001 初めてのMMO ~1
今日は一時間後にも投稿します。
◇◇◇◇◇◇
無道迷焦はぼんやりと澄み渡る空を眺める。
それ自体に意味はない。
無道は周りからなんと言われようがこれを変えようとは思わない。
目を閉じれば1人の少女の姿が浮かんでくるからだ。
銀髪にエメラルドの瞳。妖精のように綺麗な少女は大樹の根元に座り、こちらに微笑んでいる光景。
三年前に初めて見えたそれは運命だった。
それから無道は一日たりともその少女の事を忘れてはいない。
だが、探す手立てが無いだけにただ思う事しか出来ないでいるのだ。
だからその少女の事を心の片隅にしまい、平穏に過ごしたいと願っている無道。
だが、現実はそう甘くない。
「無道は今日のカラオケというなの合コンに行く? というか求む、クールガイ」
黄昏少年こと無道にそう話しかけるのはクラスのムードメーカー星野大和率いる上位カースト軍。
そして、無道はなぜかそこでクール&奴らのストッバー担当であった。
無道はチャラついた彼らに合わせようとはせず、一歩距離のある言い方をとる。
「どうせいつもの引き立て役だろ」
「と、どこか遠い何かを見つめる謎キャラというカード。つーか無道、女に感心無さ過ぎ。少しくらい遊ぼうぜ」
無道の無愛想は彼らには周知のことであり、それを気にしている風でも無い。
自分らしくいられる場所がある。
表情には出さないが、無道はそんな彼らとの交流を楽しんでいるのだ。
ただ、趣味があうかと言えばまたべつであるのだが。
「そうだけどさぁ。なんかときめかないっていうか。そう言うのに冷めてると言うか。だいたい僕がキャラに合わないことくらいわかってるだろ」
「中学の修学旅行の時、木刀手にして騒いでたのは誰かな? 殺人鬼を返り討ちにしちゃうもんなー、後からそいつが剣道の名人だとわかったときは正直驚きだぜ」
「......マジでそれ記憶に無いんだけど」
「とにかくいいだろ。顔だけはいいんだからさ」
「来て欲しいの? 虐めたいだけなの?」
「すねんなよ~飯奢るからさ、な」
と、どうでもいいやり取りの末、許可する無道。
彼からしてみれば合コンなどという金を払ってまで女を探すことが理解出来ない。
なにせ、この集団は皆、顔の偏差値が高い。
女なんて普通に寄ってるだろと愚痴りたくなる無道。
彼の場合はもう少し青春を桜花した方がいいかもしれない。
それから少年たちの話題が切り替わっていく。
「でさあ、夢の中でやるゲームなんだけどまじでリアルなの! バトルも熱いし、MMO初めてだけどこりゃすげえよ」
「なのに非公式ってのがまたいいよな」
彼らの話しているのは最近話題の夢界。
正式名クリエイト・オブ・ハルシオンと呼ばれる睡眠中で出来るMMOである。
非公式ながらその知名度は大きく、無料な事が驚きであった。
個人情報が流用されるとか懸念されたものの事例は無し。なんでも、まだテスト段階なのだとか。
ともかく、小説で見かけるファンタジーな世界で手軽に遊べると爆発的に知名度を集めていた。
しかし、無道はその話題には関わらなかった。
再び机に突っ伏す。
雨期が始まる前の春の微睡みを味わおうとベストスタイルを貫く。
無道は彼らが夢界の話題をすると必ずこうする。
そのまま休み時間を終えようと意識を周りだけに向ける。
すると、頭の上から声がかかる。
さっきの上位カースト軍では無い。
真面目を思わせる、それでいて活発な声音。
「無道、ちょっとついて来てくれる?」
顔を上げた無道の視線の先にいたのは黒ポニでうっすらと焼けた健康そうな褐色、きりっとしているが人の良さそうな瞳。
活発な印象を律儀に校風を守っている制服がより強調する。
無道のクラスの委員長である少女だ。
同じクラスにいるのなら知らない事はほぼない、それこそ一度会えば別の学年だろうと彼女の存在を覚える。
そんな良い意味で印象強い少女。
なのに、
「どちら様?」
無道は首を傾げ、本当に知らないといった様子を見せる。
いつもは笑顔を絶やさぬその少女も、今度ばかりはそうはいかなかった。
「はああッ? えっ、知らないの? 同じクラスなのに! 委員長なのにッ!」
「知らないし興味無い」
あくまで素っ気ない無道に変わり、後ろから星野が助太刀する。
「無道は気を許した奴意外覚えねえよ。一時間しないうちに忘れるから気をつけろよ」
「嘘でしょッ! これ自己紹介必要? うちは涼波彩夏。ちょっとこっちに来て貰えるかな? あなたと話がしたいって言う人がいるんだけど」
「ヒューヒュー愛の告白かい?」
「星野、多分違うと思う。そして、涼波さん怒ってるからやめてあげて。えーと涼波さん、話って?」
「多分夢界の勧誘?」
涼波が言うと無道はため息をつき、星野は地雷踏んだとでもいいたげな顔をさる。
「あー無道はそうゆうの興味ねえよ。つーか嫌悪してる感すらある」
「え、そうなの? とにかくうちのバーサーカー生徒会長と話だけしてあげて」
「バーサーカー?」
無道は首を傾げるが、その意味をすぐ知る事となった。
「まさかの無道と?!」
「俺狙ってたのになぁ」
「よ、熱いねえ」とかとあらぬ言葉の雨を潜り、不機嫌になった涼波に紹介されたのは豎宮辰也と呼ばれる長身眼鏡の生徒会長。
ややイケメンな辰也は涼波の幼なじみなのだそうだ。
そして、無道は開始そうそう質問攻めを食らうのだった。
しかも、たちが悪いのは夢界について、辰也という少年はあたかも無道がやっている口調で話すのだ。
(第一位ってなんだよ。質問多いし、無駄にテンション高いなこいつ。つか、知らねえ)
極めつけに夢界の、自分たちのチームに入って大きな大会に出場して欲しいと来たものだ。
優勝して賞金がっぽがっぽなのだとか。
熱意はあるが馬鹿らしいと無道は早々とお断りする。
第一素人の自分では足手まといだからと。
自分を必要としてくれる事は素直に嬉しいが、無道は夢界についてあまり関わりたくなかった。
理由は無道にもわからない。
ただ、その話を聞くと胸の内がざわつく。
どうしようもなく切なくなっしてしまうのだ。
ぽっかり空いた穴をくすぶられるよう。
そして、その次の空き時間から毎度のこと辰也は無道に勧誘してくるのだった。
だが、それも次の日の同じ昼頃には終わる。
旧校舎の屋上から飛び降りようとした男子生徒を助けるべく二階から空中キャッチへと向かう無道。
それをなぜか四階から落ちてきた涼波を助ける事で偶然にも辰也に恩を着せたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「その、ありがとう。無道がいなかったら多分うちは死んでた。お礼というかなんというか、これよかったら」
助けた涼波にそう渡されたのは夢界に自身を接続させる機械だった。
無理にとは言わないからやりたくなったらと。
無道は完璧に断ったが、彼らにも理由があって、大きな大会に出ようとした。
それがどれほど大切なのかを無道は知らないが、重要であることはわかる。
その誘いを蹴った無道に対し、こうした配慮が出来る涼波はいい人なのだろう。
「ごめんな、涼波」
無道はせめてものと謝りの言葉を添える。
すると、涼波は驚き、そして、微笑んだ。
「うちの事やっと憶えてくれたんだ。ありがとう、ね」
少し切なげに笑ったその顔を見て無道は罪悪感を覚えてしまっていた。
無道は他人との間に一歩距離を作る。
涼波はもちろん、辰也も癖はあるがいい奴だと無道は解釈している。
少なくとも常識は持っている。
ならなぜか。
それは無道の秘密二つ目が原因であった。
下校時、三年の男子生徒3人に無道は校舎裏へと呼び出され、そして囲まれた。
不良要素は少ないが、だから余計たちの悪い連中。
と、リーダー格であろう態度のでかい男が前に出る。
「てめーなに人が目を付けた女といちゃいちゃしてるわけ?」
どうやら涼波の事らしい。
無道が涼波と話しているところを抽象的にとってしまったらしい。
が、なぜ無道なのか?
涼波なら基本誰とでも話すし、つーかお前ら三年の癖にどっから情報得た?
が、しかし無道の頭の中にある光景が蘇る。
それは涼波とで周りがはやし立てた事。
多分それが広まったのではないか。
有らぬ冤罪をかけられた無道はもはやため息しか出ない。
「なんというか、散々ってごはぁっ?!」
無道は腹がめり込む程の一撃を受けていた。
部活にも入っていないが日頃から鍛えられた肉体のおかげでダメージは低い。
が、その場に膝をついてしまう。
殴り返したい衝動に駆られるが、そんな事をすればこの場に味方のいない無道が翌日先生からの呼び出し、悪ければ停学を受けるかもしれない。
だから堪える。
そして、それを良いことに3人は調子に乗り始める。
「何1人で現実逃避してんだよ。いつも群れて女引っ掛ける事しかしてねえ癖に。お前らは所詮1人じゃ何も出来ねえんだよ」
「つーかこいつ、いつも黄昏てんだぜ、だっさ。周りの奴らも同じじゃん」
リーダーの男を始めとして3人が無道を、そして、友達の星野たちをも馬鹿にする。
その悪臭きわまる笑いは価値観その物をを否定しているように無道は思える。
この場で群れているのはあいつらの方だ。
それに奴らだって女に媚びているんだろ。
ならば同じでは無いか。
いや、他人を落とそうとするあいつらはそれ以下だ。
「......ざけんな」
「あっ? なんか言ったか? 言ったよな口答えしたよな先輩に対して。こりゃお仕置き必要かなぁ」
「あいつらの何をわかるっていうんだよてめえらは」
こみ上げる憤りを押さえきる事が出来ず、無道はリーダー格の男子生徒を呪い殺す勢いで睨みつける。
それだけに止まらず、無道はリーダー格の男の顔面に拳を運ぶ。
男たちの動きとは比べようも無い速さを秘めた拳。
だがそれは、寸止めとなっていた。
(駄目だ。殴ったら絶対血が出る。悪ければ死んじまうんだぞ。そんなの駄目だ)
殴る事の出来なかった無道に容赦なく蹴りを入れる男子生徒たち。
壁に背中を打ち、3人のゲスイ笑い声を俯いた無道はまま耐え聞いた。
「脅かすんじゃねえよ。雑魚が。お前なんてどうせ何も守れないんだからな」
耐え聞いている。
けども、無道の神経の糸が今にも切れそうだった。
だけれども無道は血を見るのが駄目だ。
人が死ぬ事を想像してしまうから。
でも、このままだと無道は殴られ、3人の男子生徒はますます調子に乗り始め、あまつは友達にも手を出すであろう。
そんなのは駄目だ。
そんな矛盾した考えが無道の思考を駆け巡り、
そして、
そして......
『なら、僕がやってやるよ』
プチンっ、
切れた糸のように無道の顔からは怒りが消え、すっと立ち上がった。
無道は笑っていた。
それも血に飢えた獣のように獰猛な笑みを。
それを見て3人は互いの顔を見交わした後、ゲラゲラと笑う。
「とうとう本気モードってか! お前中二病だったのっごぶちゅえっ?!」
そんなリーダー格の男は最後まで言い終えること無く抜け落ちた歯と共に数メートルまで飛ばされた。
否、無道が殴り飛ばしたのだ。
頬には痛いくらいの青あざが、それはもう綺麗に拳を形どっている。
折れた鼻からは血が垂れ流れていく。
残る二人の動揺を嘲笑いながら、無道は腕を伸ばしていく。
「気持ちわりい笑み浮かべてんじゃねえよ、不良もどきが。どっちが上かもわかんねえひよっこが喧嘩の真似事とか吐き気がすんだよ」
明らかに口調が変わっていた。
そして、男子生徒から流れる血に怖じ気つく様子も無い。
別人と化した無道に、残る2人の男子生徒はまだ事を理解出来ていない様子。
恐怖と笑みを混ぜ合わせた顔のまま芝居がかったセリフを吐く。
「あーあとうとう化けの皮が剥がれたぞ。無道は実は不良で喧嘩っぱやい、気にくわなければ暴力を振るう奴だったとはな。クハハ」
「こりゃ皆に知らせないとな。こいつの社会的地位もここで終わ」
最後まで喋らせなかった。
「足りねーんだよ、その程度じゃ」
そして、別人のような無道は笑う。
樹木にべっとりと塗られた血と、その下に男子生徒1人の頭がある。
まだ死んでいないし、気を失ってもいない。
最初のリーダー格に関してもだ。
そして、その理由は明確だ。
「もうちょっと楽しませろよな。大丈夫大丈夫、記憶には残んねえから。最近向こうでゲットした記憶消去薬? あれを試して見たいし。な、いいだろ?」
それから、
それから......
無道迷焦は校舎裏にいた。
日当たりが悪く木々が多い場所で無道は立ちすくんでいた。
「あれ、僕はなんでここに?」
無道は知らない。
ここは数分前に三年の男子生徒3人にリンチにあい、そして血だらけになった彼らの場所だったことを。
無道には2つの秘密がある。
一つは時折記憶が無い事があるのだ。
例を上げるなら中学の修学旅行。
旅館に現れた強盗を木刀で返り討ちにしてしまった事。
それをとうの無道本人は覚えていない。
知らない自分を周りに語られると無道はどうしようも無く違和感を覚えてしまう。
それが無道が他人と距離を一歩置く理由だった。
◇◇◇◇◇◇
とある家庭の夕飯。
無道と向かいあって並べられた肉野菜炒めをつつくのは中学生の愛らしい少女である。
その子は鼻歌交じりに、箸でピーマンだけを器用にはじいていく。
「先輩、頼みますから野菜をもうちょぴっとだけ少なくしてくれませんか? なんだったら食べさせて上げましょうか? あーんって」
「それくらい食べようよレナ。好き嫌いあると肌荒れるよ」
「あはは......ならここで後輩命令を」
「上目遣いでも駄目」
目をキラキラさせる後輩系義理妹、レナのお願いを無道は拒絶。
無道レナは三年前に孤児院から無道家に引き取られて無道の義理妹となった。
なぜか無道の事を先輩と呼び、初期こそよそよそしかったレナだが、今では仲のよい兄妹となっている。
編み込まれたライトベージュのふさふさな髪がレナの肩を撫でる。
整った顔立ちにあどけない子供の様子。
まだ幼さの残る中身と違って外見は驚くほど発育が良い。
ラフな服装だが、それすらも彼女を引き立てている。
それはもう、モデルなんですと言われれば鵜呑みにしてしまうほどなのだ。
少女はむすぅーとした目で無道がよしと言ってくれるまで待つ。
いつもならここで折れる無道がなかなかに粘るからだ。
数分の後、今日は負けてあげるんだからねとレナがピーマンを口に運ぶ。
それを見て無道の拳が堅く握られ、食べ終えたレナの頭を撫でる。
「良く頑張りました。んじゃあ僕今日はもう寝るから」
「えっ、まだ8時ですよ。それに食べたばかり......もしや牛さんになりたいんですか?」
「違うからね。ちょっと知り合いに借りたゲームでもやろうかなって。使わないのも勿体ないし」
すると、黙って聞いていたレナの顔が至極真面目な目つきになっていた。
「先輩、もしやそのゲームって夢界なのではないんですか? もしそうならすぐ
「違うから! 全っ然違うからッ! 僕が大切な妹のお願いを破ると思ってるの?」
実は夢界なのだが、そんなこと無道は口が裂けても言えない。
必死に誤魔化す無道に義理妹はしばし沈黙し、唐突に口を開く。
普段と変わらず、無邪気な笑みで。
「ならオウケイです。夢界はその......あまりお勧めしないので。......見られたく無いですし」
後半部分が聞きとれなかった無道だが、そんな事は気にしない。
疑いを免れるやすぐさま二階の部屋に駆け込む。
「危ねえ。なんであいつ頑なに夢界嫌いなんだ? まさかヘビーユーザー......なんて事は無いよな」
そう言って無道がポケットから出したのは涼波に渡された手のひらサイズの機械だった。
そこから伸びる電極を額に付け、脳波を操作する。
幽体離脱を引き起こして、運営の開発した疑似夢空間に入るのだそうだ。
理論のわからない無道は冷えないよう薄い上着を羽織り、ゲームの準備完了となる。
「ゴメンなレナ。さすがに使わないと勿体ないから一度だけ、一度だけだから」
ここにいない妹に謝りながら無道はベットの中に入り、額に電極を取り付ける。
機械のスイッチを押し、無道は薄れゆく意識を感じながら、夢界へと赴くのだった。