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学びはじめ

クラウスと出会ったことで桜花に変化が現れます。

 私は、クラウスに連れられて図書館を利用するようになった。読んだことのない何万冊もの本に囲まれていると圧倒されて恐ろしくなることもある。でもクラウスはそれこそこどもに教えるように本の分類や探す手がかりを教えてくれた。本は私の中に新しい風を運んできてくれた。クラウスは言った。

「急がなくてもいいんだよ。本はずっと待っててくれるから。何年でも、何十年でも、千年以上でもね」


 クラウスは日本文学を学んでいたが、その他の事についても詳しかった。七夕の伝説について中国から日本にどのように伝わり定着したかを私に説明してくれていたとき「そういえば」と話し出した。

「1万2千年後には、織姫星のこと座のベガが北極星になるんだよ」とか。

「織姫星のこと座のベガと彦星のわし座のアルタイルは約15光年離れているんだよ。二人が光の速さで中間点で待ち合わせしても7.5年もかかるんだよ。とても年に一度も会えないね」とか。

「七夕の日に雨が降ったら、カササギって鳥が翼を連ねて天の川に橋をかけてくれるっていうのは中国の伝説なんだ。カササギは、日本では狭い地域でしか見られない朝鮮半島伝来の鳥なんだ。僕は九州を旅行した時佐賀県で見られてラッキーだったよ。カササギは学名がPica Picaって言うんだ。音の響きがかわいいよね。あ、カササギって日本語は朝鮮半島での呼び名に由来するらしいよ。(かささぎ)って漢字は中国語で鳴き声から付けられたらしいよ」とか。

 私は神話や昔話に(うと)いだけでなく、自然科学全般に非常に弱い。だから、驚いたり笑ったりすべき所がずれていたとおもうし、質問さえとんちんかんだったと思う。でも、クラウスがいろいろ話してくれるおかげでこの世界には楽しそうなことがたくさんある予感が持てた。

 私にはこと座すらわからなかった。東西南北もとっさにはわからない。星座がいくつあるかも知らないし、星占いと実際の星座に関係があるのかもわからなかった。私の頭の中では、1等星も一番星もごっちゃだった。私は自分が物知らずである自覚がある。だからそういう時は一人で図書館のこどもフロアの自然科学の天文の本棚の前に立って一番わかりやすそうな本を探すようになった。



 クラウスは今興味を持っていることを話してくれた。

「日本には面白いものがいっぱいあるよ。古語にも現代語にももっと詳しくなりたい。禅の修行もしてみたい。温泉とかお灸とか体験してみたい。日本中を自転車でも鉄道でも旅してみたい。登山もしてみたい。大きなお祭りも小さな儀式も実際に見てみたい。雅楽も聞いてみたいし、和太鼓も叩いてみたい。僕の能力も時間も限られているから、優先順位をつけるのが難しいよ。楽しい悩みだよ。僕は興味があっちにもこっちにも飛んでいくから、研究者としては大成できないかもね。日本は面白いよ。日本が大好きだよ」

 私は圧倒された。

「クラウスはエネルギッシュだね」

「え、桜花(おうか)、今何て言った?」

「クラウスはエネルギッシュだね」

Energisch(エネルギシュ)!ドイツ語だよ!」

「そうなの?カタカナ言葉はみんな英語かと思ってた」

「英語ならenergetic(エナゲティク)だね。ドイツ語はne()にアクセント。英語はge()にアクセント。日本語は平坦に発音するね」

「よく混乱せずに使い分けられるね」

「よく間違っちゃうよ。ドイツの家族と電話で話してる時に、日本語で相槌(あいづち)をうったりしちゃうよ」



 物の名前を知ること、そしてその背後にある事実や物語を知ることで、私は世界が変わって見えると感じた。クラウスと会う前は、空をゆっくり見上げたこともなかった。でも、雲の名前を知ると、雲を探したり、目当ての雲や思いがけない雲をを見つけて喜んだりするようになった。月の満ち欠けで、月日の経過を感じるようになった。お気に入りの星座を覚えたら、それが現実の夜空にあることを喜び、見えなければ見える時間や季節が待ち遠しくなった。H市内にもいくつもの伝承があることを外国人のクラウスから教わった。二人で歌碑や記念碑を見てまわった。


 私がクラウスと待ち合わせをしているとき、外国人から道を尋ねられたことがあった。

「スイマセン、ユービンキョク ドコデスカ」

「あのコンビニの手前を左に曲がって」と言った途端に彼は全然わからないというジェスチャーを見せた。私は困った。そこから郵便局までは曲がり角がいくつかあった。

「案内します。一緒に行きます」と日本語で言って私は歩き出した。彼にはすぐ通じたらしく「アリガトー」と言ってついてきた。

 ちょうどその時「桜花(おうか)」とクラウスが走り寄ってきた。私が事情を説明するとクラウスは彼と外国語で話し出し、三人で郵便局に歩いた。郵便局に着くと彼はまた「アリガトー」と言って頭を下げた。私達は手を振って別れた。

「クラウスが来てくれてよかった。私英語ぜんぜんわからないから」と案内し終わって二人になってからほっとして言った。

「英語じゃないよ。フランス語。彼はフランス人だったよ」

「えっ、クラウスはフランス語も話せるの?」

「英語とかフランス語を話せるドイツ人は結構多いよ。似てる部分が多いから学習しやすい。国同士も近いしね」

「近いからって話せないよ。私、中国語も韓国語も料理の名前しか思い浮かばないよ」

「そこからちょっと進めばいいんだよ。何々ください。何々いくらですか。何々おいしい。ってね」

「簡単に言うね。クラウスは頭がいいから何でも簡単にできちゃうんだよ」すねてひがむ醜い私。

「違うよ。言語の習得は、楽しいことの準備というか前払いというか魔法の呪文というか。ん~、桜花、さっきのフランス人の彼がアリガトーって言った時どう思った?」

「すごくうれしかった」

「でしょ。桜花が外国に行ったときその国の感謝の言葉を絶対知りたくなると思うよ。そして絶対使うと思うよ。それを聞いたその国の人は絶対嬉しくなると思うよ」

「そうか。そういうことね。クラウス、ドイツ語でありがとうは何て言うの?」

「Danke schön」

「ダンケシェーン」

「Danke schön」

「ダンケシェーン、クラウス」クラウスに感謝。



お読みいただきありがとうございました。

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