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7 勇者は約束する

「ルカ…!?何でだ、何でそんな傷を!?」


 愕然と、勇者は一目散に駆け寄る。ラバテラに支えられながら、血に塗れたルカはそっと微笑んだ。


「いいんです、きっとこれは、私の、運命だったのでしょう。忌み子である私が、貴方と…貴方のような光と出会えた。その、代償なのです」

「馬鹿なこと言うなよ!お前は俺の友達だぞ、俺の友達はな、皆幸せに暮らしてんだよ。何でか分かるか?俺が守るからだ。俺が!俺は…俺は、勇者だぜ?」

「はい、貴方と…友達になれた私は、幸せ者ですね」

「ルカ…」


 自分に生きていた意味があるとすれば、それは勇者と出会い、話をして、彼と友達になったことだ。

 言葉に詰まる勇者から視線を外し、ルカは、ここまで己を連れてきてくれた妹に話しかける。


「ラバテラ様…私は、貴女のことを、誤解していました。貴女の立派な姉になれなかったことを、許してください…」

「それは…違う。悪いのは、私が…ルカは、私の、家族だ」

「…ありがとう…」


 ずっと彼女は自分を嫌っていると思っていた。でもそうじゃなかった。エルフ達に殺されかけた自分を救い、何とか生かそうとしてくれた彼女は、自分の家族だった。


 ルカの夜空のような瞳が、閉ざされていく。勇者とラバテラが必死で少女に呼びかける様を何も言わずに傍観していた黒髪の男だったが、不意に眉を潜め、次いではっと息を飲んだ。


「…ふざけるなよ」


 ラバテラの腕の中から、一瞬で少女が消えた。否、奪われたのだ。

 黒髪の男は、眠っているような白髪の少女を抱きしめ、喚いた。


「ふざけるな、ふざけんな、ふざけんじゃねえ…!てめえはどこまで腐ってやがるんだ、女神!!」


 その咆哮は、全土に広がったかと思わせる程に耳をつんざき、憎悪に染まっていたが、それと同時に、血を吐くような悲痛さを伴っていた。

 少女を抱えてぶるぶると震える男は、振り返るそぶりも見せずに、突然の奇行に驚く勇者とラバテラに鋭く忠告した。


「消えろ。死にたくねえなら、国を捨てろ」

「何を馬鹿な…!ルカを返せ!ルカは私の」

「お前」


 いきり立つラバテラの叫びを遮り、勇者は静かに尋ねた。


「本気か」

「それ以上口を開いてみろよ、女神の手先。消える順番が早まるぞ」

「消すのは確定かよ…おい、真龍」


 勇者はラバテラを担ぎ上げ、後ろ目で男を一瞥し、吐き捨てた。


「お前なんかにそいつは渡さない。必ず迎えに行く。だから、待ってろよ、ルカ」


 最後に優しく少女に約束すると、暴れるラバテラを連れて勇者は姿を消した。


「戯言抜かしやがって。誰がてめえのものになったってんだ」


 男は小声で罵ると、動かないルカをじっと見つめてから、ゆっくりと目を閉じた。



 エルフの女王の長子であるオリスは、女王と共に災厄の処理に追われていた。正体不明の何者かが多数のエルフを襲撃し、その命を奪った。犯人は人間という話もあるが、結界があるこの国に人間が入り込むことなど有り得ない。犯人の居場所は特定出来ず、ラバテラの行方も定かではない。幸いなのは忌み子が敬虔なるエルフ達の勇気ある行動によって死んだということだろうか。

 忙しなく被害状況を確認していると、ふと窓から差す太陽の光に陰りが生じた。

 何事かと顔を上げ、彼らはそれを目にする。

 空を覆い尽くすほどの、巨大な、真っ黒な何かを。

 その日、エルフの国は真龍に滅ぼされた。





 ラバテラは炎に包まれる故国を呆然と見届けていた。

 勇者に担がれ無理矢理逃亡させられ、ようやく降ろされたと思ったら、エルフの国が辛うじて目視出来る程度の距離にある地まで至っていた。しかも、国は破壊の渦に巻き込まれている。


「何なのだ、あの男は」


 ぼんやりと滲む視界を、そのままにしながら呟くと、勇者は低い声で答える。


「あいつは真龍。知ってるだろ?女神と肩を並べる神様だ」

「何故邪龍が、ルカを求めるのだ」

「さあな。あいつの考えてることなんか誰にも分からない。世界最凶の神だぜ、あいつは」


 勇者の目は、兜に覆われていて見えない。だが、


「それでも、ルカは返してもらう。俺の友達は皆、俺が守ってやるからな」


 きっと、国を焼く炎の如く、怒りに燃えているのだろうと、ラバテラは思った。

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