9.5 ミーナとハナルの休日
この日、ミルエンナは食物庫を眺めて頭を悩ませていた。今日はミルエンナとハナルジャンが夫婦になって初めての休日。つまり、ミルエンナが時間をかけて料理を振る舞える初めての機会なのだ。せっかくなのだから豪華で特別なメニューにしたいと思ったのだけど、何がいいのかさっぱりアイデアが浮かばない。
うーん、うーん、と悩んでいるとハナルジャンがひょこっとミルエンナの顔を覗き込んだ。
「ミーナ、どうした?」
「あ、ハナル。今日は私がハナルの奥さんになって初めての休日でしょ?」
「そうだな」
「と言うことは、初めて私がハナルに手の込んだ手料理を振る舞える日なのよ。何がいいかしら? ハナルは何を食べたい??」
ミルエンナに真剣な顔で問いかけられて、ハナルジャンは思わず口元を綻ばせた。難しい顔をしてうんうん唸っていると思えば、相変わらず可愛らしいことを言う。
「ミーナがつくる料理はどれも美味しいから好きだよ。でも、そうだな……久しぶりに一緒に巻き揚げでも作る?」
「巻き揚げ!」
ミルエンナは目を輝かせたが、すぐにシュンとした顔になった。
「でも、それだと私の手料理って言う訳でも無いわ。半分ハナルが作ってるもの」
「夫婦一緒に作るんだからいいだろ? 嫌か??」
「ううん、いいに決まってる!」
ミルエンナは嬉しそうに微笑むとハナルジャンの胸にポスンと飛び込んだ。
巻き揚げはまず米と小麦を粉状にしてよく練り、板状に形成した包みを作る。次に季節の野菜や肉などを細かく刻んで味付けして火を通したものにとろみをつける。最後にその具材を包みで綺麗に巻き上げ、油でじっくりと揚げるのだ。
食べやすいためお祭りなどの屋台でよく販売されているが、自宅で作ろうと思うとかなりの手間暇がかかる。
ミルエンナは初めてハナルジャンとお祭りに行ったときに巻き揚げを食べて以来、この巻き揚げが大好きだ。ただ、包みをいい具合に練るにはかなりの力がいるため、いつも包みを作るのはハナルジャンの役目だった。
「時間がかかるから早速作ろうか。今日は全部一緒に作ろう」
「全部一緒に?」
「ああ。その方が夫婦の共同作業っぽいだろう?俺が捏ねるから、ミーナは水を入れて」
「そうだね!わかった」
役目を与えられたミルエンナは俄然やる気を出した。秤を使って粉の分量を量り、それに少しずつ水をたしてゆく。水が足りないと粉っぽいし、入れすぎるとベチャベチャになるので慎重に、慎重に。
「ミーナ。さすがにもうちょい入れて大丈夫だ。まだばさばさだぞ?」
「そう? でも、入れすぎたら大変でしょう??」
そうは言っても失敗したくないミルエンナは眉を寄せて少しずつ水を足した。集中し過ぎて、ハナルジャンがその様子を見ながら肩を震わせて笑っていることには気付いていない。
ようやくいい感じの柔らかさになったら力をこめて何回も揉む。これは力仕事なので今日もハナルジャンの役目だった。ご飯を作るのはいつもミルエンナの役目なので厨房に立つハナルジャンを見ることなど滅多にない。ミルエンナは白い塊と格闘するハナルジャンの姿を見て頬を緩ませた。
具材にはミルエンナが薬草と一緒に見つけた食用のキノコやお野菜、挽き肉を混ぜ込んだ。それを先ほど作った包みにくるくるっと隙間が無いように巻いて、最後に油で揚げるのだ。
「もういいかな?」
ミルエンナは熱した油にひとつまみの包みの生地を入れて浮き上がり具合を確認した。投入して沈んだ生地はすぐに泡を出しながら浮かび上がる。いい具合に油が熱くなったようだ。生の巻き揚げを熱した油に入れるとジュジューと聞いただけでよだれが出そうな音がした。
「ミーナ。油が跳ねるから下がってろ」
ハナルジャンはミルエンナを一歩下がらせて、器用に箸で巻き揚げを転がした。全体にキツネ色の焼き目が均一についてゆく。
「わあ、おいしそう!」
「まだ熱いから火傷するぞ」
出来上がった巻き揚げを摘まみ食いしそうな勢いで食い入るように見つめるミルエンナの様子に、ハナルジャンは苦笑した。小さな子どものように目をキラキラさせていて、とても嬉しそうだ。
「美味しい!」
「ああ、旨いな」
完成した巻き揚げはとっても美味しかった。口に入れると最初に包みのサクサクした食感。その後に中の具材の味がジュワッと口いっぱいに広がった。
「今までで食べた巻き揚げで一番美味しいわ」
「そりゃ、よかった」
ハナルジャンはにこにこしながら頷いた。ミルエンナは食べかけの巻き揚げを眺めた。見た目はいつもと一緒だ。でも、明らかに美味しい。いつも美味しいけど、今日は特別美味しい。
「なんでこんなに美味しいのかしら?」
「きっと二人で作ったからだよ」
「二人で作ったから? 困ったわ。今度のお休みの日は私がハナルにご馳走を作りたいのに、この巻き揚げに敵う気がしないの」
真剣に悩むミルエンナを見てハナルジャンはけらけらと笑った。
「ありがとな。でも、ミーナは毎日ご馳走を作ってくれているから休みの日は無理しなくてもいいんだぞ? ミーナが作る食事は俺にとって世界一旨い。それに、休日はまた二人で作ればいい」
「二人で?」
「食事も旨いし、楽しいだろ?」
ハナルジャンは優しい目をしてミルエンナを見つめていた。食事も美味しいし、楽しい。まさにその通りだ。
「うん!」
ミルエンナは笑顔でこくりと頷いた。
こうして、ミルエンナとハナルジャンは仲良く厨房に並んで楽しくお料理をするのが定番の休日の過ごし方になったのだった。