初めての友達
桜花に初めての同い年の友達ができます。
それから一週間ほどたったある日のこと。
「桜花さん」
いつものようにアルバイトをしていると、後ろから声をかけられた。左門さんの妹の春風さんだった。
「あ、春風さん。こんにちは。今日はどうして?」
「すいません。あの後兄に桜花さんに言いがかりをつけたこと話したら、めちゃくちゃ怒られました。当たり前ですが。それで改めて桜花さんにお詫びしたいと思ったら、兄は桜花さんはK外大の学生でもないし、連絡先も知らないって言うし、手がかりがアルバイト先だけだったんで、押しかけました」
「はあ、そうでしたか。いいのに、気にしてませんよ。わざわざこんな遠くまできてもらって驚きました」
「本当、ここ田舎ですね。一番近いバス停からでも相当歩きましたよ。まあそれは下調べしてわかってたから、ウォーキングシューズで来ましたけどね」
「ふふふ、帰りは駅まで車で送りますよ。でも今日のアルバイトあと2時間あるんです。待っててもらえますか?」
「もちろんです。桜花さんに会えないことも覚悟してきましたから、そんなの平気です」
「納骨堂の中にはソファがあるし、園内にはベンチがあちこちにあるし、自動販売機もあるから、時間つぶしててもらえる?」
「怪しく思われないかな?」
「ここにはふらっと立ち寄られて、気が済んだらすうっとお帰りになる方も多いんです。大丈夫ですよ」
それから私は事務所で作業したり、園内を掃除したりしてその日のアルバイトを終えた。
「春風さん、お待たせしました」
「ここ、いいところですね。ここに連れてきてもらった動物達はきっと幸せだと思います。なんだか人間の霊園と違って、しきたりとか見栄とか義務感とかそんなものがなくて、純粋に愛情や弔う気持ちが表現されてるからでしょうか」
「ええ、私も犬が死んだ時おばあちゃんと初めてこの霊園に来て、ここでよかった、と思いました。それで今はアルバイトさせてもらってます。ところで、駅の近くの喫茶店にでも行きましょうか?何かお話があったんでしょう?」
「あの、桜花さん、えっと、桜花さんのお宅に伺うのはだめですか?」
「え、家に?」断る理由は特になかった。
車の中で春風さんは「バイト先も山の中でしたけど、桜花さんのお宅もまた山のそばですね」呆れたように言った。
「うん。だからこの辺の人は大体一人に一台車を持ってるよ。私もおばあちゃんを乗せるために18歳になったらすぐに免許取りました」
「絶対必要ですね」力を込めて春風さんはうなずいた。
「ここがうち」
「ええっ、本当に?これ築何十年ですか?」
「おばあちゃんは180年くらいって言ってました」
「うそっ、まさかの江戸時代」
家の中に入っても春風さんはあちこちを見てひとしきり歓声を上げていた。
「うわぁ、桜花さん、これ機織はたおり機き?昔話に出てくるやつ?本物?」
「それは組紐くみひもを作る高台たかだいっていうんです。おばあちゃんがお嫁入りのときに持ってきたそうです」
「もしかして桜花さんもできるの?」
「高台は修業した人しか使いこなせません。私はおばあちゃんに教えてもらって、ごく単純なものが作れるだけ。あと、こっちの小さな丸台まるだいなら、初めての人でも小物は作れますよ」
「すごいっ。この辺の人ってみんな組紐やってるの?」
「ううん、おばあちゃんは滋賀県の甲賀こうかの出身で、甲賀では伝統的に組紐を作ってるらしいです」
「甲賀って、忍者の伊賀と甲賀の甲賀?」
「そう」
「うわぁ、何か歴史ありそう」
「このおじいちゃんの家も、おばあちゃんの実家も代々農業やってたそうです。それだけよ。残念ながら、ふふ。春風さんは、コーヒーがいいですか?」
「えっと、さっき缶コーヒー飲んじゃったから、できれば違うのがいいです」
「ちょっと用意しますから、ゆっくりして待っててくださいね」
私は台所で、ハーブティーを淹れ、干し柿とチーズのロールと柚子ジャムをのせたバゲットをお盆にのせて運んだ。
春風さんは大げさに驚く「ここは古民家カフェですか?私突然来たのにこの部屋のきれいさと、お茶の手際の良さは何ですか?そしてこれはまさかの手作りですか?」
「そんなにきれいじゃないですよ。私一人暮らしだから部屋も少ししか使ってないだけ。ハーブは夏から秋に乾燥させておいただけだし、干し柿は皮をむいて干すだけだし。ジャム作りはね、私の趣味みたいなものだから」
「普通はね、それを面倒くさいと思うんですよ。できないんですよ。桜花さんて年いくつですか?」
「19歳です」
「私と一緒。負けた。完璧に負けです」がっくりと肩を落とした。
「春風さん、それは違いますよ。私ね、いつも自分が何もできないし何も知らないって引け目感じています」
「どこが?信じられない」
「あのね、私14歳から不登校だったの。母の再婚相手とうまくいかなくて引きこもってたの。どうしてもうまくいかなくて、亡くなった父の実家におばあちゃんを頼って引っ越してきたの。高校も大学も行ってないです」
「そんな、ごめんなさい、言いたくないこと言わせちゃった、私。桜花さんは大学生で国文学やってるとばかり思ってた。だって兄からクラウスさんと桜花さんは古典の話で盛り上がってたって聞きました。能楽堂デートしてたとか。それに、桜花さん一人暮らしって、もしかして桜花さんのおばあちゃんは・・・・」
「ん、おばあちゃんは亡くなりました。クラウスにはね、教えてもらっていたの。学ぶということを。クラウスはね、日本語で日本文学を学んで、それを日本語で日本人に伝えることがとても有意義だって言ってくれてた。私に『聞いてくれたらうれしいよ』って言ってくれた。私が遠慮しないように気遣ってそう言ってくれたんだと思うけど、私にはクラウスと一緒にいられるのはとても幸せだったの。もう、だいぶ前の話ね」
「桜花さん」春風さんはそこから言葉がしばらく出てこなかった。しばらくして思い切ったように明るい笑顔で話し始めた。
「桜花さん、今日私が突撃訪問したのはね、改めてお詫びしたかったもあるんだけど、実はうちの馬鹿兄が桜花さんに気があるみたいだったから、桜花さんの気持ちはどうなのか、探りを入れに来たの。ごめんなさい、下心ありありで。でも馬鹿兄のことなんてどうでもいいや。桜花さん、友達になってくれませんか?時々お茶したり、遊びに行ったりしませんか?」
「えっ、ありがとう。もちろんです。私同い年の友達って一人もいないんです。違います。年に関係なく友達っていないんです。わたしこそ、よろしくお願いします」
「硬すぎるよう」
二人で顔を見合わせて、大きな声で笑った。久しぶりに大きな声で笑った。
「そうだ、お土産持ってきたんだ。おいしいと評判のチョコレート。さすがの桜花さんでもカカオは栽培してないでしょう」
また二人で笑った。古くて暗い日本家屋が中から輝いたような気さえした。
お読みいただきまして、ありがとうございました。