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12 見習い卒業

 呆然とするハナルジャンに構うこと無く、ギルドマスターは小声で話を続けた。


 「金貨三十枚って言ったら、普通は一生かかっても稼げない額だ。ミーナちゃんが連れ去られたら大変だからうちではこの依頼は貼りださないつもりだが、おそらく周辺の町のギルドには貼り出される。賞金目当てに特徴の似ているミーナちゃんが狙われる可能性が高いってことだ。気をつけろ」


 ハナルジャンにはギルドマスターの声が現実感なく聞こえた。ミルエンナがまだハナルジャンと住み始めて間もない頃、ハナルジャンは一度だけミルエンナに痣の自慢をされたことがある。その痣は左胸の上の部分についており、滲んだ三角形を組み合わせたような形をしていた。ミルエンナはその痣を「一生に一度の大好きな人と思いが通じたら蝶になって羽ばたくのよ」と、よくわからない事を言っていた。

 女の子が胸の上部を晒すなどはしたないと叱ってからはミルエンナはそれを見せなくなったので、その痣が今どうなっているのかはわからない。しかし、痣の場所まで一致するなどと言うことが有り得るのだろうか。

 さらに、今気付いたが探し人と重罪人の2人はバナール族と書いてあった。聞いたことも無いような少数民族なのに、それもミルエンナと同じだ。

 黙り込む2人の沈黙を破ったのは聞き覚えのある明るい声だった。


「あれ、ハナルさん! 今日は早いんですね。ねえ、聞いて下さいよ!ついにミーナが見習い卒業だよ!! 今日テストを受けたの」


 顔を向ければミルエンナと同じ薬師パーティーのクレッセがにこにこ笑顔でこちらに寄って来るところだった。ミルエンナも同じく満面に笑みを浮かべて後ろに居た。


「マスター。うちら二人、見習い卒業だよ。ID直して下さーい。これ、師匠のサイン」

「あ?あぁ。ちょっと待ちな」


 陽気なクレッセの掛け声にシリアスな顔をしていたギルドマスターはとちょっと間の抜けた返事をした。慌てた様子で証明書を確認すると、いそいそとIDの更新をスタッフ女性に指示した。その待ち時間、ミルエンナはクレッセとパーティー仲間を募るチラシを見て何やらきゃっきゃっと楽しげに相談していた。


「とにかく」


 クレッセとミルエンナが離れたのを見計らって、ギルドマスターは声を潜めて話を再開した。


「金貨三十枚もの大金が賞金だ。ミーナちゃんがこの探し人の本人かそうじゃないかに関係なく、必ず狙ってくる奴が現れる。早ければ数日内に連れ去られる可能性だってある」

「……。ミーナは俺の妻だ。そんなことはさせない」

「ハナルが凄腕の剣士なのは勿論知ってるさ。でも、四六時中ミーナちゃんの傍にはいられないだろ?」

「ここだと顔が割れてるから、町を出た方が良いかもな」

「このギルドにいる間はハナルの目が離れても俺が怪しい奴がいないか目を光らせておくよ。二人とも町から出たとしても落ち着いたら戻って来いよ。いつでも歓迎するぞ」

「恩に着る」


 ハナルジャンが感謝を伝えると、ギルドマスターは浅黒い顔を皺だらけにして人の良い笑顔を見せた。


 一方、すぐに女性スタッフに呼ばれてカウンターに行ったミルエンナは、渡されたIDカードを見て感動に打ち震えていた。IDには名前や年齢などと共に様々な職種のレベルが記載されている。ミルエンナはこの4年間、メインの薬師は『レベル1』、その他の全ての職種が『レベル0』だった。

 レベルは0から10まであり、0が素人、1が見習い、2が新米と段々レベルアップし、7以上だと弟子をとることが出来るベテランレベル、10に至ってはこのギルド全体で各項目につき数人しかいない凄腕レベルになる。大抵のギルドメンバーは経験と共にレベルアップしていくが、5か6で頭打ちになることが殆どだ。

 そして、レベルによって所属出来るパーティーや受けられる仕事が違う。これまでミルエンナはメインの薬師ですら『レベル1』、その他は『レベル0』だったので、超初心者向け薬師パーティーにしか入れなかった。薬師が『レベル2』になっただけで選択の幅がかなり広がるのだ。


「見て!見て!ハナル!!ここが『レベル2』になったわ。見習い卒業なの!」


 ミルエンナは弾けるような笑顔でギルドマスターと話し込んでいたハナルジャンの所にいって自慢した。


「良かったな。今夜はお祝いにしよう」


 ハナルジャンは喜んで得意気なミルエンナを見て、目を細めて褒めてくれた。 

 その日はミルエンナが遅くて夕食は用意されていなかったので夕食はお祝いも兼ねて少しだけお洒落なレストランで済ませた。

 帰り道、ミルエンナはテストの内容や所属するパーティーを変えようと思っていることを夢中でハナルジャンに話して聞かせた。そして、帰宅後も何度もIDカードを見返しては薬師が『レベル2』になっていることを確認した。


「ねえ、ハナルのIDカードも見せて」


 ミルエンナがおねだりするとハナルジャンは鞄から自分のカードを取り出してミルエンナに渡した。


■ハナルジャン ■男 ■23歳 ■職業:剣士

■剣士 レベル9

■魔導士 レベル6

■ヒーラー レベル3

■射手 レベル5

■薬師 レベル0

■聖職者 レベル0


「なにこれ!わたしは『レベル0』ばっかりなのに!なんでハナルはこんなに色んな職種のレベルが高いの!?」


 ミルエンナは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。このIDカードの情報から判断すると、ハナルジャンは四つの職種でプロレベルと言うことだ。


「俺のパーティー仲間は全員がメイン職種で弟子をとれるレベルに達しているから、それぞれがお互いに弟子入りしてる形にしているんだ。一緒に仕事しているうちに段々とレベルアップしていくんだよ。でも、薬師と聖職者はパーティーにいないからミルエンナに負けたな」


「へへ。ハナルに勝った!」


 ハナルジャンにくっついて嬉しそうに笑うミルエンナを見つめて、ハナルジャンはそっとキスした。顔を離すとミルエンナが不安げな顔でハナルジャンを見つめていた。


「ハナル。私、一人前になったけどこれからもずっとハナルと一緒にいてもいい?」

「もちろんだ。ミーナは俺の奥さんだろ?」


 ハナルジャンが微笑むと、ミルエンナは嬉しそうにはにかんだ。


「うん、ありがとう。ハナル大好きよ」


 ミルエンナは両手をハナルジャンの大きな背中にまわして背伸びすると初めて自分からキスをした。ハナルジャンもミルエンナの後頭部に手をやるとキスを返す。段々とそれは深いものへと変わる。

 自然な流れで背中がベッドに沈み、その日の夜、ハナルジャンとミルエンナは初めて肌を重ねて心身ともに本当の夫婦となった。


 

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