた。横ではミルエンナがとても心配そうにハナルジャンを見つめている。


「あんな奴にハナルがお礼する必要ないよ。酷い奴なのよ」

「ミーナは何も心配しなくても大丈夫だから。安心しろ」


 ハナルジャンはミルエンナの頬に手を添えて甘く微笑む。甘い雰囲気出してないで『お礼参り』の意味が違うって教えてやれよ! と全員が心の中でツッコんでいたのは言うまでも無い。

 

「ところで、探し人と一緒に重罪人告示があったよな? あの二人は誰だ??」


 ユングサーブが思い出したようにミルエンナに聞くと、ミルエンナは首を傾げた。


「わからないわ。多分、知らない人」

「ミーナちゃんが知らない人が、ミーナちゃんの逃亡教唆の罪で殺されるの?めちゃくちゃだな」


 ユングサーブは呆れたように息を吐き、コップのお茶を一口飲んだ。元々苦味の強いお茶だが今日はいつもにも増して苦い。


「ミルエンナを送り届けるならついでに助命嘆願もしてくるか。関係ない人間が無実の罪で二人も死んだら目覚めが悪いしな」


 シナグヤーンの提案に、全員が無言で頷いた。

 



 

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