10 少女は再会する
真龍を名乗るユウの屋敷で目覚めてより五日、リアは体の調子を整えることに専念していた。どうやら随分長いこと眠っていたらしく少し走るだけでも息が上がってしまい、ユウに絶対安静を指示されたため、申し訳ないが少しだけ屋敷に滞在して、体力を取り戻すことにしたのだ。
ただ、屋敷というよりは城と言っても良い、見上げる程の建物であるにもかかわらず、いるのはユウとリアの二人だけだった。誰かを雇って掃除や炊事をさせたことはないのか、と尋ねると、無駄と端的に返された。ユウはそういったことには無頓着らしい。
ならば、怪我の治療及び屋敷に置いてもらっていることへのせめてもの礼にと、料理を作るのはどうだろうかと企み、気分転換に町に買い物に行きたいと頼み許可を得た。屋敷は荒地のど真ん中にあり、一番近い町でもだいぶ距離があるらしい。朝早くに出発はしたが陽が落ちるまでには帰りたいものだ。
ユウは用事があるそうで一緒には行けないと言われたが、むしろ好都合である。リアも子供ではない。買い物くらい一人で出来る。
草木が点々と生えている、整備のされていない道を黙々と地図に従い進む。手提げ袋にはユウから支給された財布と水筒、小型の羅針盤が仕舞い込まれており、彼の気遣いには頭が下がる。
この計画が成功したら、自分はほぼ健康体であるという証にもなるだろう。そうすればもうユウに迷惑をかけることもなくなる。
歩きながら、リアは彼から与えられた己に関する情報を再確認する。
怪我をして倒れていたリアを、偶然通りがかったユウが救助し、屋敷に運び込んだ。どこでリアを発見したのかは、急いでいて覚えていないとのことだ。治療を終えて寝かせておいたら、やがて無事に目は覚めたが記憶を失っていた。
「私は、誰なのでしょう」
答えの出ない問いをそっと口に出す。外見からして年齢は十代だろう。体を試す内に魔法を扱えるということも分かった。それらを統合すると、魔法使いの家系に生まれた娘が実戦でどじを踏んで怪我を負った、といったところだろうか。
「家族はいるのでしょうか…」
よもや真龍に娘が助けられたとは思っていないだろう。生存を諦めているかもしれない、だがもし今もリアを探しているのなら、自分は生きているのだと早く知らせてやりたい。
「少しでも、思い出さなければ」
記憶が戻れば、解決することが多くある。ユウは焦らなくていいと言ってくれたが、一刻も早く記憶を取り戻したい。
決意を固め、リアは町への距離を確実に詰めていく。
「…これは…」
見渡す限り、町はなかった。
地図によると、もうここは町の中心に近いはずだ。ユウの話によると、この大きな町には人々の喧騒が満ち、珍しいものを売る露店が所狭しと並び、勇敢な冒険者たちの集会所が控えているはず。なのに、ない。
あるのは、瓦礫の山と、潰れた赤黒いシミだけだった。
「これ、は…」
においがする。
命が奪われたにおいが。
そして自分は、それを嗅いだことがあった。
「…うっ」
頭が痛い。一体過去に自分は何を体験したのか、思い出したくない。思い出したら、何かが壊れてしまう気がする。
リアは体を反転させ、来た道を戻り始めた。
もうこれ以上、この場所に居たくなかった。
一刻も早く、ユウに会いたかった。彼は無愛想だが、リアを労ってくれるし、邪険にしないでくれるし、何より、生きている。彼に会って、見たものを話して、それから一緒にご飯を食べよう。買い物は出来なかったためこれまで通り素材本来の味を楽しむことになるが、構わない。食卓を囲むのがどれほどの幸福なのか、自分は知っている。
一人で食べるものには味があんまりないことを、自分は知っている。
誰かと会話するのがどれだけ楽しいことなのか、自分は知っている。
だからこそ、自分にとって、彼は救いだったのだ。
「ユウ、さん?」
黒髪の男は、屋敷の前で膝をついていた。
遠目からでも、彼の消耗がわかった。真龍である彼が、何故、一人の人間に追い詰められているのか。
対峙する雪のような白髪の男は、剣をユウの喉元に突きつけ、振り上げる。
「やめて!」
思わず叫び、届かないと理解していながらも、ユウの元に駆ける。
瞬間、視界がぐるりと一回転し、気付いた時にはリアは男の腕の中にいた。
「ようやく会えたな…ルカ」
白髪の男は、金髪の少女に陶酔したように笑いかけた。




