高校生活
桜花は20歳になって高校に入学します。
N高校には普通の高校のように3年で卒業するコースと、ゆったりしたカリキュラムの4年で卒業するコースの二つがあった。私はアルバイトをしないと生活できないので、4年かけて卒業するコースを選んだ。N高校には制服もなく、十代の生徒がほとんどだが、私のように二十代やそれ以上の年齢の生徒もいて、最初のうちは緊張の連続だったが、少しずつ慣れていくことができた。
N高校に通学してみて強く感じたのは、多くの生徒が、もう傷ついているということだった。傷ついた理由は家庭の不和だったり、学校のいじめだったり、貧困だったり、差別だったり、様々だった。共通しているのは、みんなもう傷つきたくないと思っていることだった。教職員の方もそれは十分に分かっていて、それを踏まえたうえで言葉や態度を選んでいた。授業も知識を詰め込むよりも、何とか生徒たちに興味を持ってもらおうとしている努力が伝わってきた。何とか卒業まで引っ張っていきたいと、先生達も一生懸命だった。生徒達は過去に何らかの挫折をしたが、このN高校という新しい場所でよりよい自分になりたい、なれるかも、という希望を抱いていた。そして私もそのうちの一人だ。
生徒を見ていて気になったのは、他者から安易に影響を受けるのに、他者の助言を素直に聞けない生徒が目立つことだ。
例えば、友達から誘われたりしてギターを始めたりする。もちろん最初は全然できないが、少し練習すると、少しできるようになる。少し褒められて、自分でもいけると思う。すると、「バンドを組もう」とか「ギターで生きていく」とか言い出す。教師や常識的なクラスメイトは、「ギターは趣味にして、高校を卒業しよう」と言うが、その声は届かない。ギターの技術も音楽的センスも将来の展望もないのに、高校を退学してしまう。
昔の彼女から「青が似合う」と何年も前に一度言われたことを信念というか信仰のように持っている男子生徒もいた。毎日青い服を着てくる。それが一点なら、普通だ。だけどその生徒は、シャツもジャケットも靴もカバンも全部青いのだ。青い物に囲まれていたら、きっと安心なのだろう。彼は周りから「おい、青」とか「おい、アホ」とか呼ばれても、「俺には青しか似合わないから」と照れたように笑うだけだ。その顔は少し得意そうにさえ見えた。
女子生徒には恋愛依存が目についた。恋愛至上主義で、彼氏が最優先。彼氏に「急に会いたくなった」とか言われると、単位取得に絶対必要なテストでも平気ですっぽかした。そうやって失ったものが大きいほど、自分がどれだけ彼氏に愛情を捧げているかの確認になるらしいのだ。家族や友人にも自分の恋愛を最大限応援することを期待していて、少しでも恋愛の邪魔になると判断した人物には口汚くののしった。
それから、これは常識だろうな、と思うことを知らない生徒が結構いて、こっちが驚いた。
例えば、畑で採れたイチゴを洗って学校に持って行って教室で配ったら、「イチゴって野菜?畑で採れるの?」と言ったり、家で採れた柿の実を食べやすいように切って大きなタッパーに入れて、昼休みに配ったら、「これ何?」と言った生徒がいた。リンゴや梨と区別がつかないと言っていた。果物を食べないと言った生徒もいた。そういうものなのかな?と私が認識を改めようとしたら他の生徒が「うそー」「それはないでしょう」と笑ったので、ほっとした。何となく放っておかれて育ったという感じの生徒が多かった。
私は普通に高校に通学した経験がないから、こういう生徒を見ると驚いてしまうのかもしれない。おばあちゃんと二人で田舎の家で暮らしていたから、いちいちびっくりするのかもしれない。どこの高校にも、いや、どんな集団にも、なじめなかったり、浮いてしまったり、出て行ったりする人は必ずいる。私自身もそうで、N高校でもクラスの中心的な活発なグループにいるわけでもなく、静かに孤独にその日一日をどうにか皆に合わせて高校生活を続けていってた。誰かと喧嘩したり、無視されたりといったことはなかった。お互いに傷つかないように少しずつ遠慮し合っていたかもしれない。それでも私は高校が嫌いだったわけではない。むしろ好きだった。楽しかった。年齢の近い人達と話したり勉強したりするのは、緊張をはらみつつも、刺激的で楽しかった。集団に属しているという安心感もあった。仲間意識が持てた。N高校は痛々しい面も持ちつつ、善意で構成されていた。安心感があった。
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