3 少女は理解する
「そういや、お前の名前は何て言うんだ?」
「...ル...ルカと、申します」
「ルカか、よろしくな!で、忌み子って何?」
「...有り得ない」
ルカは勇者の問いには答えず、呟いた。
結界は初代女王が己の魔力全てを用いて張ったものであり、歴代の女王が守護してきたものであり、決して破れることはない。
であるというのに、この男は、エルフではない、外部の者だと言うのだ。
加えて、自分はこの男を回復させてしまった。
本来であれば、弱った所を捕らえ、女王の元へ突き出すべきなのに。
何という愚行を働いてしまったのだろうか。
「おーい、ルカー?」
「...貴方を、女王陛下の元へ連れていきます」
「え?何で?」
きょとん、とした様子の勇者に、にべもなく告げる。
「エルフではない貴方を、ここに置いておく訳にはいきません」
「き、厳しい...優しい面もあれば厳しくもする、やっぱお前モテんだろ!くぅっ羨ましい!」
「...羨ましい?そんなことを言われたのは初めてですが」
「そーなん?でも魔法を使えて家事も出来て驚いた顔が可愛い美少年とか、俺が女だったらほっとかないね!」
ルカは、この男は何を言っているのだろう、と切に思った。
「...私は、男ではありません」
「...えっ?またまたー。いくら可愛い顔して声も高いからって、俺の目は誤魔化せないぞ!だってそんな短い髪に絶壁...え、いや、嘘だろ?嘘だよな?嘘だと言ってくれ!」
「...絶壁...」
ルカは思わず、ぺたんとしている胸部に触れる。
髪を短くしているのは少しでも忌むべき元凶をなくす為だが、そちらの方は天然のものである。
「...嘘、だろ...?うわ俺、とんでもねえことしてんじゃねえかよ...女の子のベッドに寝転んで、そこで一夜を...うわああああごめんなさい!!」
今にも地に頭をつけそうな勇者を見下ろし、ルカは何よりも先に、戸惑いを感じる。
ルカはこの国では最底辺の存在だ。そんなルカに、謝罪する者など、いなかった。
だから、謝られた時に何と返せばいいのか、分からなかった。
「あ、それとさ...今思い出したんだけど、エルフって確か他の種族とか嫌ってたよな?その女王に突き出されるのって、つまり俺捕まるってことだよな?」
「...そう、ですね」
「あー、それは勘弁してほしいな...なあルカ、お前、忌み子ってことは、嫌われてんだよな?人間の俺と忌み子のお前、嫌われ者同士、仲良くしようぜ!な!俺と仲良くなって損はねえぞ!」
ルカは、何と答えればいいのか分からずに、僅かに後ずさった。
「そう警戒すんなって。思い出話でもしようぜ。そう...あれは四日前のことだった。俺は、しばらく前から世界中をのんびり旅してんだけどさ、旅は色々なことがあった。あ、この鎧呪われててさ、外せないの。不便だよな。あれ、何だっけ、えっとー、あ、そうそう。俺実は、四日前に真龍に出くわしたのよ。びびったなんてもんじゃない。死を覚悟したね。お前に治してもらった怪我は、真龍から逃走する時に出来たんだ。で、真龍についてだが、あいつには絶対関わるな。女神と同じ神様だけど、完全に狂ってる。まあエルフのお前が真龍と会うなんて有り得ないけどさ。用心はしとけよ?いや神様が天界からこの世に降りてくるなんて普通ないけど、あいつは規格外だから。何するか分かんないから。何でも、千年くらい前から人の姿に化けてこの世をさ迷ってるらしい。怖いよなあ。さて、俺の話終わり!次お前な!」
ぺらぺら長ったらしく語っていた勇者は、びしっとルカを指差した。突然の行動にルカはびくりと体を震わせる。
「お前のことを教えてくれ!お前が今まで何をしてきたのか、どんな奴かってこと!」
「わ、私は...語る、程のものではありません。私は、何も...何も、してきませんでした。ただ、生きていただけです」
「そんな寂しいこと言うなよぉ、お前にも家族はいるだろ?旅行中なのか知らねえけど、きっと家族はお前のこと好きだって」
「私に家族などいません!」
突然大声で遮ったルカに、勇者は驚きの眼差しを送った。
「...ルカ?」
「...私は、女王陛下の母胎を借りて生まれた悪魔です。忌み子です。呪われた子です。その私に、家族なんて、いる訳がないでしょう?」
少女は、小さく嗤った。




