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13 蝶は羽ばたいた

 久しぶりに熟睡したハナルジャンは翌朝、妙な感覚を覚えて目を覚ました。普段より自身の魔力を感じるし、身体も軽いし、剣士として訓練していた為に元々鋭かった感覚が、いつも以上に研ぎ澄まされていた。家の外の人間の動きまでなぜか感覚的に捉えることが出来る気がした。


 腕の中ではミルエンナが安心しきった寝顔でスヤスヤと眠っている。窓の外を見ると薄暗いので、おそらくまだ早朝だろう。ハナルジャンはまだ眠る可愛い愛妻の髪を撫でながら、今後の身の振り方について考えた。


 昨日ギルドマスターに教えられた例の通達文の内容が本当に周辺の町のギルドに貼り出されているとすれば、ミルエンナの身が危ない。探し人の本人かどうかに関わらず、あまりにも特徴が似すぎていた。

 この町を出てミルエンナの顔が割れていない他の町に行くにしても、生活費を稼ぐ必要がある。ハナルジャンはあまり無駄遣いはしないたちだが、それでも大人二人分の生活費としてはせいぜい一年分の蓄えしかない。

 自分が仕事をしている間に留守番しているミルエンナに危険が迫る可能性があるし、かと言ってミルエンナは自分の所属するような実入りの良いパーティーに同行させるにはまだレベルが低すぎる。


 どうするべきか、いくら考えてもなかなか名案は浮かんでこなかった。一番良いのは件の探し人がさっさと名乗り出てこの腕の中のミルエンナは赤の他人だと証明されることだが、どこにいるのかもわからない本人を名乗り出させることは不可能だ。ハナルジャンが悩んでいる間に、いつの間にか太陽はだいぶ高いところまで上がっていた。


「ハナル! ハナル! 居ないのか!?」


 不意に家の玄関をノックする音と自分を呼ぶ呼び声に気付き、ハナルジャンは現実世界に引き戻された。ミルエンナも物音に気付き、ぞもぞと起き出す。自分が一糸まとわぬ姿なのを見ると慌てた様子で布団にくるまった。昨夜の出来事を思い出したのか、布団の合間からちょこんと顔を出して真っ赤になってハナルジャンを見上げて恥ずかしがっていた。


 ああ、可愛いな。


 ハナルジャンはミルエンナをみて改めてそう思った。この可愛い妻を危ない目に遭わせるわけにはいかない。絶対に自分が守らなければと心に誓った。そっとキスをしてやるとミルエンナは嬉しそうにはにかんだ。


「おーい! ハナル!」


 再びドンドンと扉を叩く音とハナルジャンを呼ぶ声がする。この声はパーティー仲間のユングサーブだな、とハナルジャンは思った。ミルエンナに浴室で夜着から着替えるように目配せしてドアを開くと、息をきらせたユングサーブが飛び込んできた。


「ハナル! ミーナちゃんそっくりの特徴の娘に大金で人探し依頼が出てるらしい! どういうことだよ!!」


 入ってくるなり朝の挨拶もせずに捲し立てる友人にハナルジャンは肩をすくめて見せた。予想してたより情報が回るのが早い。あまり悠長にしてはいられないことを悟った。


「落ち着け、ユング。俺も昨日ギルドマスターから聞いてどういうことかわからんのだ。とりあえず、ミーナに心当たりが無いかは聞く。もし心当たりがあったとしても、もう俺の妻だから引き渡したりはしないがな。」

「ミーナちゃん! あれ、ミーナちゃんは?」


 ユングサーブはミルエンナが居ないことに気づき、部屋を見渡した。そして、上半身裸のハナルジャンに目を移し、驚いたように目を見開いた。


「ハナル……、それどうしたんだ?」

「それ?」

「呪紋が……」


 ユングサーブが指さした場所を見ると、いつの間にかハナルジャンの肩の辺りに蝶の刺青のような模様が入っていた。刺青にしてはやけにはっきりしているそれは、ハナルジャンの肩にとまった蝶のようにも見えた。もちろんハナルジャンは刺青を入れた覚えは無い。


「なんだこれ?」


 ハナルジャンは訝しげにそれを眺め、指で肩を擦った。しっかりと肌に刻み込まれたそれがとれることはない。


「お前、これは魔力を使った呪紋だよ! こんなもの、いつ入れられたんだよ!」

「わからん」


 眉を寄せたまま憮然とした表情のハナルジャンを見て、ユングサーブは驚いた。


「ええ!? これって契約の紋だぞ? 術者とハナルの間で何かの契約を結んだってことだよ。わからないわけないだろ?」

「だが、わからんのだ」


 眉間に皺を入れてすっとぼけた顔をしているハナルジャンの様子にユングサーブはがっくりと肩を落とした。

 呪紋をいれるのはかなりの魔力の使い手でないと出来ない。ギルドのレベルで言ったら魔導師レベルが最低でも9は必要だ。しかも、ユングサーブがかつて見た古典魔法書によると、具体的な方法は伏せられていたものの契約はお互いの血と魔方陣が必要だと書かれていた。いつ入れられたかわからないわけが無い。


 その時、奥の浴室で着替えていたミルエンナがキラキラと目を輝かせて出てきた。


「あら、ユングさんだったのね。おはようございます。ねえハナル、聞いて! 私の蝶が羽ばたいたわ。これでハナルは間違いなく私の唯一だわ!!」

「「蝶?」」


 ミルエンナの発した「蝶」と言う単語にハナルジャンとユングサーブが同時に反応した。偶然かも知れないが、ハナルジャンの呪紋も蝶だ。


「おはよう、ミーナちゃん。ところで今聞き捨てならない単語が聞こえたな。ハナルの『蝶』はもしかしてミーナちゃんが?」

「やっぱりハナルにも! 遂に私の蝶も羽ばたいたのね。ほら、見て!」


 ミルエンナは自身の服の胸元を緩めて左胸上部の痣があった場所をユングサーブに見せた。豊かな胸の膨らみが途中までさらされる。


「あっ、ばかっ!」


 ハナルジャンが慌ててミルエンナの胸元を整えなおし、ユングサーブを射殺しそうな目で睨み付けた。ユングサーブは見えそうで見えないぎりぎりの場所を突然見せられて顔を赤く染めてゴホンと咳払いをした。チラリと見えたミルエンナの胸元の左胸上部、そこには飛び立とうとする蝶の呪紋が入っていた。


 呪紋とは魔法による契約の証だ。何かの契約を結ぶ証として術者と術をかけられた者の双方に紋が入る。

 ユングサーブはミルエンナを窺い見た。ミルエンナの喜び様を見る限り彼女が術者で間違い無さそうだが、殆ど魔力のないミルエンナがどうやって入れ方すら殆ど文献に残っていない古典魔法の呪紋を入れたのかが腑に落ちなかった。

 

「ミーナちゃん、どうやってこの蝶をハナルに入れた?」

「わからないわ」

「はっ?」


 ユングサーブは呆気にとられた。呪紋を施した術者も施された人間もよくわからないうちに呪紋が完成するなど聞いたことが無い。呆れた顔をしたユングサーブを見て、ミルエンナは少し首をかしげた。


「わからないけど、わたしがやったのは確かよ。私の一族の女の人は唯一の相手を決めて結婚すると、身体の蝶が羽ばたくの。ずっと私の蝶は羽ばたかなかったのだけど、やっと羽ばたいたの。よかったわ。ハナルは私の唯一無二の大切で大好きな人だもの」


 そう言ったミルエンナは横で上着を着終えたハナルジャンを眩しそうに見上げた。目が合うとお互いに微笑み合い、ユングサーブが居るのにも関わらず完全に2人の世界に入っている。


「ごっほん。朝から仲が良いのは結構だが、色々と聞きたいことがあるから確認するぞ」


 再びユングサーブが咳払いする。ミルエンナは「あらっ」とやっとユングサーブに視線を移して、いつものようにニコリと微笑んだ。




 


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「羽ばたく蝶は契約の証」
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