プロローグ
ーー“夢界コロシアム”
正式名称はクリエイト・オブ・ハルシオン。
2046年に誕生した夢の中で戦うMMORPGである。
取得するスキルや数多の戦場、装備、磨かれた技術を駆使して戦うスキル制。
そして、最大の特徴である感情指数と呼ばれる感情の度合いでステータスを大幅に強化できる必殺技が存在する。
己の戦い方を追求し、戦士やら魔法使い、隠密系になるのも手だ。
何より成績によってリアル、夢界問わず報酬が貰える。通信料もかからず現金が貰えるのを有り難ってやる者は多い。
『より良い報酬が欲しければランキングに名を残せ。己の想像力を糧にせよ』
それが夢界コロシアム、通称夢界であった。
◇◇◇◇◇◇
「だあああッッ!」
ドーム状のフィールドに響き渡る叫び声と共に俺は敵に連撃を放つ。
鞭のような武器が絶え間なく地面を叩き、剣使いの敵に食らいつくが、HPの減少は微妙たるものだった。
自身のHPは4025/6500であり、なかなかに厳しいが、着実に敵の動きを牽制していると言う自信が俺にはある。
が、突如敵がフィールドの中心部で爆発が起こし、それが崩れる。
だが、一時のしのぎにするにしても相手の武器は近接で、こちらは遠距離武器。
無謀としか見えないその行為だが、下手に動いては相手の有利になってしまうかもしれない。
充満する煙に身をゆだねながら俺は相手の動きを待つ。
現在ランキング64位の俺は連接剣に似た派生武器、【連接機】と呼ばれる遠隔操作操作可能な武器二つで自身を守らせている。
ユニークスキルとあって、俺の十八番だが余裕をかましてる暇は無い。
いきなり視界を覆っていた煙が一瞬の煌めきによって吹き散らされ、レア度の高い黒剣を構えた怪しげな相手が姿を現す。
スキルによるものなのか周囲に黒いオーラ的なものが纏わりついており、素顔はわからない。
だが、まがう事なき強者の殺気がにじみ出ている。しかも、スラリとした体躯からしてまだ20歳を越えていないと思う。
「やはり奴が......死神」
俺は二つの鋼竜機で攻めの体勢に入りながらごくりと唾を飲み込んだ。
ランキング一位。
一番の廃ゲーマーながらその詳細は依然として不明。
誰一人としてその正体はもちろん、プレイヤーネームすら知られていない神出鬼没の謎プレイヤー。
出会ったが最後、殺される。
だから死神だ。
ゲームの中である以上死が現実に直結はしないが、それでも尚死神の放つ凄まじさが肌を刺す。
自分の実力がどれほど通じるのか試したいと言うゲーマー魂が呼応するかのよう鋼竜機が銀の輝きを放した。
大地を蹴り飛ばし、死神へと突撃する。
鋼竜機は暴竜のごとく荒々しくフィールドを破壊しながら死神へと唸りを上げる。
死神はステップ回避を行うがそれだけで金属の鞭の追尾を逃れられはしない。
【操術】レベルの高い俺は自分の手のように軌道を死神に合わせる。
連接機と言う武器は鞭のようなその性質上、軌道予測が難しい。
破壊力も並みの者の胴体くらい容易に切り裂くほどと使い手の俺が確信している。
のだが、死神はそれに臆する事無く、的確に剣一本で二つの鋼竜機を防いで見せる。
既に俺の攻撃が見切られており、敵の動きが更に加速する。
表情はわからないが、奥から覗く赤い瞳が奴の獰猛さと戦闘欲を象徴しており、更にペースを上げないと喰われると本能が訴える。
たった数合だが、既に相手の強さが規格外だとわかった。
俺は【土魔法】のデバフ、《ロック》を発動し、死神の足を地面が拘束する。
これで死神の回避は著しく下がるはずだ。
例えどれほどの奴だろうと相手は同じ人間なのだ。
ならば敵うのが道理。
ここで決めーー
「足りねーんだよ、その程度じゃ」
攻めるために体勢を動かした直後に呟かれた一言。
奴の黒剣が紫電の色に染まる。
これは夢界の真骨頂、感情指数を糧にして放つ必殺技、
《ウェポンリリース》
普通の何倍にも増した威力は圧倒的の一言だ。
しかし、一撃ごとに感情指数が消費されるので連撃が難しく、また終わると虚脱感に襲われるというリスクもある。
だが、相手が雷撃の如く繰り出した四連撃が見事な残光を描き、瞬く間に鋼竜機を弾いた。
いや、弾くに止まらず剣に触れた箇所が破壊される。
攻撃力が上がるとはいえ桁違いの破壊力だった。
あまりにも強い衝撃が俺をも後方へと押しやり、一気に形成を逆転される。
まだ終わりでは無かった。
奴の剣には未だ光が衰えておらず、足の拘束を絶った死神が未だ続く紫の光と共に突進して来る。
「コール・ヘラクレスエンチャント」
死神が呟くなり、その姿に化身のような者が見え始める。
巨大な剣を持つ闘神。
(攻撃力大幅アップおよびダメージ判定距離増大のキメラ魔法だと......)
ステータスポイントを大量消費、更に特定の条件面でしか習得出来ないが、対人戦では無類の力を発揮するその効果。
リリースウェポンとエンチャントにより大幅強化された死神の一撃は、さながら落雷のよう。
振り下ろされた剣が化身の持つ巨剣と重なり、死神の一撃が躊躇い無く俺のHPを消し去った。
痛みなんかすぐに入らないほどの破壊力に俺は感服するしか無かった。
ただ、最後に死神の姿を見てやろうと近づいていた奴の顔を見る。
黒髪赤眼、目をぎらつかせた中性的な顔立ちに口から覗く牙。無駄の無い足運びを可能とさせる程よく筋肉のついた体。
うっすらと見える顔や身長から年は十代後半とわかる。
そして、その顔は俺がどこかで目にしたものだった。
◇◇◇◇◇◇
梅雨明け頃の高校。
教室よりも廊下が騒がしくなる昼休み開始の数分。
二年三組と表記された教室で眼鏡をかけた長身、豎宮辰也は1人の少女に説教を食らっていた。
彼の幼なじみである涼波彩夏にである。
健康そうな褐色の肌に歩く度に揺れる黒のポニーテール。
清楚に着こなす制服とのギャップ的な元気さが外見だけで判断出来てしまう。
人の良さそうな柔らかな瞳がやや細まって辰也を見る。
最初は辰也が生徒会の資料のやり直しを求めると「あああやっぱり......なんくるないさと思いたい!」と悲鳴を上げていた涼波だが、今となっては立場が逆転している。
「あんた馬鹿じゃないの! 勝てもしないのに何一位に戦い挑んでんのよ」
ピクリ。
その反応を予想していた辰也だが、やはり生で聞くのとでは全然違う。
後退する辰也に涼波が前進する。
「それでまた順位下がって報酬ダウンじゃない。あんた今月食べていけるわけ? いつも金がない金がないって嘆いているじゃない。留学して研究者になるんじゃ無かったの??」
「ぐはぁっ。また痛いところを。お前んとこの家族に世話になりっぱなしなのは悪いと思ってる。金は......やはりこのままだとまずいな」
簡潔に言おう。
辰也にはお金が必要なのだ。
貧乏でもバイトで食いつなげるだろう。
だが、辰也はバイトをしてこの有り様。
留学のための費用なも当てなければいけないからだ。
残高が生きれるタイムリミットのように、日に日に減る命の様を見て絶叫してしまうほど深刻なのである。
そんな辰也からして、無料でプレイ出来、尚且つランキング報酬で現金の貰える夢界はまさに命綱だ。
だが、それにも限度があり、今の順位をより高く、それこそ20位台に入るとかイベントや大会で優勝するとかしないとやっていけない。
なのだが、昨日無謀にも夢界の最強プレイヤーに挑むや当然のごとく破れ、順位も三桁に降格してしまった。
かくなる上はと辰也は意を決し、拳を握りしめる。
「やはり、今度のでかい大会で優勝するしか無いな。それも総合で勝てばよろしいチーム戦の。つーかこれ勝てないとマジで俺の人生転落だぞッ!」
自分で納得して、泣き叫ぶ辰也だが、涼波の顔には呆れしかなかった。
わかりやすいため息はまだ諦めていないのかというものである。
「あんたねぇ、チーム戦には最低3人。それも大会で勝ち進むためにはある程度の実力者、尚且つ私たちのチームに入ってくれる人がいるのよ。でも、この学校にはいないかったじゃない」
涼波と辰也はこれまでにも参加してくれそうな人を募集していたのだ。
この学校でも夢界をやっている者は多い。
のだが、現実と夢界の僅かな体感の差や実力などがそぐわっていない者が多く、あるいはもうチームを作っているかの二択。
夢界でチームになった人も当時来ないのでは話にならない。
出来ればすぐに会える者がいい。
そう言う意味の学校の者に絞っているのだが、結果は芳しくない。
生徒会の者に会長命令でやらせようかと本気で頭を悩ませる辰也。
ふと、教室の一角に辰也の視線が運ばれ、そのまま目を見開く。
映っていたのは教室の真ん中辺りで退屈そうに机に伏せてる一人の少年であった。
クラスの奴に起こされ、少年が気だるけなあくびをすると、その顔が見える。
中性的な顔立ちにやる気のなさげな表情。
なんてことない普通の男子高校生だが、その顔は昨日見た誰かに類似するものがあると辰也は驚きを露わにした。
とっさに涼波の肩を叩き、幼なじみの視線を指で誘導する。
「あいつだ、あの眠そうな奴。ほら、周りはみんなチャラそうなのに一人だけ態度がクールなの!」
「えっ、ああ無道の事? それがどうかしたの? っていうかあんたいきなりテンション上がってない?」
「あいつが一位だ! 顔がそっくりなんだ。だから仲間に誘うんだ! 見えるだろ奴の内側から滲み出る戦闘力が」
辰也の頭の中にある昨日の一位のと今教室にいる無道との輪郭が一致していた。
学生くらいだと思っていたがまさか内の学校、それも同じ学年というのは奇跡だと辰也は叫ぶ。
だが、それを涼波は即座に否定。
「はあ? んなわけ無いし見え無いし。一位様って時間はランダム出し、チーム戦出た事無いじゃん。無道はそりゃあ身体能力は高いと思うよ。でもゲームとかやらなそう。毎朝のランキングとか陰キャラに見えてアグレッシブだし」
「なんでそんなに詳しいんだ?」
「学年中のデータ集めようとするあんたがそれを言うかッ!」
と、涼波の声が周りに響いて気まずいので辰也が一度落ち着かせる。
まだちょっと不機嫌な涼波は渋々辰也の意見を噛み砕くよう口にする。
「わかったわ。呼んで来るから待ってて。多分人違いだと思うからくれぐれも質問攻めはしないようにね」
涼波は教室の中に消えていき、チャラ男達に侵入、数分の後、無道と呼ばれる少年を連れてくる。
が、なぜか涼波の機嫌が悪い。
こちらも不満げな無道は辰也を見ている。
無道の評判は、生徒会長が誰だとか地球滅亡とかそう言うのに興味の無い無関心少年なのだ。
早く終わるなら終われと内心呟く無道の視線を辰也は実力の値文だと錯覚してしまい、お互い会話が無い。
それを無理やり涼波が繋げる。
「こっちが無道迷焦。んで、知ってると思うけど眼鏡の方が生徒会長の豎宮辰也。一応うちの幼なじみ。無道に話があるんだって」
「立ち会わなきゃ駄目なのこれ? 生徒会長と委員長って嫌な予感しかしないんだけど」
いきなりこれである。
生徒会の嫌われようって相当なものらしい。
単に無道の口調のせいもあるが。
「うむ、涼波と同じ反応だな。まあこっちに来い」
と気にせず辰也が廊下へと連れて行く。
そして、いきなり言葉攻めを開始する。
「お前が夢界のランキング一位なのか? だとしたら俺たちの金あつ......チームに協力して欲しい。お前の実力が必要だ」
「は? なにそれ?」
「ゲームだよ。知ってんだろ」
「聞いた事無いんだけど」
「嘘をつけ。お前の得意な武器はなんだ! ナイフとか槍とかあるだろう」
「包丁とブラシだけど」
「......それは何に使う?」
「何って料理と風呂掃除。残念ながらファンタジーには興味無いんだよ。妹からもなぜか止められてるし」
辰也の問いにいつまでも素っ気ない無道。
ここまで来れば無道が夢界について何も知らないとわかるだろう。
無道の態度は知りもしない事を延々と話されて苛つくそれだと言うことを。
そして、人違いであると。
「つまり夢界はやった事が無い、と」
「さっきからそう言ってるんだけど。君が何を期待してるのか知らないけど諦めて。僕は忙しいから。ランキングがどうとか優秀なゲーマーを探してるのはわかったよ。ただ、それは僕じゃ無いから」
機嫌が悪くなる一方の無道にさすがの辰也もこれ以上の質問は躊躇したのか最後にと夢界の正式名を言い、本当に知らないかを確認させた。
すると、
「ハルシオン......」
迷焦は何度かその言葉を口に転がし、引っかかりの正体を探るようするが、結局は知らないと辰也たちの元から立ち去る。
「いきなり質問攻めするなぁって言ったのに。諦めて次探そうよ。それまではお金貸すからさ」
ポンと男前に辰也の肩を叩く涼波。
断れるのはなれっこの辰也だが、一応ケアが大切だと幼なじみは知っている。
大会なんてまだ先なんでしょと慰めようとする。
が、
「俺はまだ諦め無いぞ。無道迷焦、お前を仲間に引き入れてやるからな」
「ちょっ、まだ言ってんの?! やらないって断られたじゃん。それに無道初心者だよ」
「関係ない。才能があれば勝ち抜ける。それに本当に興味が無いなら俺たちの事うんざりとした目で見るはずだからな」
「いや、思いっきりしてたじゃん。二度と関わるな的オーラ出してたじゃん。普段遠い目をして周りに興味の無いっめ顔してる無道がだよ! あんたフィルターかかりすぎでしょ」
「だが、奴はハルシオンという言葉に反応した。これは間違い無い。無意識の内に夢界に来ているのかもしれん。知っているか涼波。人の恋愛は何度も続く顔合わせから始まるんだ。だから俺は誘い続ける。奴が頷いてくれるまで!」
「もはや洗脳か脅迫だよ。はぁー、なんでうちの幼なじみはこんなバーサーカーなのかなぁ」
長年に渡り溜まった疲れを吐き出し、涼波は辰也が死なない程度で放っておく事にした。
次の空き時間からは必ず無道を誘う辰也の姿があり、もはや涼波は関わらないようにと誓う。
それから日をまたぎ、あまり話さない無道が涼波に珍しく声をかけたと思ったら「お前の幼なじみを止めてくれ」と悲痛にも似た苦情が入るのだった。
次の昼休みは旧校舎の一室で辰也と涼波が食事をとっていた。
旧校舎は人気が少なく、告白なり、貸切にするにはいい場所だが、二人にそういう気持ちは無い。
四階の部屋には生徒会第二会議室とかかれており、並べられた台の上に無造作におかれたパンを辰也が凝視し、その持ち主こと涼波がパンを渡さないよと腕で隠す。
「ねぇーそろそろ止めない? 無道が本気で切れそうなの! そしたら被害にあうのうちじゃん! やだよそんなの」
「安心しろ。無道迷焦に関する情報は粗方集まった。無駄に身体能力が高い事と恋愛に興味が無い事。前者は中学の修学旅行、旅館に出没した泥棒複数人をお土産の木刀で返り討ちにしたのだとか......すげぇな。後者は告白した者を切る事五人、どこか遠くを見ているようでそれが良いともあればナルシストだとも言われている。いずれも中学二年以降の話だな。これだけの情報は集まったんだ。必ず上手くいく」
「どこからくるのよその自信。て言うか何で無道の自慢話気かされなきゃいけないわけ?」
と、涼波の頭が上がる。
急に窓を開け、上を見るでは無いか。
と、絶叫にも思える叫びが涼波の喉から発する。
「ええッ! 屋上から飛び降りようとしてる人がいるんだけど!」
これは言わば自殺と言う奴だろう。
涼波たち四階の上にある屋上には、ややぽっちゃりとした臆病そうな少年が柵から手を離そうと恐怖と格闘している。
このままでは本当に死んでしまう。
「何だとッ!! 貴様、俺の支配圏を血に染めるな」
「普通に心配しようね! こんな時までネジぶっ飛んでんじゃ無いわよ。こ、こらあああっ!
あんたそこで何やってんの! 死ぬなんて私が許さないわ。死んだら家族やおばあちゃんが悲しむのよ。命を大切にしなさい」
「っ!? 馬鹿、身を乗り出すな。危ないだろ」
辰也の言葉も聞かず、涼波は体の半分以上を窓の外に出し、飛び降りようとする人に向け、懸命に叫んでいた。
が、涼波に多少の筋力があろうと普通の女子高生だ。
風に吹かれ、足が滑り落ちるやもう止まる手立てが無い。
「えっ......嘘ぉぉ」
自殺する人を助けようとして自らが命を落とす事になろうとは涼波にわかるはずも無かった。
急速に降下する涼波はとっさに目を閉じ、少しでも恐怖を遮断しようするくらいしか出来なかった。
だから、助けが来るなんて言う思考もありはしない。
それは、突然に、二階の辺りから現れる。
急降下する涼波の体を抱きかかえるようにして、自らの勢いとで速度を一時的に減少。
涼波をその者の腕で守りながら大地へと転がった。
時間で表すなら一秒あるかないか。
「間に、合った。なんとか助けられた。本当に良かった......前に踏み出せた」
途切れ途切れながらも、男子の満足そうな声が鼓動と共に涼波に伝わる。
涼波は男の胸に顔をうずめながら、自分が生きている事を実感し、救ってくれた者の顔を覗く。
命の危機を救った男子=白馬の王子に、その胸に抱かれる涼波。
これは新たなる物語の始まりを告げる前触れか?!
と、涼波の顔が真っ赤になる。
ここまでは順調だった。
だが、あろうことか涼波は命の恩人に蹴りを食らわし、後退した。
「なあっ! 無道っ!? 何であんたがここにいるのよ」
「えっ......ああッ!! それはこっちのセリフだ! つーかなんでお前が飛び降りて来るんだよッ! 飛び降りようとする奴をキャッチしようと僕らが先に動いて無かったらお前本当に終わってたぞ」
ようは無道とその友達たちは、飛び降りようとする人をカッコ良くキャッチしようとしていたのだが、誤って落ちてきた涼波のためにそれを使ってしまったのだ。
「仕方無いでしょ! 必死に呼びかけてたんだから......それより屋上にいた人は!」
「大丈夫。お前が先に飛び降りてくれたおかげでびびって引っ込んだ。ったく僕は目立つ事は避けたいのに何でこんな。星野め、何がお前しかいないだ」
無道の言葉でひとまず安心する涼波。
と同時に怒りがこみ上げる。
「それはうちを救ったのが間違いだったとでも言う事かー!!」
割と本気で切れる涼波に対し、まじの本音を告げる無道。
「んなわけ無いだろ。お前が死ななくて良かったに決まってるよ。目の前で人が死ぬところなんて見たく無い。血一滴たりとも流させない。それが、一応話したことのある人なら尚更だかんな」
無道の友達がヒューヒューとはやし立てる中、本人はさして気にしない様子で涼波に手を伸ばす。
「立てないなら手、貸すけど」
無愛想なツラだが、さっきの言葉を思い返せば案外良い人かも知れない。
だが、涼波にとってこんなギャルゲの展開は初めてであり、逃げ去るという結論に至ってしまった。
四階から傍観していた辰也も、走り去る涼波に視線をよこし、無道への勧誘が出来なかった。
というか幼なじみの命の恩人にもはやそんな事が出来るはずも無かった。
だからこそ辰也たちの大きなチーム戦の大会に出てお金を稼ぐという野望はまたもや遠くへ消えてしまうのだった。
逃げ去ると言っても所詮涼波と無道は同じクラス。
次の授業にはどうしようにも再開してしまう。
無道は机に突っ伏し、周囲からお姫様に逃げられた王子というからかいを無視しまくっていると、頭の上から声がかかる。
無道はその人物が誰だがわかっていた。
何故なら噂のお姫様。
命の恩人に対して暴行を加え逃げ去った少女ら涼波彩夏の声なのだから。
「何か? もう勧誘はパス。昨日今日でどれほど疲れた事か」
「さすがにもうしないわよ。うちのバーサーカーがごめんね」」
それから言いずらそうに目をキョロキョロさせながらも、涼波はちゃんと気持ちは伝える。
「その、ありがとう。無道がいなかったら多分うちは死んでた。お礼というかなんというか、これよかったら」
涼波の開かれた手には黒っぽい機械とそれに繋がる電極みたいなのが収まっていた。
「夢界って言うのは睡眠中に出来るの。これを額にでもつければ後は自動的にゲームの中に入れるわよ」
「えっ、やらないって僕」
「無理にとは言わないよ。でも、やれば楽しいかもしれないじゃん。だからやりたくなったら、ね。うちたちは今後誘わないからもう安心して、それじゃ」
「は、はぁ。とりあえず、ありがとう」
無道の顔を見る事無く涼波は自分の席へと戻っていった。
無道と涼波は別に友達では無い。
涼波は前々から話したいとは思っていたのだが、昨日今日の一件で無道に貸しやら迷惑と彼の機嫌を損ねまくっている。
だから涼波はせめてもの償いとして無道とで更に距離をとることにした。
幼なじみの不手際が大半とはいえ自分にも責任はあるのだからと。
◇◇◇◇◇◇
その日はもう何も無く、夜が来た。
今晩も辰也と涼波は夢界のフリーバトルの2対2で激戦を繰り広げていった。
辰也は革の服姿にいつもの連接機2つで、廃都市のど真ん中を警戒気味に歩いていく。敵がどこにいるか離れた廃ビルにいる涼波の情報待ちだ。
いつもの......にしてはやや元気にかける涼波の声が辰也の聴覚に送られてくる。
『斜め左の青いビルの上にスナイパー、アサシンタイプが建物を利用してこっちに迫ってる。方角は北北西。両方辰也狙い』
『了解。にしてもすまないな。無道との仲を悪くしてしまった』
『いいよ。それほど親しくは無いし。まあ仲良くはなりたかったけどさぁ......ほれ、5秒後に暗殺者顔出すよ』
『......そうか。今日も凄いぞその空間把握能力』
ビルから飛び出した暗殺者を辰也はのばされた金属の鞭一撃で葬り、上から来る射撃をも弾く。
次のスナイパーの攻撃がくる前に辰也はいるであろうビルに走る。
最大限にまで伸ばした連接機がビルに突き刺さり、そのまま辰也を空中へと跳ね上げる。
スナイパーとの距離を簡単に詰め、後は驚愕する敵を切り裂く。
それだけで終わった。
上空に掲げられた辰也たちの名前。
2人はこれからも戦い続ける。
仲間になってくれる者もいないし、それが当たり前となっている。
だけれども考えてしまう。
「後一人、誰か加わってくれたらどんなに楽しいことか」
2人から3人になれば戦略も出られる大会の種類も増える。
それに3人の方が楽しいだろうと辰也は有りもしない幻想を抱く。
真っ先に浮かんだのは無道の顔だ。
攻守10/0。守りは攻撃のついでの辰也を涼波が最適なルートで敵を教えてくるから後はごり押し。
そんなこのパーティーに冷静な無道が加わってくれたらと辰也は考えずにはいられなかった。
そして、同時刻。
無道は夢界にいた。
初心者用の剣を片手に、10人連続撃破という偉業を達成した彼は精神疲労状態で立ったまま体が動けなかった。
それでも、顔は達成感に覆われ、その口元には笑みを浮かべていた。
「ここだ。やっと......見つけた。手がかりを......あの少女の。やっと始まるんだ。記憶の片隅にいる見知らぬ君を見つける旅が」
無道には2つばかり秘密がある。
一つ目は夢に出る一人の少女を探し求めていると言う事であった。
プロローグ『彼らの道は夢界で交差する』