4 少女は求める
「てことは…」
深刻そうな声にルカは目を伏せる。ようやくこのおかしな男にもルカの異常性が伝わったらしい。
「女王から生まれたってまさかお前、お姫様!?どうりで可愛い訳だよ。姫って生き物は可愛くないと詐欺だもんな。昔よぉ、ある国を救った時に褒美として我が娘を進ぜよう!って王に言われたんだけどその娘が王そっくりのオークみたいな奴でさぁ、でも性格めっちゃ良くて姫のくせに料理もうめえし親しみやすいしでうっかり惚れそうになっちゃって。このままじゃ俺骨抜きにされちゃう!ってんで逃げたことあるんだよ。あいつ程姫らしくない姫はいなかったぜ…てっきり気位が空にまで達してるような美女が出てくるかと期待して」
「貴方は本当に、何の話をしていらっしゃるのですか!?」
「ああメンゴ、軸ズレちった」
陽気に笑い、勇者は首をひねり「えーと何を言いたかったんだっけ」とぼやいてからポンと手を打った。
「そうそう、家族の話だったな。お前には家族がいないのか」
「…ええ、そうです。この血は彼等と繋がっているでしょう。この肉体は女王陛下から頂いたものでしょう。ですが、中身は異なります。悪魔の化身たる私には、家族は存在しないのです」
「へー、まあいいんじゃね。家族なんざ俺もいねえし友達がいりゃ十分よ。やっぱり俺とおそろいだな!」
「友達なんて、いません」
「何言ってんの、いるじゃん」
「どちらにですか。この国で私を疎ましく思わない者など」
「俺」
あっさりと言ってのけた勇者に、ルカは声を発せられない。
たかだか一晩泊めてやっただけの関係だ。確かに言葉はたくさん交わした。今までこんなにルカと向き合って会話してくれた者はいない。だが、
「私は忌み子です」
受け入れることは出来ない。
「勇者と名乗る方ならば、私の害悪性も察せられるのではないですか」
これまでそうしてきたように、淡々と続ける。
「私に関わる者には、災厄が」
「ねえねえ、これって何に使うの?あっ分かった、洗濯板!?」
「聞いてください!」
勝手に室内を動き回り見物する勇者に憤慨し、怒鳴る。すると勇者はくるりと振り返り、口元に弧を描いた。
「怒った顔も可愛い、流石は俺の友達だな!」
ルカはがくりと肩を落とし、どうにか疑問を口にだす。
「…それは、関係あるのですか…?」
「何言ってんの大ありだよ!俺の友達で笑顔が素敵じゃねえ奴はいないからな!」
話が通じない。ちょくちょく自分の過去を織り交ぜて茶化してくる。よく分からない理論を展開する。
そんな奇妙な男などさっさと女王に差し出してしまえば良かったのに。
ルカは、彼を匿うことにした。
彼のことを、もっと知りたいと願ってしまった少女は、傲慢以外の何物でもなかった。
勇者を家に隠し、一週間が経とうとしていた。
勇者は、ルカの手伝いをしたり働いたりなどとは一切しようとしなかったが、毎日ルカに話を聞かせてくれた。
「俺が一番怖かったのは目覚めたらすぐそこにおっさんが寝てたことだね。とうとう俺も汚されちまったかと覚悟を決めたら、単に酒場で酔いつぶれた俺を同じく酔っ払ってたおっさんが親切にも家に招待してくれただけだった。まあ、それをお持ち帰りって言う奴もいるんだけどな!」
「勇者様、汚される…?とはどういった意味なのでしょう?」
「やめて、その純粋な目で見るのやめて。そうか、そうだよなお前まだ子供だもんな…。あと十年早かったなこの話は。つーかエグいもんネタにしちゃったよどうしよう」
「子供ではありません!これでも図書館で色々と学んでいます。お持ち帰りはドロドロした関係にするのにぴったりだって書いてありました」
「どんな本読んでんのお前!?」
他にも、村の青年と賭け事をして全財産持っていかれた話、都会の女は恋人の浮気を許さず刃物で追いかける習性があり、修羅場に巻き込まれた話、大蛇を退治した話など、冒険譚もあるにはあったが、ほとんどは失笑してしまうくだらない物語だった。
彼と話していると、自分が忌み子であることを忘れそうになった。
彼と話していると、自然と笑みが溢れるようになった。
ずっとこんな日が続けばいいのに。
愚かにも、そう思ってしまった。
ルカの望みが叶ったことなど、これまで一度もないというのに。
「…勇者様?」
朝日に照らされて、空っぽの寝床が姿を浮かび上がらせる。
いつも、ルカより遅く起床し、有り難く朝食を受け取って幸せそうに食らう勇者は、もうどこにもいなかった。




