最後のセリフに続くのはどんな言葉?
「あー、面白かったね」
「そうだね。最後はハッピーエンドだったし」
テレビの画面にはエンドクレジットが流れている。
土曜日の夜、タカシは恋人であるサエの部屋で、彼女と一緒にレンタルした映画を見ていた。
「でもこれ、ハッピーエンドっぽいけど、実は救われてないよね」
ソファの隣に座るサエはそう言って、その根拠をぺらぺらと話し始めた。彼女はいつも、物事に対して穿った見方をする。二人で映画を見た後は、たいていこんな風に批評が止まらない。
だが彼女の話を聞いている余裕は、今日のタカシには無かった。
「サエ、ちょっといいかな?」
タカシはサエの話が落ち着くのを待って、口を開いた。話した時の彼女の反応を想像すると言い出しにくいが、仕方ない。どちらにしろ、いずれ話さなければならないのだ。
「実は、来週の一年記念日なんだけど、急な出張が入って、会えそうにないんだ。ごめん。本当にすみません」
タカシはサエに頭を下げ、平謝りに謝った。
顔をちらりと上げて無反応なサエの様子を窺うと、彼女はタカシの予想通り、憮然とした表情を浮かべたまま黙っていた。彼女は思ったことがすぐに顔に出る。
タカシが掛ける言葉に迷っていると、サエはおもむろに立ち上がって寝室に入り、扉を閉めてしまった。
どうするべきか。
サエと付き合い始めて一年。
タカシの仕事は忙しく、デートをドタキャンすることは今回に限らず何度もあって、そのたびに今日と同じようなやりとりを繰り返していた。
彼女のあんな顔を見るのはもう耐えられない。
そろそろ潮時かもしれない。
そう考えると、タカシは決心を固め、寝室のドアを開けた。
「サエ、入るよ」
サエは電気も点けずにベッドの上で膝を抱え、じっと俯いていた。柔らかな長い髪が横顔を隠し、表情は分からない。
薄暗い室内は、自分の心臓の音まではっきりと聞こえるほど静かだ。
緊張で汗ばむ手を握りしめ、タカシは切り出した。
「あのさ、サエ。俺達――」
「俺達、結婚しないか?」
「俺達、別れよう」
どちらを思い浮かべたでしょうか。
いわゆる「誤用」とされる語の中には、元々の意味とは反対の意味で使われるものがあり、それらを使うことで二通りの解釈ができるような話が作れるのではないか、という発想で書いたのがこの作品です。
「正用」とされる元々の意味で読んだ場合、鋭い見方をするサエに感心しているタカシは、しょんぼりと落ち込む彼女の様子を見て、そろそろいいタイミングだろうと思って、彼女にプロポーズする。こんなストーリーになります。
「誤用」とされる意味で読んだ場合、捻くれた見方をするサエにうんざりしているタカシは、ムスッとした表情の彼女を見て、もう終わりにしようと思って、彼女に別れを切り出すというストーリーになります。
【語の解説】
元々の意味を(1)、「誤用」を(2)とします。
・穿った見方
(1)物事の本質を捉えようと鋭い視点で見る。
(2)疑って掛かるような見方。
・平謝り
(1)ひたすらにあやまること。
(2)上辺だけで適当にあやまること。
・憮然
(1)失望してぼんやりとしているようす。
(2)怒っているようす。
・おもむろに
(1)落ち着いて、ゆっくり行動するさま。
(2)突然。
・潮時
(1)何かをするのにちょうどよい時期。
(2)ものごとの終わり。