6 少女は望みを叶える
一人、一人とその姿を変えていく。
エルフは美形が多いと聞いたが、なるほど確かに、先刻から出くわすのは美男美女ばかりだ。
だから何だと言う話であるが。
無謀にも魔法で攻撃してきたエルフを返り討ちにしながらも、男は歩みを止めない。男の背後には、肉塊が転がっている。それを、気に留めることはない。
「さて、あいつは何処にいやがるかな?」
「人間は唐突に頭が狂うものなのか?私達の国が滅びるだと?世迷言を」
鼻で笑い、ラバテラは失望を込めて鎧を纏った男を見やった。
彼は、唯一曝されている口元に今までのように笑みを浮かべることもなく、返答する。
「悪いとは思ってる。俺のせいであいつをこの国に引き入れちまった。なるべく頑張るが、お前らの被害は免れない。出来るなら皆を避難させてくれ。何人かは生き残れるかもしれない」
「もういい、たくさんだ。私は先代と比べ人間に悪感情はなかった。だが、こんな妄言を吐く者ばかりならば、やはり人間とは下等な存在なのだな」
側近に勇者を放り出すよう命じる。その直前に、衛兵が飛び込んできた。
「ラバテラ様!お逃げください!化けも」
「よお、会いたかったぜ」
首が宙を舞い、ごとりと落ちた。目に見えぬ斬撃が衛兵の体を切り刻み、やがて肉体は赤黒い塊へと変化する。
「なっ」
驚愕に目を見開くラバテラと側近を意に介さず、衛兵だったものの後ろにいる背の高い男は、勇者に親しげに笑いかけた。対して、勇者は強張った声で答える。
「俺は会いたくなかった」
「そう言うなよ。これでも落ち込んでるんだぜ。取り逃がしたのはてめえが初めてだったんでな」
「へえ、光栄だな。じゃあ二回目も許してくれよ」
「そういう訳にはいかねえよ。別に俺は誇りなんざ持ち合わせちゃいねえが、虚仮にされるのは我慢ならねえ」
「それが誇りじゃないなら何だってんだよ」
「さあな。どうでもいいことだ」
あっさりと返す男は、長い黒髪を後ろで束ね、浮浪者のようなボロを身に付けながら、装いに似合わぬ秀麗な長剣を手にしていた。ただの人間にしか見えないが、そうでないことは衛兵が身を以て証明している。
では先程言っていたことは真なのか、とラバテラは衝撃に身を震わせ、側近と共にその場を逃れた。次期女王たる己には、国民を守る義務がある。ラバテラは国民が嫌いだが、死んでほしいなどとは一片も思っていなかった。
それを見送り勇者は、動かない男をからかうように言う。
「逃がすなんてお優しいこって」
「殺して欲しかったのか?それなら追いかけても構わねえぜ」
「ご冗談。これからあいつらは美しい姉妹愛を取り戻すんだよ。邪魔すんな」
「愛、か。てめえにそれが理解出来るとは思えねえんだがな、勇者」
切れ長の黒い目を細めて、男は剣先で勇者を示す。勇者はそれを受け、口元を歪める。
しばらく睨み合い、男は剣を下げて告げる。
「どんな体験をしても、どれだけ人を真似しても、てめえは勇者だ。女神に選ばれたてめえが、愛だの恋だの騒げる存在だったら俺はもう少し楽だったろうぜ」
勇者は乾いた笑い声を上げ、ひとしきり続けてから腰に手を当て身を乗り出す。
「人を怪物みたいに言わないでくれない?お前の方がよっぽど危ない奴だよ。何を目的としてるのかは知らないが、罪のない奴らを巻き込むなよ」
「てめえに心配される筋合いはねえよ。というか、てめえが消えてくれるなら俺の心配の種も一つ消えるんだがな」
「やーだ、お断り。黙って殺されてなんてあげませーん」
せせら笑い、勇者は柄に手をかけ、
「…勇者、様」
男の背後から響いてきた震え声に、固まった。
ルカが王宮に辿り着くまでの道のりは、あまりにも無情なものだった。
死体と認識出来ないような死体が、そこら中に横たわり、ルカと同じように後からこの場にやって来たエルフ達は彼らを目にして、醜悪さに吐き、友を、家族を失った悲しみに泣き、恐ろしくて肉塊を抱きしめることも出来ずに項垂れていた。
ルカは、もうどうにもならないと分かっていながらも、それでも、彼らに回復魔法をかけようと膝を折り、突き飛ばされた。
頭巾も手袋もしていないルカを、忌み子と理解しない者はいなかった。エルフ達は、呪われた子が大切な人の亡骸に触れることを許さず、お前のような忌み子がいるからこんなことになったのだ、彼らを殺した邪悪はお前が招いたのだと決めつけた。
凍り付いた少女に、エルフ達は石を投げた。女神の裁きあれと叫んだ。死をもって償えと詰め寄った。少女を殴り、蹴り、刺し、残虐な暴力を振るった。
完全に動かなくなった少女を、火にくべようとエルフ達が決めたところで、ラバテラが到着した。
脅威から逃げるどころかありもしない責任を一人の少女に背負わせようとする彼らに激昂し、ラバテラは強引にルカを救出すると、必死で回復魔法の使い手を探した。ラバテラが得意とする魔法は敵を打ち倒すものに特化していた。回復魔法を使える、王宮で働いていた顔馴染みの男は、既にあの黒髪の男に殺されていた。
側近とも別行動で、懸命に駆け回るラバテラを止めたのは、他でもないルカだった。
もう自分は死んでしまう。その前にせめて、勇者に会いたいと、掠れた声で懇願した。
そうして、ラバテラは王宮へと戻り、ルカを抱えながら、勇者の前に現れた。
ルカの望みは、この時初めて叶った。
「ああ…無事で、良かった。勇者様…」
ルカは、心の底から安堵して、笑った。




