ガールズトーク
桜花と春風は仲良くなります。
春風さんがうちに泊まりに来た。
「桜花さん、ねえ、怖くない?あっちからもこっちからも何かミシッとかカタッとか音が聞こえるんだけど」
「古い家だから。私は慣れてるから平気。枕元にはこれも置いてるし」
「バットぉ?」
「そ、おじいちゃんのバット。頼もしいでしょ」
「はぁ、いいわ、それでプリンセス春風を守ってね」
「承知いたしました」
「あ~、やっぱり眠れない。物音が気になって目が冴えちゃう。何か話して」
「そうねぇ、私が最近考えてるのは、高校に行こうかなってこと」
「本当?絶対いいと思う。どこ?」
「アルバイトしながら通学できそうな、単位制とか通信制とか定時制の高校について調べてみたんだ。今のところN高校がいいかなと思ってる。授業料もね、私収入が少ないから、かなり免除になりそうだし、卒業まで頑張りたいな」
「パンフレットあるの?見せて。いいね!賛成!私に手伝えること何かないかな?」
「それはもちろん勉強ですよ」
「やっぱりそうか。あ~実は私、高校時代あんまり勉強できる生徒じゃなかったんだ。っていうかすごく悪かった。桜花さんは学歴ある人とか頭のいい人がが偉いって思ってない?」
「そういうわけじゃないけど」
「実は、私の行ってるO大学の学生って世間的にめちゃ馬鹿にされてるんだ」
「そうなの?」
「そうなの。高校生以下とか中学生レベルとか小学生でも合格できるとか」
「ひどい言い方するのね」
「そんな大学でも卒業すれば『大卒』だもんね。就職で苦労するのは目に見えてるけど。えっと、桜花さんに言いたかったのはね、私の愚痴じゃなくて、N高校に通学することを温かい目で見てくれる人と、冷たい目で見る人の両方がいるから、振り回されちゃダメってこと。私は100パーセント桜花さんを応援するからね」
「うん、ありがとう。不登校が長かったから、そういう世間様も経験済み。心配してくれてありがとう」
私には、高校生や大学生はみんな輝いて自信たっぷりに楽しんでいるように見えていた。でも、一人ひとり悩みや苦しみがある。当たり前のことだけど、再確認することで、世界中の人にもっと好意を持てそうな気がした。
図書館の中で、私のお気に入りの場所はやっぱりこどものコーナーだ。私がどんなに無知でもやさしく丁寧に導いてくれる本がそろっている。そして絵本は大人の私にとってもとても魅力的だ。あっという間に違う世界へと誘ってくれる。
ある平日の午前中に、私は世界の民話を読んでいた。こどものコーナーには母親が友達同士らしい3組の幼児連れの親子がいるだけだった。女の子二人は図書館備え付けのおもちゃで遊んでいる。男の子は絵本を1冊持って母親に読むようにせがんでいる。母親は大人同士のおしゃべりを中断して早口で読んであげた。すると男の子はその絵本を隣の女性に読むようにせがんだ。女性は笑って絵本をとばしとばし読んだ。すると男の子はさらに横の女性に読むようにせがんだ。女性は最初と最後のページだけ読んで絵本を男の子に返した。母親三人組はまたおしゃべりに戻った。
すると、男の子は本を持って私にまっすぐに近づいてきた。本を出して「よんで」と言った。私はちらっと母親たちの方を見たがおしゃべりに夢中になっていた。「いいよ」私は読み始めた。私も小さいころに持っていた絵本だった。読み終わると男の子は満足そうににこにこしてうなずいていた。私も絵本の世界の余韻で微笑んでいた。はっと気が付くと、母親三人組がこちらを見ていた。
「うちの子がごめんなさいね。その絵本がお気に入りで誰にでも読んで、読んでって言うの。で、一か所でも間違うと機嫌悪くなっちゃうの。ありがとう。読み聞かせが上手ね。とってもきれいな声ね」
うんうんと他の二人も同意した。
「声優さんみたい」
「聞き入っちゃった」
「いえ、私はそんな・・・・じゃあ、失礼します」返事になってない返事をして、選んでおいた数冊の本を持って貸し出しカウンターへ行った。うまく話せないのだ。緊張して赤くなってその場を逃げてしまう。だめだなあと自己嫌悪。でも正直言ってうれしかった。誰かに喜んでもらえたことが。私にもできることがあると思えたことが。
お読みいただき、ありがとうございました。