010 挑戦状
「あいつまた虐められてる」
「えっ、なに知り合い?」
頭上に?を浮かべる無道にあんた病院行く?と言った涼波の目線がまじだ。
「虐められてるのクラスメートでしょ。そのくらい覚えなさいッ!」
「痛いッ。かつ上げかいじめか、問題はそこじゃないのはわかる。いや、これわりと冷静にね。第一、あれは客観的にいじめかどうかが怪しいんだよ。それに」
無道は目線を再びあちらに戻す。
男子生徒が、ふた周りもひ弱な少年に絡んでいる。
男子生徒は友達に話しかけるように軽いのりで。
言葉も所々に少年を蹴落とす嫌みが混じっているが、何気ない言葉の羅列に含まれているに過ぎない。
笑顔のままそれを言えるのだからおそろしい。
いびられている少年の方も苦しみを我慢しているのか表面上はただ弱々しいだけ。
つまり、普通ならこう見えてしまうのだ。
『ただの友人の交流』だと。
いや、もしかしたら気づいている者もいるのかもしれない。
気づいていて知らないふりをする。
なぜなら関わってもメリットが無いから。
「一度落ちてしまった彼の価値は上げる事が難しいんだよ」
客観的に無道は告げる。
「集団心理ってやつ。ああいうのを見てると徐々に彼は人として扱わなくても良い。そんな風にみんな思えてしまうんだ。そして、それはあいつ1人を取り除いたって意味は無い。
みんなゾンビとなった世界で最初の一体を殺しても取り返しがつかない感じ
誰も手を貸さない、下手に首を突っ込んだらこっちが良い迷惑。それがあいつなんて助ける価値無いよねに変わったら最後なんだ」
「なるほどねえー確かにそうかも......って何他人事全開なのよッッ! あんたはヒットラー並みに残酷な人ですか! 助けるわよ」
「だから根本的には解決しないんだって」
「だったらどうすんのよ。まさか知らぬふりでもするって言うのッ! そんなの許さない。クラスの委員長としても絶対に!」
「お前辰也が混じってるぞ。なんというか変わらないな涼波は。ゲームでもリアルでも」
涼波は普段こんなに正義感の強い奴では無い。
テストが嫌だと友達に愚痴り、苦手な者への対応も分かり易かったりする。
しかし、基本的に面倒見が良いのだ。
自殺を止めさせようと夢中で叫んだり、見知らぬプレイヤーにレア装備を渡してボスモンスターを倒せると本気で信じてくれたり。
命を大切にし、他者を信じ思いやれる。
彼女たちのそんなところが無道は好感を持てていた。
だから、めんどくさい事を嫌う無道がわざわざ動き出す。
「時期速い今ならまだ間に合う。彼に対する周りの認識がまだ染み着いていないうちに。
誰かが動かなければ彼はこれから落ちていく。
何をしてもあいつなら誰も悲しまないし、かっこうの的だなんていう認識の壁が出来てしまう」
だから、その前にと無道は2人の間に歩む。
かつんかつんと床を鳴らし、騒がしい廊下に確かな音を刻む。
少年は今苦しんでいる。
罵倒を延々と浴びせられると次第に自分が全ていけないのでは無いかと自己否定をしてしまう。
その暗示は何よりも恐ろしく、少年を蝕み続けるだろう。
だからこそ、
『僕がその認識を壊してやろう』
無道はこう言いたかったのかも知れない。
2人の前で立ち止まり、そして少年に声をかける。
出来るだけ自然に、その際に肩を引っ張り、少年との関係を良好そうに。
そしてそれを相手に見せつけるように。
「なあ化学の課題写させてくんない? 忘れてるのばれたら今度こそ教師に評価1が下されそうで大ピンチなんだよ」
周りの視線が無道たちに向く。
それを気にせず、呆気に取られる少年を連れて無道は教室へと入っていく。
「え、えっと、無道君どうしたのいきなり?」
少年は虐められてる事を周囲に悟られた事からか不安げな表情。
きっと憐れまれていると思っているからだ。
だが、その少年の不安を掻き消すように無道は気軽に、何にも考えていない様子で答える。
「何って化学の。そうだ、昼休みに教えてよ。赤点回避に協力求む」
一度落ちた周囲の認識は覆りにくい。
だが、緩和は出来る。本人のケアなら出来る。
手をさしのべる。
上から見下ろすようにでは無く、隣から。
本来なら自分の地位も落とされるからと敬遠する物だが、無道はそれにより躊躇いを見せない。
やる気がなくて他人の評価を気にしない。
だから憐れみも特別視も無い。
そんな無道だからこそ小太りで内気な少年は化学のプリントを机に並べ始めるのだった。
まだ警戒心が残っているものの、確かな笑みを浮かべて。
◇◇◇◇◇◇
「えっとね、赤道付近で上昇した空気が緯度30度付近まで北上したのち、下降し地表付近を南下して赤道に戻る循環のことをハドレー循環っていう。ここは基礎で復習だからわかるよね?」
「うん、さっぱり。化学なんてマニアックなもん学者だけが勉強すれば良いのに(ぶつぶつ)」
「頑張ろ無道君。赤点とったらやばいんでしょ?」
「げふんっ。育広君頼んます!」
長谷育広と呼ばれる小太りな少年に教わるのは無道。
昼休みを削ってまで化学とかいう化け物を教えてくれるので無道はわりと本気で感謝している。
無事少年の孤立を阻止し、会話する程度の関係は掴めた無道。
今度はテストとかいう魔物に対抗するべく教科書を睨めつけていると、
「無道、さっきの3年の生徒が決闘だって」
涼波はなにやら困った表情をしている。
これはあれか、フラグなのか。ハプニングをクリアし、好感度を上げる試練なのか。
しかし、決闘とはいささか血なまぐさい。
つーか、いきなり決闘言われてもよくわからない。
無道は深呼吸をしてから話してと告げる。
無道はこんな時も冷静なのだ。
「えっとね、あいつ夢界でチーム組んでるのよ、そこそこ強いところと。で、無道もやってるとわかったら初心者だろうが関係無いって」
「............待ってくれ、なぜ夢界が出てくんの??」
「それはうちがあいつにチーム入らないかってしつこく誘われてて。無道が教室入った後もまた、ね。で、言ってやったのよチーム組んだから入らないって。そしたらその3人目をぶっ飛ばすって言われて。チームは最低3人で無道が近くにいたからその」
「あーつまり振られた腹いせに僕が狙われていると。そして、さっきの事もあるから集団リンチをされるかと」
ほぼとばっちりではないか。
そんな言葉を喉までに押しとどいるや今度は育広が謝罪する。
「ごめん、僕があいつらの言いなりにならないから」
「いや、ほぼ涼波だろ」
「悪かったわね! 処刑方法はランキングバトルで延々と負け続けさせられるだそうよ。どうか頑張って屈辱に耐えてねSS」
「実は涼波、裏であいつと繋がっているんっいたい! 一旦落ち着け女子高生。JKならなんでもしていいなんてそんなルールっいたいたい。ごめんなさい反省するからノートで叩くないッ!」
「ごめんなさい僕が罰ゲーム受けないせいで」
何気にここで育広が夢界をやっていると言う新発見。
にゃるほどと無道は手をたたく。
これはまたとないチーム勧誘のチャンス。
徒党を組めば襲撃をやりづらくなるだろう。
「うちのチーム入らない? 4人いれば何人かは巻き添えに出来るだろうし」
「ごめん、プレイヤーの姿を晒すのはまだ駄目かな」
あっさりと断られる。
「自分の世界は誰だって壊されたく無いものよ。気が向いたらでいいから」
「うん、アドバイスなら出来ると思う。僕これでも夢界は古参なんだ」
へぇーと関心する無道に、涼波は顎に指を置く。
「......なら少し良い? ワイルドエンジェル、このギルド名に聞き覚えは?」
チームは3~10人。
その集団を数多く率いるのがギルドだ。
何チームもの協力が必要は場合、主にトラブル、ギルド対抗戦での物量戦で活躍する。
大手のギルドはそれこそ何百人を超える。
第2位のいるギルドは一人一人が凄腕であり最強と名高いのだ。
だからギルドにはあまり関わらない方が良い。
例え力はあっても数で押しつぶされるからだ。
だが、育広はさきほどの礼もあると素直に教えてくれた。
「実力は中堅で人数もそう多くは無いよ。でもさっきの奴のとこだよね」
「うん、まあ。あいつ性格がああだから姑息な手を使うかもしんないからね。それならいっそのことチーム戦で返り討ちにしてやろうかと」
「えっ、僕も戦わなきゃなの?!」
「当たり前でしょチームなんだから」
「僕の、平穏が......」
「本当にごめんねぇぇ!」
無道と育広の2人はヤンキーのように高笑いする三年生のあいつを想像して共に重たい息を吐く。
チーム戦を無道が嫌な理由。
だってチーム戦初めてじゃん。
だってこっち3人だけど向こう絶対10人で不利じゃん。
つーか最近涼波がオカン見たいだなと素直に恐怖する無道であった。
その後、全面的に無道が挑発したとしてチーム戦が事実上受理される。
逃れようものなら最近追加した涼波から山のように警告メールが届くのだった。
延々と鳴り響くスマホに嫌気が差し『愛してるぜマイハニー』と無道が冗談で送ったのだが、それからぷつりとメールが途切れる。
騒がしくなくなったのは良好だが、これはこれで別の問題が発生しそうだ。
多分学校でからかわれる。
涼波に殴られる。
やっちまったなと耳元で悪魔が囁くのがはっきりと、無道の心に突き刺さっていった。
「うん、とりあえず寝よう。なんとかなるさ。なんとか......まあいいや」
柄にもねえことしたなと後悔に暮れる無道であった。
◇◇◇◇◇◇
とまあ現在時刻12:40。
みんな大好きお昼の時間の旧校舎の生徒会室、3人は機械の設定を周囲のプレイヤーとの対戦に切り替え、夢界へとダイブするのだった。
そんなわけで現在待機場と呼ばれる現実世界と同じ時間の流れるところで3人が円になっている。
対戦相手と同じフィールドで戦うためには時間を合わせ共に入る必要がある。
あるものはひさしぶりの戦いだと目を燃やし、ある者はこてんぱんにしてやるわと意気込み、ある者はいやだぁと弱々しく嘆いた。
「とりあえずうちが遠距離で支援と指令をするから辰也はいつも通り暴れまわって。出来るだけ注意を引きつけるように。無道はその隙に1人ずつやって最終的にはシンボルを壊して」
「何さそのシンボルって?」
「えーと、チーム戦の勝利条件として相手が全滅、降参するかシンボルって呼ばれる光る石を壊せばいいの。けっこう大きい奴」
両手を広げ、涼波はノートパソコンくらいの大きさを示す。
「それからシンボルは探すことも大切だが、それを守る警備する奴らの存在も忘れるなよ」
ついでにと二刀流使いの辰也が言う。
「僕の役割はようは暗殺ってことで良いんだな」
「そう言う事。無道はうちの指示で敵の位置を掴み、なるべく短期戦で倒す。安心して、うちのエンチャントがあれば無道は負けないから」
「それは頼もしい限りだ。やっぱ涼波になら背中を安心して任せられるよ」
「ってそれは安心し過ぎよ! 嬉しいけどッ! と、じゃなくて最低でも無道は3人は落としてもらうから覚悟してよ」
「はいはぁい」
小麦色の肌をうっすらと赤くし騒がしくなる涼波に対し実戦経験無しの無道は呑気だ。
だがこの戦い、1人でも倒されれば勝率がぐんと減る。
本来なら遠距離支援には1人以上護衛が付くのがセオリーだがそれすらもままならないのだ。
そこを涼波1人なのだから負荷は一番かかる。紙装甲なだけに危険が多い。
だが、涼波はそれに臆する事無く
「2人共、うちのためにちゃんと働いてね。んで死にそうになったら爆弾で周囲共々吹き飛んでね」
「「こいつ悪魔だッ!」」
奇跡のシンクロを果たす2人の男子に涼波は小さく舌をだす。
渡される爆弾を拒もうと首を振る無道だが、そ動きが止まる。
周囲に別の音が混じり始めたからだ。
その足音実に10人。
各々が装備をひけらかすよう歩いて来る。
だが、そこまでレアな奴でも無く、小悪党のそれだ。
「よう、お前ら。3人ぽっちでよくやるよな」
「仕方あるまい。うちの女王がおっしゃるのだから」
さっき涼波が吐いた女王様発言を掘り返す辰也。
赤面する涼波を庇うよう無道が辰也を抑える。
「お前は召使いか何かなのか辰也。こういうのは相手に見せつけるもんなんだ。
おい、言いか貴様ら! 涼波を集団で汚すなりするもんなら僕らに勝ってからいいやがれ豚畜生ッ!」
「あんた何考えてんのよッッ! かっこよさげに言ってるけど完全にうちが標的になるパターンじゃん。無道まてま何言ってんのよ」
「ぐへへ、確かにその通りだぜ」
「乗るなー! あんた敵でしょ、何悪乗りしてるのよッッッッ!」
3人+敵チーム(あの三年どは無い)1人がバカ騒ぎしてる間に他の者がとっととエントリーを済ませる。
「おら始めるぞ。お前らの大事なお姫様をかけた戦いがなぁ」
あの時の三年生は巨剣を背中にさし、革ジャンに染め上げた金髪、サングラス。
おおよそ不良丸出しの姿で何かのボタンをタップ。
途端、光が全員を包む。
「ぐはっ、目が、目がーッ!」
まだ演技が抜けていなく騒がしい辰也を除き、ある者は醜悪な笑みを浮かべ、緊張し、息を吐く。
初めてのチーム戦、辰也はあれだがさすがの涼波も緊張している。
が、そんな事は既に戦闘モードに入っている無道に関係無かった。
これから始まる戦いに高揚しているのだった。
最近、数ある欠点がまた浮かび上がりました。
それは地の文というか1場面にかける文字の少なさ。
伝わりきって無いのにそそくさと展開変わっていると読み直して気付きました。




