勇者、驚愕する。
魔王の居室へと続く扉を、勇者一行は押し開いた。ぞっとするような冷気と妖気が外にあふれ出し、彼らは思わず身震いする。
勇者が先頭に立ち、続いて僧侶、魔法使い、戦士とパーティーは次々と広間の中に足を踏み入れた。しんがりの戦士が部屋に入り終わった途端、背後で扉が大きな音を立てて閉ざされる。暗闇の中、勇者たちは取り残された。
「閉じ込められたか」
戦士が扉に体当たりをくらわせたが、彼の怪力をもってしてもびくともしない。僧侶はおどおどした様子で体を小刻みに震わせる。いよいよ最終決戦なのだ。
勇者は大きく息を吸い込むと、声を張り上げた。
「我がドルアラン国が受けてきた苦しみ、お前に返してやらんがため、ここまで来た!」
「さっきの敵に言ったのと同じじゃない……」
魔法使いがため息まじりに言ったのを、僧侶はシーッと黙らせる。
「待ちくたびれたぞ、勇者」
闇の中から不気味な声が聞こえたかと思うと、壁際に並べられた松明が青白く燃え上がった。薄明りの中、勇者は魔王が玉座らしきものに座っているのを認めた。
「お前が魔王か」
ゆらめく焔が魔王の黒々とした姿を浮かび上がらせる。勇者のすぐ後ろにいた僧侶が、そのまがまがしい巨体に息を呑んだ。
「今日こそ、貴様の命運が尽きるときだ。覚悟はいいか!」
勇者の言葉とともに、戦士、魔法使いがそれぞれ武器を構える。僧侶は一番後方にまわって、真剣な顔で様子を見守る。いつでもメンバーの回復ができるようにだ。
魔王はその様子に目を細め、ふふんと鼻で笑った。
「あいつ、完全に侮ってやがる」
ギリギリと奥歯を噛みしめて、戦士が吐き捨てた。
「行くぞ!」
勇者のかけ声とともに三人は一斉に魔王に向かって走り出した。魔王以外の魔物の姿はない。着実に距離を詰めていき、剣をふりかざしたときだった。魔王が不敵に笑ったまま、ゆっくりとその右手をあげた。
何かが来る。
そう直感して、三人はてんでばらばらの方向に跳躍したのだが。
「まあ、待て」
魔王の右手からは何の攻撃も放たれなかった。空を舞ったまま勇者は両手で地面を押し叩き、その反動で華麗に起き上がった。魔法使いもヒールのあるブーツで地を蹴って態勢をととのえる。ただ、戦士は宙返りを決めると、グキリと足首から嫌な音を立てて着地した。魔法使いが呆れたように戦士を見る。
「……何してるの?」
「ん……んん……」
戦士は顔をゆがめたまま、右足首を押さえてしゃがみこんで動かなかった。魔法使いが駆け寄って、戦士の前に膝をつく。
「もう、まったくしょうがないわね。ねえ! 悪いけど、治療してあげて」
入口付近で立ち止まっている僧侶に魔法使いが声をかけると、僧侶はぱたぱたと足音を立てて走ってきた。魔法使いに倣って彼女も片膝をついたが、足首を少し見ただけで彼女はため息をついた。
「すみません! 無理です」
「え?」
「魔物の攻撃によるけがなら治療可能なのですが、ご自分でけがされたとなると……」
蒼い顔でうめいている戦士を見ながら、彼女は申し訳なさそうに言った。
「自業自得ですね」
「くっ……すまない、俺はここまでのようだ……」
僧侶にズルズルと引きずられて行きながら、戦士は魔法使いに親指を立てた。グッドラック。
「あのバカ……」
魔法使いは目頭をそっとぬぐうと、茶番の間、律儀に待っていた魔王をキッとにらみつけて叫んだ。
「絶対に許さないんだから!」
「いや、ちょっと待て」
いきりたった魔法使いのそばに近づいた勇者が、手で彼女を制す。
「魔王は、俺たちに話があるみたいなんだ」
「そんなもの、聞いてやる必要ないわよ!」
「いや、これは重要な話なんだ。俺たち人間にかかわるものらしい」
そうだよな、魔王! と勇者が問いかけると、魔王はゆっくりうなずいた。
「その通りだ。勇者、君には俺を倒せる実力がある。それは俺としても十分過ぎるほど分かっている」
魔王は勇者の目を見て、何度も首を縦に振ってみせた。
「俺を倒せば、世界に平和が訪れる。それは間違いない。俺もそろそろこの世界に飽きてきたところだし、君ほどの人物に倒されるのは本望だ。だがな、俺が死ぬと、世界中である現象が起きるんだ」
「ひどくなれなれしい魔王ね」
魔法使いがこっそり勇者に耳打ちしたが、彼はそれを無視した。
「その現象とは?」
「俺が死ぬとな――」
魔王はごほんと咳払いすると、重々しく世界の真実を告げた。
「この世界から、巨乳という存在が、消えてしまうんだよ」
その場にいた誰もが言葉を失った。ゆらめく焔が魔王の凶悪な顔を照らし出す。
彼の表情は、なぜだかひどく悲しげだった。