5 少女は走り出す
勇者が消えてしまった。
一週間、たった一週間、そこにいただけなのに。一人でいた時間よりも、圧倒的に短いのに。
彼がいない小屋の中は、とても暗くて、ひどく寂しかった。
外を見回っても、川を渡っても、どこにも彼はいなかった。小屋の前でルカは一人蹲る。
どうして何も言わずに消えてしまったのか。旅立つのならどうして教えてくれなかったのか。
どうして?
決まっている。
「私が…呪われているから」
それしかない。ルカは忌み子だ。存在を許されない少女だ。だから、
「勇者様を、助けなければ」
あの男が、ルカを苦しめるような人間でないのは、この一週間で分かっている。あの態度が演技で、ルカを騙しているということもない。忌み子に干渉するなどと無益な行動を好き好んでする者はいないのだ。
おそらく勇者は、ラバテラの部下に連れていかれたのだろう。忌み子である、疎ましい姉を、ラバテラは憎んでいる。たまにルカを王宮に呼び出しては、からかい罵って反応を楽しむ。この国でルカの様子を監視し、勇者の存在を突き止めるとすれば、彼女しかいなかった。
彼女を説得する。出来る出来ないを考えている暇はない。ラバテラが女王に勇者を突き出せば、人間嫌いな女王は確実に勇者の命を奪うだろう。
勇者を、死なせたくない。
守りたい。
初めて抱いた感情を胸に、ルカは王宮へと走り出す。
一方勇者はというと。
「そうそう!あいつほんっと可愛いんだよ!何つーかおくゆかしいっつーか、確かに自分を過小評価し過ぎなとこはあるけどそこはまあ俺が何とかしてやるって感じ?」
「ふっ、人間にしてはなかなか分かっているではないか、貴様」
「あ、あと欠点とすると胸の大き」
「ぶっ殺すぞ貴様」
「ごめんなさい」
王宮の一室にて、長い緑の髪を持つ少女、ラバテラと意気投合していた。
「にしても意外だったなー、お前ルカのこと好きなのな。ルカは家族なんかいないって言ってたぜ?」
「私達がルカにしたことを鑑みれば、当然のことだ。女王はルカを自らの子ではないと断じ、兄はルカを憎悪した」
「それにお前も、素直になれなくてずーっと意地悪しちゃった?」
「…そういうことだ」
苦々しげに肯定し、ラバテラは過去を思い返す。
一つ年上の姉が、裏切り者と容姿が同じだけで何故そこまで差別されるのかが、最初から不思議でならなかった。しかし誰に問うてもルカは呪われた子で、次期女王は貴女様なのだと答えるばかりだった。
ルカ本人も、彼らに毒され自分を忌み子と思い込んでいた。
まだ七歳の少女が、たった一人での生活を強いられる。その異常さを、ラバテラと彼女の側近以外は認めなかった。正常であると言い張った。そして彼女の存在を限りなく薄めた。ルカもそれを是と受け入れた。
ラバテラはただ、嫌だった。ルカを追い詰めた王族も、ルカに怯える国民も、ルカの妄執を取り除けずその苛立ちを彼女にぶつけてしまう自分自身も、嫌いだった。
そんな中、側近からルカが人間を家に連れ込んでいると報告が入った。
ラバテラは怒り狂い、ルカを弄ぶ人間許すまじと、彼女の家に侵入して眠りこけていた勇者を袋につめ拐かし、自室で拷問を実施したのである。
ただし、勇者は拷問には屈せず、朝食で口を割ったのだが。
「良かったなぁ、ルカ。妹はただの姉好きだったよ。仲直りは近いな」
「う…しかし、私はこれまでルカに散々悪態をついてきたのだ。そう簡単にいくとは思えん」
「心配すんな!俺が誤解を解くのを手伝って…」
ふと、勇者は口を閉ざした。
「どうかしたか、人間」
「…ああ。いや、何て言うべきかな」
勇者はこれまでの楽観的な言動が嘘のように、冷静に告げた。
「この国、今日で滅びることになった」




