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飛び立つ

桜花にとって生まれて初めての海外。行先はもちろんドイツ。

 ドイツの到着ロビーの最前列にクラウスがいた。探すより前に、彼が輝いて目に飛び込んできた。

「桜花」

「クラウス」

「会いたかった。来てくれてありがとう。君はちっとも変わらないね。いや、前よりもずっときれいになったよ。輝いているみたいだ」

「私も会いたかった。元気そうでよかった」

「長い長い夢を見ていた気分だよ。僕は冬眠から覚めたんだ。夢の間の時間の感覚はぼんやりしている。でも、終わったってことはわかる。一度死んで別の人生を生きなおしているような感覚もあるけれど、僕は前と変わらず日本が好きだし、桜花が好きだ。心配かけたね」

「おかえりなさい。信じて待ってた、クラウス」

 それから抱き合って、、今までの時間と距離を埋めるように腕に力を入れた。

 自分はあの頃よりもっと相手を好きになってる。相手は自分を好きでいてくれている。それがお互いに感じられた。信じられた。


「桜花」

 顔を上げると、目も顔も赤くなったクラウスがはにかみながら言った「父を紹介するよ」

 私は我に返った。夢見心地で空港ロビーの真ん中で抱き合っていたということに今更うろたえた。

「コニチワ。ハジメマシテ」クラウスのお父さんはにこにこ笑顔で日本語であいさつしてくれた。

「こっ、こんにちは。初めまして。

 Guten Tag(グーテンターク)(こんにちは).

 Ich freue mich,Sie kennen zu lernen(お会いできてうれしいです).Ich heiße Oka Enjo(円城桜花と申します).」

「桜花、ドイツ語話せるの?」クラウスのびっくりした顔。この顔も本当に久しぶり。

「ほんの少しだけね。あれから高校にも行ったし、ドイツ語の勉強もしたの」

「そ、それは、少しは僕のためだと、うぬぼれてもいいのかな?」遠慮がちに確認をするクラウス。

「大いにね、うぬぼれていただいて結構ですよ」もったいぶって肯定する私。

「桜花」

 私もクラウスももう少しで涙が落ちそうだったけれど、お互いの両手を握りしめて笑顔を作った。

 クラウスのお父さんが車を運転してくれて、私とクラウスは後部座席でずっと日本語で話し続けた。アウトバーンを猛スピードで走る車窓には、ドイツの風景がビュンビュン流れていったけれども、私はクラウスと手をつないで、クラウスの瞳や輪郭や髪の一本一本を見つめていて、本当にそばにいることに感激して、外のことはほとんどわからなかった。

 クラウスは私に連絡するまで5年もかかったことを何度も謝った。治療がこじれてしまったと説明した。私は心の病気をどうやって治すのか何の知識も持っていなかったし、今こうして目の前にクラウスがいてくれるという現実に喜びでいっぱいで、許すも許さないもなかった。

クラウスの家では、お母さんが待っていてくれた。

 お母さんも日本語で「コニチワ。ヨウコソ」と迎えてくれて、うれしくてたまらなかった。私も片言のドイツ語でご挨拶して、自己紹介した。玄関に入ろうとした時、外で何か茶色っぽいものがもぞもぞ動くのに気付いた。

「クラウス、あれ、何かな?」

「どれ、あっ、Iger(イーゲル)!」

「イーゲル?」

「ハリネズミだよ。野生の。うちの庭に来るのはすごく久しぶりだよ」クラウスは少し興奮していた。でも、自宅の庭にハリネズミがいると知った両親の興奮はそれ以上だった。私の聞き取り能力では大部分が想像だが、両親は食べ物をやろうとか世話しようとしているらしかった。お母さんが私にドイツ語で話しかけたが、私にはわからなかった。クラウスが通訳してくれた。「桜花が幸運を連れてきてくれたって言ってるよ。ドイツではハリネズミは幸運の象徴なんだ」

「本物のハリネズミ見たの初めて。かわいいね。日本でいうとツバメが巣を作ったらその家は栄えるって言うけど、そんな感覚かな?」

「そうだね。あぁ、僕は本当に今幸せだよ。桜花なしでよく5年も生きられたと思うよ。桜花がここにいてくれるのが夢のようだ」

「それは私も同じ気持ちよ、クラウス。ご両親が日本語がわからなくてよかった」大胆にも言ってしまってから赤くなった。

  

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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