11 とある通達文
その日、ハナルジャンとミルエンナはいつもように二人でギルドに一緒に行き、それぞれのパーティー仲間と合流した。ミルエンナがギルドに着いたとき、他のパーティー仲間は既に到着していてミルエンナ待ちだった。
「ごめんなさい。遅れてしまったかしら?」
「いや、まだ集合時間には早いからいいよ。皆にはもう伝えたんだが、今日は午前中は薬草摘み、午後は症状に合わせた薬の調合と使い方のテストをするよ」
ミルエンナは師匠の言葉に首をかしげた。
「テスト?」
「ああ、そうだよ。私ら2人が患者役で体の不調を言うから、それに合わせた薬を調合しておくれ」
症状に合わせた薬をちゃんとわかっているかを確認したいと言うところだろうか。ミルエンナが了承すると、2人の師匠はにっこりと微笑んだ。
「さあ、時間が無くなったら大変だからすぐに出発するよ」
師匠のナバナの呼びかけで、ミルエンナのパーティー仲間がぞろぞろと歩き始める。行き先は通い慣れたいつもの山だった。
「さあ、まずは薬の原料探しからだよ。みな散らばって薬の原料になる薬草類を探してきておくれ」
師匠はパーティーの弟子達に薬草探しを指示する。ミルエンナ達はそれぞればらばらになって薬草探しを始めた。探し物が得意なミルエンナはその日もやっぱり次々と珍しい薬草を見つけ出した。持っていた布袋があっという間にいっぱいになる。
カナヤ、ハヒニシ、ヤナタマ、ハリサ、……沢山の薬草をミルエンナは摘み取った。集合場所に戻ると、師匠が待っていた。
「お帰り。では、探してきた薬草類を仕分けておくれ」
師匠に言われてミルエンナは探してきた薬草類を袋から出してその場に広げた。それらをミルエンナは自ら仕分けてゆく。師匠はその様子をじっと見つめていた。
「よし。変な薬草は混じってないようだね。いまから全員分の薬草類を並べるから端から薬草の名前と効能を教えておくれ。一人ずつ呼ぶよ」
師匠達に言われて薬師見習いの連中は全員が少し離れた場所に待機し、一人一人呼ばれてゆく。やっと順番が回ってきたとき、ミルエンナはその全てを淀みなく正確に答えた。
「ミルエンナ。今から私が症状を言うから、使用する薬草とその調合方法、使い方を答えてみておくれ」
「はい」
「近頃、腰が痛くて堪らないんだ」
「まずはニユフオイルを使って腰のマッサージをして筋肉を凝り解して様子をみることです。駄目なら痛み止めにヤナタマの葉をお湯で煎じてコップ一杯、朝晩に飲みます。あまり酷くならないうちにヒーラーにみて貰います」
「昨日から寒気がして、鼻水が酷い。咽も灼けるようだ」
「咽にはカナヤの実の搾り汁を水で十倍に薄めてうがいします。鼻水はチキヤの葉のお茶がいいでしょう。熱があるなら、ハサラとハリサを半々で混ぜ合わせた茶葉を熱湯で煮出して飲むと、熱冷ましになります」
「そうだ。じゃあ次は……」
師匠はあらゆる種類の症状をあげてミルエンナに質問してきた。ミルエンナはそれら全てに的確に答えてゆく。最後の質問が終わった時、師匠2人は顔を見合わせて頷きあった。
「ミルエンナ、よく頑張ったね。お前はもう見習いを卒業していいだろう。私からギルドマスターに証明書を書いておくから、今日ギルドに戻ったらそれを見せてIDを書き換えて貰いなさい」
ミルエンナは師匠がこっちを見ながら言った言葉がうまく飲み込めなかった。見習い卒業?私が??
「それは、私は薬師として一人前ということですか?」
「おや、気が早いね。でもまあ一人前だね。まだ新米だから勉強を欠かしては駄目だよ」
「ありがとうございます!」
ミルエンナは感激のあまり、思わず師匠2人の片手をそれぞれ握り締めた。
一人前!!ハナルは喜んでくれるかしら?胸が高鳴るのを止められない。
その後にテストを受けたクレッセも見習い卒業と判断され、ミルエンナとクレッセは手を取り合って喜んだ。
「ミーナ、宣言通りに一緒に一人前だね!」
「ええ。クレッセと一緒で嬉しいわ!」
「じゃあこれまた宣言通り、一緒にどっかのパーティー入っちゃう?」
「そうね。今日戻ったら求人を見てみましょう」
ミルエンナはクレッセと話しているうちに、ギルドに戻るのがますます楽しみになった。
***
ハナルジャンは、その日は珍しく仕事が早く終わり、逆にテストのせいで時間が遅くなっていたミルエンナより先にギルドに戻ってきた。パーティーのリーダーであるシナグヤーンが報酬を受け取るのを待つ間、ハナルジャンはカウンター前の椅子に腰をおろした。ギルドマスターはハナルジャンを見つけると慌てたように呼び寄せた。その様子にハナルジャンは眉をひそめた。
「何かあったのか?」
「おい、ハナル。あれを見て見ろよ! 重罪人を捕らえたという報告なんだ」
「重罪人? なぜそれでそんなに興奮している?」
「いいから! とにかく読んでみろ」
ハナルジャンは興奮気に話すギルドマスターに促されて、問題の通達文を目にした。何の変哲もない、ただの通達文にしか見えない。
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【重罪人捕獲及び処刑告示】
国務大臣兼ナキナ領主の保護下にあった娘を唆し、さらに逃亡の手助けをした罪により、半年の後に下記の者を極刑に処す。助命嘆願は養女である娘本人の直訴のみ受け付ける。
・ラッシュルグ バナール族バナール村出身
・キンラメカ バナール族バナール村出身
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一通り読み終えたハナルジャンはギルドマスターに向き直った。
「ごく普通の通達文だな。まあ、ナキナ領の話がここまで来るのは珍しいと言えば珍しいが。これがどうかしたのか?」
ギルドマスターはあたりを見渡して人目が無いことを確認してから、ハナルジャンを手招きしてもっと近づくように促した。
「あの通達文はもう1枚あるんだよ。探し人の依頼だ。普段だったら仕事依頼の掲示板に貼るんだが、内容が内容だけに貼らずにハナルに知らせとこうと思ってよ」
声を潜めて説明するギルドマスターに手渡された探し人の依頼を見てハナルジャンは息を飲んだ。
「なんだこれは?」
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【探し人】
ミルエンナもしくは過去にこの名を名乗った者。
ナキナ領主の養女。バナール族。
現在の年齢十七歳前後。
栗色直毛の髪。薄い茶色の瞳。色白の肌。
左胸の上部に痣。五年程前から行方不明。
生きて見つけ出して、無事に届けた者には金貨30枚の褒美をとらす。
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「お前のところのミーナちゃんと特徴がよく似ているだろ?『ミルエンナ』自体はそんなに珍しい名前じゃないし、栗色直毛や茶色い瞳もよくある色だ。でも、ここまで特徴が一致するってことは本人なんじゃないか?たしか、ミーナちゃんは孤児だったのを拾ったんだろ?」
ギルドマスターは心配げに眉をひそめた。
ハナルジャンがミルエンナを拾った時。それは四年半前の雨の降る肌寒い日だった。そして、目の前の探し人は約五年前から行方不明だといい、名前も髪の色も瞳の色も年齢もほぼミルエンナと一致している。果たして、こんな偶然があるのだろうか?
ハナルジャンは心臓がドクンドクンと煩く鳴るを感じた。